第25話 剣の都へ
「……ここは? 俺は一体……」
ギルが去って十分ほど経ち、テルスはようやく意識が戻った。気が付けば廃墟に立っていたという状況に少し混乱した後、襲撃の事を思い出す。ギルの殺気が脳裏によみがえり反射的に周囲を見回した。周囲にはまだ硬直がとけない剣士たちと、座り込むザンが居た。
剣帝の姿が見えない事にひとまず安堵したテルスはザンに近づいた。
「起きたのか、テルス」
声をかけようとしたテルスに先んじてザンが口を開いた。座り込んだままどこか遠くを見つめ続けるザン。
「良かった、無事だったか。剣帝はもういないのか?」
「ああ。多分イージンってとこに帰ったんだろ」
ザンの声はどこか渇いているように聞こえた。
「シラフはどうしたんだ? 姿が見えないが」
「さっき目が覚めて何も言わずにどっかいった。……なあ、テルスはイージンがどんなとこか知ってるか?」
先ほどの剣帝がイージンから来たと言っていたからだろう。突然の質問にテルスは記憶を掘り起こし答える。
「ソルドンが剣の街なら、イージンは剣の都だ。大陸でも三つの指に入るほど剣士が多いし、剣王クラスもゴロゴロいる。なにより剣士連盟の本部がある」
「そっか……。じゃあ決めた。俺はイージンに行く。俺はもっと、強くなる」
あれだけの力の差を目の当たりにしたのに怖くないのかと、テルスはそう思った。そしてザンが震える手で剣を握りしめていることに気づく。
「……そうだった。ザンは剣神を目指してるんだったな」
ザンは諦めていなかった。今は勝てなくても、いつかはギルにも勝つつもりでいる。そう悟ったテルスはザンと自分を比較した。そして自分に失望する。テルスは剣帝にリベンジするなど考えもしていなかった。
「……っ!」
テルスが歯を食いしばる。ただひたすらに悔しかった。自分とザンとは、見ている場所が違う。そしてザンにつられる形でやっと闘志を取り戻そうとしている自分が情けなかった。
「ザンは、ブレないな。俺は目の前の小さな目標を追いかけてばかりだ」
「テルスも一緒に行くか?」
「……」
ザンがやっとテルスの方を見た。テルスは頷きたい衝動を抑え目を逸らした。テルスが同行しようとしまいと、ザンはイージンに行くつもりだ。
――俺は、ザンについていくだけなのか?
「いや、一緒にはいかない。俺は俺で強くなる。イージンに行くのはその後だ」
テルスはザンに目を合わせてそう返した。ザンは静かに、そうか、とだけ言った。風の音が二人を包む。
「強く、なりたい……」
それはザンとテルス、どちらの口から洩れたのだろうか。ただ、その思いは二人共同じだった。
同じころ、ローン商会にて。
「なんなんだよ!? 一体何が目的だ! 金か!? 金が欲しいのか!?」
壁際に追い詰められたホーメンが喚く。そんなホーメンの首に襲撃者が刃を当てた。もはや下手に暴れることもできなくなりホーメンが硬直する。
周囲には従業員と護衛が倒れていた。死んではいないが気を失っていた。ホーメンを助ける者は誰もいない。
「か、金ならある! 助けてくれ!」
「……そんなものいらない」
襲撃者が手刀を押し付ける力を強める。首の薄皮が切れわずかに血が出た。ホーメンが息をのむ。
襲撃者の正体は、マインだった。
「な、なら何が目的だ! なんでもするから命だけは!」
「答えて。あの剣をどこから入手したの?」
「あ、あの剣? 魔剣の事か? あれは試合で壊されたからもうないんだ!」
「いいから質問に答えなさい!」
マインが語気を強めた。ホーメンが竦み上がる。
「あ、あれは剣の都で偶然出会った商人から買ったんだ! 剣の都で最近わずかにだが出回っているらしい!」
「剣の都……イージンね?」
「そうだ! 買っただけだからそれ以上は僕は知らないんだ!」
「あっそ」
マインがホーメンを殴った。手刀は解除してあるためただの殴打である。拳と壁に挟まれる形となったホーメンは気絶し倒れ込んだ。
「イージン、イージンね……」
マインは一人つぶやいた。先ほどまでは抑えていた殺気が漏れ始める。
「やっと手掛かりを見つけた。今度こそは絶対に見つける……!」
数日後。
「剣よし、服よし、食料よし。それ以外も全部良し!」
ソルドンの門前でザンが荷物を確認していた。これから剣の都イージンへと出立するのである。イージンまではいくつかの大きな街と無数の宿場町を経由していくことになる。馬車を使えば三ヶ月、剣士が走れば二ヶ月かかる距離だ。長い旅になる。
「気を付けてな。今の時代、剣技を使う野盗なんかも珍しくないからな」
「おう、ありがとな。テルス」
見送りに来たテルスにザンが礼を言う。テルスは笑ってそれに答えた。
「テルスはこれからどうするんだ?」
「一度師匠の元に戻ろうと思う。俺は通い弟子だったから剣技を修得してすぐに自立したんだが、まだまだ自分の剣技を使いこなせてないと思ってな。内弟子として修業を積み直してくる」
「そうか。頑張ってな」
「ああ。すぐに追いついて見せるさ。剣王になったら俺もイージンに行くつもりだ」
テルスが手を差し出した。握手である。ザンはその手を取った。互いに手を握り合う。
「達者でな」
「おう、テルスも元気でな」
二人は別れを惜しみつつも握手を終えた。ザンがソルドンを出る。少しでも鍛えるために駆け足だ。ある程度離れた所でザンは一度振り返り、門に居るテルスへと手を振った。テルスもまた手を振り返した。
それで最後だった。ザンは再び走り出した。
「待ってろよ! イージン!」
ザンは続いていく道の向こうへと、そう叫んだのだった。




