第23話 決勝:ホーメン
大会六日目、とうとう決勝である。優勝常連のシラフが前日の試合で敗退したこともあり、新たな剣聖の誕生を見届けようと例年以上の観客が押し寄せていた。もはや客席には座りきれず、通路や階段にすら人が溢れおしくらまんじゅうとなっていた。
シラフにより地形が変形したグラウンドはそのままになっていた。一晩では均せなかったのである。グラウンドを囲う壁の修理を最優先した結果だった。
そんな試合会場に二人の選手が入場してきた。ザンとホーメンである。ザンは親友の形見の剣を、ホーメンは二振りの剣を持っている。二人の入場により声援がより一層大きくなった。
「やあ、まさか君と決勝で戦えるとはね。あのシラフに勝つとは、悪いけど予想外だったよ」
ホーメンがザンに声をかける。ザンは腕を組みうんうんと頷いた。
「正直俺も途中はヤバかったぞ。気合で何とか勝てた、って感じだ」
「そうだったんだね。試合の疲れは残ってないかい? ぜひ全力の君と手合わせ願いたい所なんだけど、さすがに万全じゃないよね」
「いや、めっちゃ元気だぞ。寝たら回復した」
「え……、そ、そうなんだ。それは良かったよ」
万全の状態だというザンにホーメンが動揺を見せた。シラフとの戦いでの消耗はもとより、送り込んだ刺客の襲撃で疲労困憊になっているはずだと思っていたからだ。
「二刀流と戦うのは初めてだからな、楽しみだったんだ。早く始めようぜ」
ザンが剣を抜いた。ホーメンも動揺を抑え込み剣を抜く。そして両手の剣にそれぞれ剣技を発動させた。
「ザン、参る!」
「……剣士ホーメン、参るよ!」
互いに名乗りを交わしたと同時に銅鑼が鳴った。ザンが力いっぱい地面を蹴る。しょっぱなから突撃だ。ザンはホーメンへと突進して、その横を通り過ぎて地面にダイブした。
「うわっ!? 目が回る!」
転んだザンが頭を振る。ザンの視界は今歪んでいた。
「剣技、ねじれ定規。僕の右の剣は定規になっていてね、変形させて寸法を狂わせることで見た者に錯視を引き起こすことが出来る」
ホーメンの剣には確かにメモリがふってあった。そしてその剣はきしむ音を立てながらねじ曲がっていく。それに伴いザンの視界はさらに歪んでいった。
「うぷっ、吐き気がしてきた」
ザンはバランスを崩し地面に膝を着き、直後膝をついた地面が陥没したためザンはよろめいた。姿勢を維持しようと手を着く。その手は地面が流動したために滑り、ザンはまたもや転ぶこととなった。
「剣技、土遊び。地面が僕に有利な形状を取り続ける。地が利を僕に与えるんだ」
ホーメンが左の剣を地面にかざしながら歩くと足元が平らになり歩きやすくなっていく。一方ザンの足元は凹凸が激しくなり時には沼のように動き足を取ろうとする。歪んだ視界と相まってザンは身動きが取れずにいた。
「どうだい? 降参するなら今の内だよ?」
「するわけないだろ」
「それは残念。僕はろくに抵抗ができない君を攻撃しないといけなくなる」
ホーメンがザンに斬りかかった。ザンは後ろに跳んで避けようとしたが、足を取られて尻餅をついた。視界が歪んでいるため太刀筋が分からない。仕方なく当てずっぽうで剣で防御すると、ホーメンの剣はザンの腕を僅かに斬りつつもそこで止まった。防御が功を奏し肉までは届いていない。
「まだ歪みが不十分かな?」
ホーメンの定規剣がさらにねじれた。ザンの視界がドロドロになる。平衡感覚すら失われた。ザンは足裏の感覚だけで立ちあがった。
「そらっ!」
ホーメンが剣を振った。ザンの目はまともに機能していない。誰もが絶体絶命だと思った。
「剣技! 全力気合スイング!」
ザンが剣を振るった。それだけで衝撃波が発生し周囲のものが吹き飛ばされる。すぐ近くにいたホーメンも例外ではなかった。数メートル飛ばされたホーメンは地面を柔らかく変形させ着地した。
「馬鹿な!? まだ大してダメージは与えてないはずだぞ! なぜ剣技を発動できる!?」
ザンが過去に剣技を発動したのは肉体的にも精神的にも追い詰められている状態であった。ゆえにホーメンはそれが剣技の発動条件だと分析していた。この試合でザンはまだ腕を浅く切られただけであるため、まだ発動できないと思っていたのである。
「練習した」
「な……!」
たった一言で説明されホーメンが絶句した。そして沸々と湧き上がる怒りに顔を赤くする。
「そんな簡単に剣技を修得できてたまるか!」
「いや、だって発動したことは前からあったし、シラフとの試合でコツを掴んだみたいでさ。そんで昨日剣士に何度も襲われたから、それ相手に練習したらできるようになった」
「なん……だと!?」
まさか自分の放った刺客がザンを強くする結果になったとは、とホーメンが苦虫を噛んだような顔になる。ホーメンはザンを睨み付けた。
「だからって調子に乗らないで欲しいな。君はまだ剣技の術中だ!」
ホーメンが両手の剣を振りかざした。ねじれ定規と土遊び、二つの剣技の出力を上げる。ザンは目を伏せる事でねじれ定規を無効化した。剣を見るから視界が歪むのだと気付いたのである。
ザンの足元の地面が波打つ。ザンは変形が緩んだ隙をつき、超スピードで移動することで土遊びの効果範囲から外れた。
「馬鹿な、速過ぎる! 土遊びが追い付かない!?」
ホーメンがうろたえる。ザンはホーメンの視界から一瞬で消え去り背後へと回り込んだ。
「い、いつの間に後ろに!? なぜそんなに早く移動できる!」
「昨日中に助走を済ませておいたんだ!」
あらかじめ助走を済ませておく事で一歩目から最高速度に達する、シラフが使った歩法である。「先駆け」と呼ばれるその歩法も、ザンは昨日の試合後に練習し習得していたのだ。現在は三回分まで貯走できる。
「このっ!」
ホーメンが剣を振るう。ザンはそれを迎え撃った。
「全力気合スイング!」
ザンの剣とホーメンの定規剣がぶつかった。定規剣が粉々に砕ける。
「なっ……!!」
ホーメンは驚きつつも距離をとった。ザンは剣を砕かれたにもかかわらず苦しまないホーメンを見て、あることに気づく。
「ホーメン、もしかして今のは魔剣か?」
魔剣とは、誰でも剣技が使えるようになる剣である。以前ホーメンはザンに魔剣を渡そうとしてきたため覚えていたのである。
「くそっ!」
ホーメンは諦めずもう片方の剣を振った。しかしその剣もまたザンにより砕かれる。それにより土遊びの効果が切れた。ザンはそれを見て確信する。
「やっぱり両方とも魔剣だったのか。なんで自分の剣技を使わないんだ?」
ホーメンは魔剣を失ったショックで呆然としていた。手に残った柄を後生大事に握りしめ放そうとしない。やがて状況を飲み込めたのか、ガタガタと震え出した。魔剣の柄が手から零れ落ちる。
ホーメンが懐から短剣を取り出した。腰が引けている。その顔は涙と鼻水で一杯だった。剣技を発動するそぶりは無い。
「……ひょっとして、お前……」
ザンが訝しむ。ホーメンにはもはや戦う力が残されていなかった。短剣を持った一般人と同じである。
「そうだ! 僕は本当は剣技なんて使えないんだ!」
ホーメンが叫んだ。
「くそっ! くそくそくそくそ! なんでこんな事に! 僕に、僕に才能さえあれば……!」
一人喚き散らすホーメン。ザンはどうしたものかと困惑しそれを見ていた。
「僕はこんな所で負けるはずがない! 僕は今まで努力してきたんだ! 勝つために手段は選ばなかった! 魔剣を仕入れて、相手を闇討ちして、修行だって必死でやってきたんだ! なら僕が勝って当然だろぉ!」
「いや、手段は選べよ! 近道して手に入れた強さなんて俺は信用できないぞ? というか闇討ちはルール違反じゃねーかよ。そんなのに頼るのがそもそも間違ってるだろ!」
「うるさい! お前はいいよなぁ! 剣技が使えて! 俺の気持ちが分かってたまるか!」
「俺だってソルドンに来る前は剣技使えなかったぞ! それでもひたすら戦って、やっと使えるようになったんだ! お前だって諦めるのは早いと思うぞ? 俺の知り合いは三十代になってやっと剣士になったらしいし」
ひたすら正論を言うザン。その言い分は正論であるからこそホーメンの癪に障った。ホーメンの中で恐怖を殺意が上回る。
「うわああぁぁぁああ!」
ホーメンが短剣を腰に構えて突っ込んだ。
「僕が一番頑張ってるんだあああああ!」
「……」
涙を流しながら走るホーメン。もはや気狂いである。痴態の極みであった。
「死ね! 死ね! 死ねええええ!」
「うるせえ!! 最後まで努力してから言え!!」
ザンが剣の腹でホーメンの顔面を撃ち抜いた。ホーメンはクルクル回転しながら宙を舞う。鼻血が歪な弧を描いた。
ホーメンが地面に激突した。意識を失い動かない。同時にザンの優勝を告げる銅鑼が鳴り響いた。
ザンの圧勝に観客たちが沸いた。新たな剣聖の誕生。僅か十五歳の、一回戦出場時には剣技が使えなかった少年の優勝というセンセーショナルな出来事は人々を熱狂させた。全ての観客が立ち上がり、そしてザンへと拍手を送る。
ザンは闘技場の中央でその熱狂に圧倒されていた。そして何となく剣を掲げ拍手に応える。何となく、そうしないといけないような気がしたのである。
ザンを、さらに大きくなった声援が襲った。
遂に優勝までたどり着きました。思ったより長くなってしまった。
次回、第24話 剣帝、襲来




