第21話 勝利と波紋
「これは、気合の差だ! 今に満足して立ち止まってるシラフに! 俺が! 気合で負けるわけねえだろ!」
ザンはシラフを押し飛ばした。あれほど強く重く感じられたシラフが簡単に後ろに下がる。ザンは自分の持つ剣へとオーラが伝っていくのを感じた。
今この瞬間もどこからともなくザンの中へと流れ込んでくる力。それが剣を覆い揺らめいているのを見たザンは、シラフが見せた殺気のコントロールの事を思い出した。
そうか、同じように使えばいいんだ。ザンはそう答えを出した。そして噴き出したオーラを剣に集めていく。ザンは剣を上段に構えた。
「ありえねえ……何だあのエネルギーは!? 人間の気力で出せる出力じゃねえ!」
慄くシラフ。シラフは殺気を放出する攻撃を殺気砲と名付けた。なら、この技の名前は――
「剣技、全力気合砲!」
ザンが叫ぶ。剣を振り下ろすと同時にエネルギーが剣から噴き出した。強烈な反動と共にそれは強烈な光を放ち飛んでいき、シラフを飲み込んだ。余りの眩しさに周囲が真っ白に染まる。
これは、気力なんて生易しいもんじゃない。光に飲み込まれたシラフは、吹き飛ばされながらそんなことを思った。そのエネルギーを身に受けたシラフは、同じものが自分の中にも流れていることに気づく。なぜ今まで気づかなかったのか不思議なほど、それははっきりと感じられた。
そうか、これは、剣技の源だ。今まで自分が無自覚に使ってきた力だ。そうシラフの中を理解が駆け巡る。精神と結びつき剣技に変化する前の、純粋で無色なエネルギー。
ザンは恐らくこれを気力と思っているのだろう。だがそれは間違いだ。そもそも剣技ですらない。本来このエネルギーは世界に何も影響を与えない。精神と結びつき力に方向性が与えられた時初めて剣技として力を振るうのだ。本来ならこの攻撃は何の影響も起こさないはずだった。
そうか、剣技ではないというのは誤りだ、とシラフは気づく。シラフの周囲には一切破壊がもたらされていなかった。ダメージを受けているのはシラフだけだ。シラフに勝つというザンの気合が、このエネルギーに方向性を与えていた。
エネルギーがシラフの身を焼く。打ちのめす。捩じる。削る。そして、癒す。
ザンに殺気は無い。ただシラフに勝つことを考えている。そのザンの気合の在り方が、シラフに必要最低限のみのダメージを与えていた。
完敗だ、そうシラフは思った。そしてなぜか脳裏に浮かぶ、かつての記憶。
剣士を目指してソルドンに来た日の記憶。
同い年で剣士になったライバルとの会話。
身に着けた剣技の代償で酒を飲み続ける苦しみ。
大会でライバルに勝った喜び。
いつも酔っぱらっているせいで仕事も修行も手に付かないという焦燥感。
大会でしかまともに戦えない剣士と言われた屈辱。
そして自分を追い抜いて行ったライバル。
いつの間にか諦めていた自分。
そうか、俺は強くなることを諦めたから、諦めてないザンに苛立っていたのか。シラフは心の中でつぶやいた。そして、そりゃ気合で負けるわけだと納得する。
光の奔流が通り過ぎ、シラフは地面に投げ出された。仰向けに転がったシラフの目に、広がった青空が映る。シラフはどこか満足げな表情で、目を閉じた。
テルス:
観客席の最前線でテルスは、その結末を食い入るように見つめていた。
「ザンの奴、やりやがった……」
テルスは打倒シラフを掲げ修行を積み大会に臨んだ。残念ながら初戦敗退しその目標は達成できなかったが、テルスは次こそはと思っていたのだ。だがこの瞬間、テルスの目標は変わった。テルスは笑みを浮かべ、強く手を握りしめる。
「負けてられないな。もう一度、始めから特訓だ」
もし初戦でザンにチャージ攻撃を当てていれば勝ったのは自分だったと、テルスはどこかでそう思っていた。だがそんな奢りは既に消え失せていた。ザンこそが自分の目標だと、ザンが自分よりも先に居ると、テルスははっきりと意識したのであった。
マイン:
「私との試合ではほとんど差は無かったはずなのに……」
マインはそうつぶやいた。年下で、剣技が使えなくて、どこか会話がかみ合わない変人、その程度の存在だった。だがこの試合でザンは急激に強くなったように見えた。そして自分ではシラフに勝てなかったはずと分析し、くやしいという気持ちが湧き出る。ザンに出会うまでは無かった感情だった。マインは初めて自分の目的以外の事に感情を揺らしていた。
「私とは、全然違うな……」
ルドルフ:
「まさか、ザンが剣王に勝つとはな」
ルドルフは崩れた瓦礫の上に腰を下ろし、ふーっと息を吐いた。そしてザンとの手合わせを思い出す。やはり間違いないとルドルフは思った。手合わせの時にも感じたザンの在り方の空虚さに、この試合で確信を持った。
「ひょっとしたら、負けた方が良かったのかもしれないな。もしもザンが目標を叶えたとしても、その先には絶望しかないかもしれん」
ルドルフは自分の危惧したことが起きないことを、願うしかなかった。
ホーメン:
「セバフ、決勝の相手はザンだ。まったく、予想外にもほどがあるよ」
自身の決勝進出を決めた後ザンの試合を観戦していたホーメンは、ローン商会に戻るとソファーに腰を下ろした。セバフは聞かされた試合結果に驚きつつも普段通り淡々と口を開く。
「ではザン様に刺客を送り込むので?」
「当然だ。相手が変わろうとやる事は変わらないよ。なにしろ人知を尽くさないのは相手にも失礼だからね」
「……承知いたしました。委細執り行います」
???:
「間違いない、力が流出している。剣技を使ったんだ」
どこか遠い場所で、ある男が危機感を覚えていた。
「やっぱり他にも器が居る。早く見つけ出さないと。そうじゃないと手遅れになる」
その男は、焦燥感に流されるまま唇をかんでいた。
大会五日目、準決勝。その勝者ザンの、決勝進出が決まった。
次回、第22話 刺客




