第29話 友達宣言
紫煙のスモークを倒したザン達三人。張りつめていた空気が和らぎ気分が高揚する。その中でもマオはとりわけ喜んでいた。うねうねと動く尻尾がそれを如実に表している。
「やったにゃ! こいつの賞金は九十万ゴルドにゃ! 金貨がザックザクだにゃ!」
「ってことは、三人で分けて……いくらだ?」
「三十万よ」
ザンの疑問に答えるマイン。冷静を装いつつ、賞金を即座に計算するあたり嬉しさを隠しきれていない。しかしその言葉にマオが待ったをかけた。
「何言ってるにゃ! 賞金は止めを刺したみゃーの物にゃ!」
「え、そんなルールがあるのか?」
「……賞金首を倒したら、倒した人に報酬が支払われるわ。後からそれを仲間内で分配するのが普通だけど……ねえマオ、それ本気で言ってる?」
マインの声のトーンが一段下がった。そんなマインに向かってマオが言い放つ。
「先に分配のルールを決めておかないのが悪いにゃ!」
「それは、そうかもしれないけど」
「まあでも、友達とか相手にはみゃーも融通を聞かせてあげるのにゃ。ザンはみゃーの友達で良いかにゃ?」
「お? 一緒に戦ったし友達かな?」
「じゃあザンと山分けにゃ。マインは残念だったにゃー。なんせマインはみゃー達の事を友達じゃないとか言うもんニャー」
「くっ」
マインが歯ぎしりをする。マオはマインに友達であると認めさせる気だ。ここまで露骨なら普通は気づく。一部の例外を除いて。
「え、マインも仲間に入れてやれよ。可哀そうだろ?」
マインは馬鹿をスルーしつつ、まんざらでもない気持ちと気恥ずかしさを天秤にかけた。天秤の針がゆっくりと傾き、マインは恐る恐る口を開く。
「私は、マオの、友達よ」
「しょうがないにゃあ! そこまで言うならマインにも賞金を分けてあげるのにゃ!」
「マイン、賞金のためにそんな無理して嘘つかなくてもいいんだぞ?」
「嘘じゃないわよ! あ、いや、違っ!」
マオがニヤニヤと無言でマインを見る。マインはそんなマオにひたすら言い訳を繰り返していた。そんな喧騒の中で、ふとザンがスモークの死体に異変を感じる。
「おい! こいつ蒸発し始めたぞ!」
マインとマオがスモークを見た。そこには徐々に煙と化し形が崩れていくスモークの死体。
「残念だったな。この体は煙で作った分身だ。俺の本体はここにはない」
「うわ、生きてた!」
「手下の口封じは済んでいる。お前たちを殺せないのは心悔しいがもう用はない。さらばだ」
スモークの体が煙となり霧散した。それを呆然と見る三人には、儚く消えた賞金への喪失感だけが残されたのだった。
しばらくして。
「これからどうする?」
黙っていた三人だったが、ザンがとうとう口火を切った。他の二人もそれに呼応して口を開く。
「マオは取り逃がした盗賊の追跡をして。私は死体を片づけてから連盟に報告に行くわ」
「了解にゃ」
「今から追いかけて見つかるのか?」
「追跡はみゃーの得意分野にゃ。猫の嗅覚は人間とは比べ物にならないのにゃ。一日くらい前の臭いなら余裕で嗅ぎ分けられるのにゃ。他にも足跡、地形、心理、その他もろもろを複合すればかなりの精度で追跡が可能なのにゃ」
「そうか。じゃあそっちは俺には手伝えそうにないし、俺はマインを手伝うわ」
「合流場所は連盟本部にゃー!」
マオが鼻をひくつかせながら森へと入っていった。マインは残ったザンに指示を出す。
「じゃあ死体は連盟の職員が確認に来るだろうから道の横にでも除けておいて。私は魔剣を砕いて埋めるわ」
「魔剣持って帰らないのか?」
「使いたいの?」
「いや、俺は全然」
「……数が多いから全部持って帰れないし、目を離したすきに他の盗賊が持っていくかもしれないから、やっぱり壊して埋葬するわ」
「そうか」
作業はすぐに終わった。二人は討伐の報告のためにそのままイージンまで戻ったのだった。
「では死体の確認が取れれば改めて報酬をお渡しします。ご苦労様でした」
連盟の窓口で事務員にそう言われたマインとザン。手持無沙汰となったマインはザンに質問する。
「ザンはこれからどうするの?」
「そうだなぁ、特に決まってる予定はないし、マオが返ってくるのを一緒に待つぜ」
「あ、私たちと一緒に盗賊を追うつもりなのね」
ザンとは偶然出くわし一時的に共闘しただけである。だがマインの知らない内にザンは仲間に入っていたらしい。
「ああ。もともと俺も一人で賞金首を狙ってたからな」
ザンは護衛依頼中に受けた襲撃の事をマインに話した。マインはなるほどと返す。そこに、二人へ近づいて来る剣士が居た。
「おいおい! ここは剣士連盟だぞ!? なんでガキと女が入り込んでんだ?」
周囲にも聞こえる声で喚き散らす剣士の男をマインとザンが見る。ガラの悪い男だった。マイン達に難癖を付けに来たらしい。周囲がそれに気づきざわつき始める。
「私たちは剣士よ。何か文句でもある?」
「はあ? お前らが剣士? おままごとは他所でやれ! 素人にウロチョロされると目障りなんだよ!」
男が殺気を放ち威圧する。ザンとマインはそれを涼しい顔で受け流した。
「おいおい、あいつ死んだわ」
「この前の騒動を知らないのか?」
「見た目で判断するなよ。馬鹿だな」
野次馬たちの言葉にザンは首を傾げた。なんだかまるで、ザン達の方が勝つと思われているかのように聞こえる。ザンは少なくともイージンでは知られていないはずだった。
「なあ、マインって有名なのか?」
ザンが隣のマインに尋ねた。マインはもごもごと言葉を発する。うまく聞き取れなかったザンが再度尋ねると、マインは渋々と言った顔でザンに説明した。
「先週、この街に着いた時に他の剣士に絡まれて……」
「絡まれて?」
「ちょっとイラっとして、手合わせと称して……」
「称して?」
「皆の前でボコボコに……」
「うわ……」
さすがにザンも言葉を失った。マインがそっぽを向く。無視された男は怒りをあらわにして詰め寄った。
「なにゴチャゴチャ言ってんだ! 舐めてんのか!?」
「うるさい」
マインが男の鳩尾に拳を叩き込んだ。殺気のコントロールにより衝撃が筋肉を素通りし内臓に直撃する。男が膝から崩れ落ちた。
「あれ? ソルドンの時より強くなった?」
ザンが感じたことをそのまま口にする。以前のマインは殺気のコントロールを使っていなかった。だが今マインの全身にはよく練られた殺気が纏ってある。身体能力も上がっているようだった。スモークとの戦いでは相手に集中していたためザンは気付いていなかった。
「そうだ、手合わせ……手合わせね」
ザンの質問をマインはスルーしつぶやく。そしてザンを見た。マインがニヤリと笑う。
「ねえザン、せっかくだから手合わせしない? ソルドンでのリベンジマッチよ」
「いいぜ!」
ザンが条件反射で答える。ザンは強くなることに貪欲だ。勝負を挑まれて断るはずがないのだった。




