第20話 壁を壊す
這いつくばるザンと見下ろすシラフ。両者の差は圧倒的だった。ザンはまだもがいている。シラフはザンが立ち上がるのを待っていた。
このまま立ち上がれないのならそれでもいい。立ち上がるのならもう一度つぶす。そして確実に心を折ってやろうとシラフは考えていた。
「こんなに、強いとは知らなかった……」
ようやく少し動けるようになったのだろう、ザンは膝に手を突き体を持ち上げた。重心の安定しない状態でシラフを見据える。
「怖くなったか?」
「全然。俺が目指すのは剣王よりももっと上の剣神だからな!」
満身創痍の体とは別に、ザンの目には闘志が燃えていた。シラフは肩をすくめる。
「そうだった、剣神を目指すんだったな。少年は。……若々しい、夢にあふれた目標だ。反吐が出る」
シラフはそう吐き捨てた。
「なんで俺が少年に大会に出るよう助言したか分かるか?」
「俺が剣士になれるチャンスだからじゃねーの?」
「違う。全くの逆だ。剣士の世界の現実を教えてやるためだよ。夢が潰えて哀しみながら去っていくのを見るためだ。俺はお前みたいなやつを見ると、つい邪魔をしてからかいたくなっちまうんだ」
「趣味わりーな。そんな暇あったら働くなり修行するなりした方が建設的だぜ。剣王なんだろ? 剣帝は目指さないのか?」
「……俺は現状で満足だ。十分生きていけるからな。俺は酒が飲めればそれでいいんだよ」
「……つまんない奴だな」
ザンが見損なったようにそう言う。そんな態度にシラフに苛立ちが湧いた。
「そのつまんない奴にお前は負けるんだよ!」
シラフの大剣がザンを斬り飛ばした。ザンが水平に飛んでいく。ザンは空中で体勢を立て直し着地した。
「自ら後方に飛んで威力を減らしたか。ならこれはどうだ!」
吹っ飛んで空いた両者の距離をシラフは一瞬で詰めた。もう一度ザンに剣を叩き込む。吹っ飛ばされたザンは闘技場を横断し壁に着地した。壁にクレーターができる。ザンの両足が壁から離れるより前に、シラフの突きがザンを襲った。
剣を盾にするザン。ザンの背中が壁にぶつかりクレーターを上書きした。
「どんなに志が高かろうと! 覚悟が強かろうと! 越えられないものはある!」
ザンを壁に押し付けながらシラフは言う。
「それがそいつの限界だ! そうやって夢を諦めた奴を俺は何人も見て来た! お前もそいつらと変わらねえ! ここで潰れていくんだよ!」
「俺は諦めねえ!」
ザンが叫んだ。押していたはずのシラフが逆に押し飛ばされる。禁酒により肉体が強化されているはずのシラフがよろめいた。ザンが壁から地面に着地する。
「俺は剣王を越える! 壁が越えられないならその壁を壊して進む!」
「てめぇ……」
「俺は、剣神になるんだ!!」
ザンからオーラが噴出した。オーラが剣を伝う。一回戦で見せた剣技が、この極限状態で再び発動した。
ザンの剣技が発動したことをシラフは当然、感知していた。ザンの剣技は高密度の気力を剣に纏わせるものだとシラフは推測する。シラフが殺気でやった事が剣技に昇華されたものだ。コントロール次第で先ほどシラフがやったのと同じ事が出来る。
故にシラフは、ザンがまだ剣技を使いこなせていないことを見抜いていた。出すだけ出して垂れ流されているオーラがそれを物語っていた。
「最強にあ憧れて剣士になる奴は多い。だが剣神になるなんて公言する奴はいない。それが現実だ! 上に行けば行くほど、それを嫌でも理解させられるのが剣の世界だ! それを今教えてやるよ!」
シラフがありったけの殺気を剣に纏わせ圧縮する。そして突進。ザンもまた地面を蹴りシラフを迎え撃った。
気力と殺気という違いはあるが、お互いにそれらを剣に纏わせることで剣の強度と威力が上がっている。ならば勝敗を決めるのは、身体能力の差。そしてシラフは禁酒強化によりザンを圧倒している。このまま剣を打ち合わせれば、打ち負けるのはザンの方であるのは明白であった。
「駄目押しだ! バイブ・ハンド!」
シラフの手に超振動が発生した。アルコール禁断症状による手の震えである。シラフの大剣にさらに振動エネルギーまでもが上乗せされた。
「くたばれぇ! ザン!」
「負けるか!」
両者が剣を打ち鳴らす。衝撃で空気が割れた。周囲の瓦礫が砂と化し吹き飛ぶ。周囲に広がった衝撃はさらに闘技場の壁にも深刻なダメージを与え崩壊させた。配備されていた剣士たちが吹き飛ばされる。
「くっ!」
テルスは衝撃に吹き飛ばされないよう踏ん張っていた。客席へと飛んでくる瓦礫を剣で打ち返し、せめて届く範囲だけでも観客を守る。周囲にいた他の剣士は身を盾にして客席を守り吹っ飛ばされた。足場にしていた壁が崩れテルスは客席へと飛び退く。そんなテルス達へと光が降り注いだ。テルスは何事かと空を見上げた。
「空が……」
今にも降り出しそうだった曇天に、衝撃で穴が開いていた。
爆心地で、シラフは驚愕していた。今のは自分の全力の一撃だった。まごう事無き必殺にして会心の一撃だったのだ。それなのに――
「なんで……なんで互角なんだ!? あり得ねえ! パワーは俺が圧倒しているはずなんだぞ!?」
「……確かに、体の強さはシラフの方が上だ」
つばぜり合いのままザンが口を開いた。シラフは全力で剣を押し込むが、まるで動く気配がない。シラフに冷汗が流れる。
「これは、気合の差だ! 今に満足して立ち止まってるシラフに! 俺が! 気合で負けるわけねえだろ!」
ザンがシラフを押し飛ばした。そして剣を頭上に構える。シラフはザンの剣を見上げた。ザンの剣は、信じられない程巨大なエネルギーを纏っていた。
「ありえねえ……何だあのエネルギーは!? 人間の気力で出せる出力じゃねえ!」
「剣技、全力気合砲!」
ザンが剣を振り下ろした。剣に纏ったエネルギーが高圧で放出される。本来視認できないはずの一般客にすら見えるほどの高密度のエネルギーが、光の奔流となってシラフを飲み込んだのだった。
次回、第21話 勝利と波紋




