第3話 剣士の実力
この世界は物理法則に忠実な世界です。剣技以外は。
「試合開始ぃ!」
シラフの掛け声とともに周囲が緊張の空気に包まれた。ザンはガルンの出方を窺う。
「まずは小手調べだ」
ガルンがそう宣言した直後、ザンに凄まじい重圧が襲い掛かった。ザンだけではない。ザンの周囲の土にヒビが入り堅い地面が砕けていく。
「気張れ少年! 剣士の殺気は物理的な破壊力を伴う! 恐怖に呑まれたら刃を交える間もなくペシャンコにされるぞ!」
シラフがザンにそう激を飛ばす。ザンは歯を食いしばってガルンの圧力に耐えていた。少しでも気を抜けば文字通り押しつぶされてしまうだろう。
「くっくっく、少しは根性があるみてえだな? 少し遊んでやるよ」
ガルンが距離を詰めた。振り下ろされるガルンの木剣をザンは受け止める。衝撃に備えていたザンの手にはしかし、ほとんど感触が伝わってこなかった。代わりに後頭部に木剣が命中する。
「がっ!?」
正面のガルンからは当たるはずのない場所への直撃にザンは混乱した。だがガルンは間髪おかずに次の攻撃を仕掛けてくる。今度は斜め下からの斬り上げ。ザンは体を逸らしてその攻撃を避けた。ザンの目に、ガルンの木剣が映った。
「剣が……グニャグニャになってる!!」
ガルンの木剣はまるで紐のように波打っていた。ザンはなぜ自分の後頭部に攻撃が当たったのかを理解する。
「へっ、なんせ木だからな、よくしなるだろう?」
ガルンが振るった木剣がザンの足首に巻きついた。そしてそのまま引っ張られる。ザンは足を取られ空中で振り回された後地面に叩き付けられた。
「おらおら、休んでる暇はないぜ!」
ガルンがザンを振り回し、何度も地面に叩き付けていく。ザンは空中で身をよじり、何とか巻き付いた木剣をほどいた。
着地したザンは全身の痛みを無視して突進した。一方的に攻撃を受けていては勝てないと判断したのだ。そして渾身の力で剣を叩き込む。
「頑張るねぇ。だが無駄だ」
ガルンが防御する。渾身の力が乗ったザンの斬撃はしかし、たわむ木剣に威力を吸収されて止められてしまった。
「次は俺の番だな」
ガルンが反撃する。自在に曲がる木剣はザンの防御をすり抜けて次々に命中していった。
「どうした? さっきみたいに反撃してみろよ。こうも一方的じゃつまんねえよ!」
ガルンの攻撃はさらに加速していく。ザンはほとんど防御もできずにただ耐えていた。
「これで止めだぁ!」
ガルンが剣を振り下ろす。木剣がザンの額に迫った。その瞬間、ザンは頭一つ分だけ横にずれ剣を突き出した。
「――!?」
ガルンがとっさに首を傾け突きを避ける。剣はガルンの頬をかすり、そのまま耳を斬り裂いた。
「やっと、一発当たった」
「てめえ……相打ち覚悟とはいい度胸じゃねえか」
ガルンが引き攣った笑みを見せた。ガルンの木剣はザンの左肩にめり込んでいた。鎖骨にヒビも入っているかもしれない。本物の剣でなくても激痛のはずだったが、ザンの目にはまだ闘争心が宿っていた。
ガルンがザンの剣を弾き距離を取る。ガルンの耳から血がしたたり落ちた。格下と思っていた少年に傷を付けられたことに、ガルンの自尊心はそれ以上に傷ついていた。
「上等だガキ! 今からは本気だ! 剣技で相手をしてやる!」
「え? さっきまでのは剣技じゃないの?」
先ほどとは打って変わってポカンとした顔を見せるザン。剣をしならせるのがガルンの剣技だと思い込んでいたようである。
「少年、さっきまでのはただの小手先の技術だ。本物の剣技は物理を超越する代物だぜ。気を付けな~」
シラフがザンに助言する。審判が片側を贔屓するのはいいのだろうかと思いつつ、ザンは今まで以上に気を引き締めた。
「来な、おっさん!」
「行くぞガキ! 剣技! エレクタイル・ブレイド!」
木剣を掲げたガルンが剣技名を唱える。ザンはガルンへの目線を上に移さざるを得なかった。なぜなら、
「剣が、でかく……なった!!」
ガルンの木剣は大木の幹のように大きくなっていた。
「俺の剣技は剣を自在に大きくできる! そんじゃ潰れろぉ! ガキ!」
振り下ろされた丸太のようなそれを、ザンは横に跳んで避けた。丸太がズシンと地面を揺らす。クレーターができ土砂が撒き散った。次いで横に振られた丸太がザンの横腹を蹂躙した。
「ぐふっ!」
木剣の質量も見た目通りに増えているらしい。ザンはなすすべなく吹き飛ばされた。
「剣を盾にして威力を軽減したか。粘るじゃねえか」
地面に伏したザンにガルンが追撃する。ザンはそれを転がりながら避け即座に起き上がった。だが既に満身創痍。もう一度丸太を受ければ立つ事すらままならなくなるだろう。
「おら!」
ガルンが丸太を振るう。丸太は鞭のようにしなりながらザンに襲い掛かった。
「でかくなっても曲がるのかよ!」
ザンはそれを地面すれすれまで体を落とすことで避けた。今度は上から突くように落ちてくる丸太を前に出る事で躱す。背後から気配を感じたザンが直感に従い横に移動すると丸太が体をかすめて通り過ぎた。触れた部分が抉られ血が出る。それを無視してザンはさらに前に出た。
「近寄らせるか!」
距離を詰めてきたザンにガルンが丸太を薙いだ。たわみを解除し本来の硬さを取り戻した丸太は、当たった相手にその衝撃をダイレクトに伝える。ガルンの渾身の一撃はザンに避けきれない程の速度で迫った。
しかし、
「俺は強くなるって誓ったんだ! こんな所で負けねえ!」
迫る丸太をザンは、無謀にも剣で受け止めたのだった。
木刀がグニャグニャになるのは物理の範疇
次回、第4話:目指す理由