第24話 剣帝、襲来
「十五歳で剣聖? それも剣士でもなかった一般人が?」
王立剣士連盟機構、剣の都イージンにあるその本部で、ある男が報告に聞き返した。
「はい。先ほどソルドン支部に剣波通信にて再度確認いたしました。間違いございません」
「……金でも積んだのか? それともソルドンの剣士たちが弱すぎた?」
「その少年は剣王と倒して優勝しております。弱いという事はないと思いますが……」
「しかたない。僕が直接行って確認して来るよ」
「では馬車の準備を――」
「必要ない。ソルドンなら飛べばすぐだ」
「……かしこまりました。行ってらっしゃいませ、ギル様」
「おっしゃああああ! やったぞおおおお!」
連盟の窓口で剣聖の証である金属製のタグを受け取り、ザンが両手を挙げた。激戦を越えて、ようやく剣士となったのだ。ザンはこの日、剣神への第一歩をようやく踏み出せたのである。
「おめでとう、ザン」
一緒にいたテルスが祝福する。これから祝勝会だ。賞金はたんまりとある。気が済むまで食べて飲むのだ。ザンは酒が飲めないため飲むのはただのエールだが。二人は連盟の休憩所へと足を運んだ。
大会が終了したという事もあり、そこには多くの剣士が集まっていた。各々飲み食いしながら会話に花を咲かせている。ソルドンの剣士の約半数がそこに居た。
「あ、シラフだ! おーいシラフ、俺優勝したぞー!」
ザンがシラフの姿を見つけ駆け寄った。自分が負かした相手に優勝を報告するという行為に対し、ザンに気まずさなどなかった。
「なんだ、少年か。大声出さなくても決勝見てたから知ってるぞ。俺をからかいに来たのか?」
シラフが座ったまま振り返った。テーブルの上には酒瓶が無数に転がっている。いつものシラフに戻っていた。
「あ、もうマッチョはやめたのか? 禁酒した方が強いのに」
「馬鹿やろう。禁酒強化は体への負担が強いんだ。一週間以上禁酒を続けると強化に耐えられずに肉体が崩壊するんだよ。つまりこれは必要な飲酒だ」
「そうだったのか。せっかく強かったのにもったいないな」
「まったくだ。おかげで短期の仕事しか受けられねえしよ。当てにしてた優勝賞金もかっさらわれたしやってらんねーぜ。飲まずにはいられねえ!」
「俺は飲めないからな。代わりに腹いっぱい食うぞ!」
話をしながらナチュラルに相席するザン。テルスもまた躊躇しつつも同じテーブルに着いた。二人はウエイターに注文をする。
「俺の優勝を祝して乾杯!」
「いや、自分でいうなよ」
「俺の完敗を呪って乾杯!」
「祝いの席で何言ってるんだこの剣王……」
馬鹿と酔っ払いが騒ぐせいでカオスな会話が繰り広げられるテーブル。始めはついツッコミを入れていたテルスだったが、次第に意味がないと思い始め、自分もバカ騒ぎに混じるようになった。朱に交わればなんとやらとはよく言ったものである。
祝勝会はこうして盛り上がり、そのまま続くのだと、三人はこの時は思っていた。だがそれは、突然の襲撃により絶ち斬られる。
「あぶねえ!」
突如シラフが二人を突き飛ばした。直後二人の居た場所を斬撃が通る。斬撃によりテーブルと床がスッパリと斬れた。彼らが狙われたわけでない。壁が、天井が、床が、あらゆるものが建物の外から降り注ぐ斬撃により斬り裂かれていく。
「建物が崩壊するぞー!」
誰かが叫んだ。ザン達の頭上にも天井が落ちてくる。
「くっ、即席酔い止め!」
シラフが一瞬でアルコールを分解しマッチョになった。それに連動してシラフの剣も巨大化し大剣となる。その剣を振ると建物の天井が吹き飛んだ。視界一杯に空が広がる。その中に斬撃を放った男が居た。二十代中ごろの金髪の剣士である。ザンは思わず声をあげた。
「あいつ、空中に浮いてるぞ!?」
「落ち着け少年。水の上に立つのと同じ原理だ。足元の空気が流動しないようバランスを取っているだけだ」
シラフが剣を構えた状態で説明する。その冷静さにつられてザンも頭が冷えた。
「一体何者だ!」
テルスが剣を男に向けた。連盟に居た他の剣士たちも同様に臨戦態勢となる。男は余裕然とした表情のまま地上に降りて来た。
「着斬前に反応できたのは一人だけか。想像以上になまくらばかりだな」
「誰だと聞いている! 剣士ならば名乗れ!」
テルスが語気を強める。いつでも斬りかかれる体勢だ。そんなテルスの殺気を男は笑って受け流す。
「俺はギル。イージンにある連盟本部所属の剣士だ。一応、剣帝に名を連ねている」
剣帝という言葉に、その場の全員に衝撃が走った。大陸全土でも数えるほどにしか存在しない、まずお目にかかることもできない存在である。同時になぜここにという疑問を皆浮かべた。
「一体何しに来たんだ! 連盟が滅茶苦茶じゃねーか!」
相手が剣帝と知りどう対処すればいいのか皆が迷う中、ザンが口を開いた。そのザンを見たギルが目を細める。
「お前、若いな。お前が新しく剣聖になったという少年か」
「だったらなんだ!」
「お前が不正をして優勝したのではないか調査しに来た。という訳で、死ぬ気で抵抗してみろ」
ギルの姿が消えた。ザンが目を見開いた時には既に背後におり、ザンを袈裟斬りにしていた。体の中を刃が通った感覚に、ザンに鳥肌が立つ。
「どうした? 細胞の間に刃を通したから無傷のはずだ。もう一度チャンスをやるから掛かって来い」
ギルが軽く殺気を放った。ザン以外の剣士が殺気の圧で吹き飛ぶ。ザンは手加減されたため無事だったが、次は殺されると感じ剣を振るっていた。
「全力気合スイング!」
衝撃波が全方位に放たれる。しかしギルは何事もなかったかのように立っていた。
「ふーん。お前、剣気を発動できるのか。なるほど、地方の大会で優勝できるわけだ。まあ合格でいいだろう」
「効いてねえ!? ならこれはどうだ! 全力気合砲!」
ザンが剣から光を放った。オーラを剣に纏わせたまま振るのが全力気合スイングなら、オーラを全て放出するのが全力気合砲である。一度に気力を使い果たしてしまうという欠点があるかわりに、威力はスイングを凌駕する。
「威力は申し分ないが、当たらなければ意味がないな」
ギルはまたもや消えるように移動しそれを避けた。ザンの首に手刀をトンと当てる。ザンは体が動かせなくなり倒れ込んだ。
「一時的に首の神経を切断した。数分もすれば元通り動けるから安心していい」
言葉を発することもできなくなったザンを見下ろすギル。その背後からテルスが斬りかかった。しかしその剣は宙を斬る。ギルが速すぎるのだ。
唯一ギルを捉えている剣士が居た。シラフである。先駆けを駆使しなんとかギルに追い縋り剣を振った。だが見えると追いつくは全く違う。シラフの大剣すら虚しく空を斬った。
「お前が剣王か。この街のトップでもこれでは、なるほど、一般人を剣聖にしてしまう訳だ。ソルドンのレベルも落ちたものだな」
ギルがシラフを斬った。細胞の隙間を通したため傷は無い。その代わり神経を刃で刺激することでシラフの全身を硬直させていた。立ったまま意識を失ったシラフが物言わぬ置物と化す。
「剣王が一撃だと!?」
「今のが一撃に見えたのか。カタツムリの方が俊敏だな」
テルスが同様に斬られ硬直したまま気絶した。他の剣士たちはその頃ようやく復帰し始める。ギルはため息をついた。
「今の二人はそれでも雑魚の中ではまだましだったな。だが残りは失格だ。もう一度弟子からやり直すがいい」
ギルが置物を量産していく。数十人いた剣士が全滅するまで十秒かからなかった。その後ギルは動けないままのザンに声をかける。
「お前、その年で剣気を発動できるなら将来有望だな。もし強くなりたいならイージンに来い。剣の都というだけあって、あそこは腕を磨くにはちょうどいい。もしお前が剣帝になった時は、今度は本気で相手をしてやろう」
ギルはそれだけ言うと次の瞬間には消えていた。一人意識があるまま残されたザンは、ただ悔しさを噛み締める事しかできなかった。
剣帝クラスが今後ゴロゴロ出てきたらもっとカオスになるかも。いや、もっとカオスにしたい!
次回、第25話 剣の都へ




