第2話 剣士になれない!?
大陸統一を成し遂げたエステリス王国は、元は小さな弱小国家であった。各国で戦争が起こった時代、窮地に立たされていたエステリス王国を救ったのは一人の天才であった。クラウス・モーガン、後に剣神と呼ばれた男である。
彼の登場により戦争の形は大きく変貌した。弓や槍、そして火薬といった武器は剣によって戦場から駆逐されていった。剣神の編み出した新技術、剣技にはそれだけの力があった。
剣神の活躍により大陸を制覇したエステリス王国は彼の死後、国中に浸透した剣技が悪用される事を恐れある組織を設立した。王立剣士連盟機構である。それ以来、剣士として仕事をするには必ず剣士連盟への登録と許可が必要になった。そして大陸統一から百年が経ち現在に至る。
「へー、ここが剣士連盟か。建物でっけー」
レンガ造りのその建物を見上げたザンは思わずそう言った。剣の街ソルドンの街並みは、あばら家ばかりだった故郷の村とは全く違っていた。石畳が敷かれ、数階建ての建物が立ち並び、多くの人や馬車が道を行きかっている。ザンはキョロキョロと田舎者丸出しの行動をとりながら連盟の建物に入っていった。
中に入ると正面に受付が見えた。左手には掲示板が並びいくつか依頼表と思しき紙が貼ってある。右手にはくつろげるスペースがあり剣士らしき人物が何人かいた。ザンは迷わず受付に向かう。
「いらっしゃいませ。本日はどういったご用件でしょうか?」
「俺はザン。剣士になりに来たんだ」
「剣士免許試験の受験ですね。紹介状はお持ちでしょうか?」
受付嬢から予想外の単語が発せられたのを聞き、ザンの顔に戸惑いの色が見えた。
「紹介状?」
「もし剣士の免許を持つ師がおられるのでしたら、その方の紹介状を頂ければ一部の試験を免除の他、受験料の割引をさせていただいております。そうでないのでしたら受験料に三十万ゴルド必要となりますが、よろしいでしょうか?」
「さん……じゅうまん!?」
ザンは焦った。節約すれば3カ月は暮らせる金額だ。そしてそんな金をザンは持っていない。せいぜい数日暮らしたら財布が空になるだろう。剣士となって仕事をして今後の生活費を稼ぐというザンの目論見は、最初から潰えていた。
「師匠は一応いたんだけど、紹介状は無いし今どこに居るのかは分かんねえ……です」
「そうでしたか。受験のためにはもう一つ、剣技を最低一つ以上習得している必要があります。ザン様は剣技は習得されておりますでしょうか?」
「してない……です」
「ではどなたか剣士の方に改めて弟子入りすることをお勧めします。師匠の仕事を手伝って生活費を稼ぎつつ指導を受ける方が多いのですよ」
「考えてみます……」
またのお越しをお待ちしておりますという受付嬢の声を背に聞きながら、ザンは受付を後にした。今後どうするか考えないとと思いながら、隣の休憩スペースに吸い寄せられていく。どうやら食堂が併設されており簡単な食事が取れるようだった。おいしそうな食事の匂い、そして酒臭さがザンの鼻につく。
「おい、兄ちゃん。聞いてたぜ。剣士になりたいんだって?」
空いたテーブルに座ったザンの向かいに、見知らぬ男が座ってきた。四十代ほどに見える無精髭のその中年はニヤニヤとザンを値踏みする。
「だれだ? おっさん」
「おいおいおい、いきなりおっさんはねえだろ? 口の利き方もなってねえなぁ。年上の剣士に向かってよぉ」
男がオーバーなジェスチャーをする。その目は笑っていなかった。
「俺はガルン。特別にお前を弟子にしてやろうか? どうやら金にも困ってんだろ? 俺の仕事を手伝えて、おまけに鍛えてやろうってんだ。悪くない話だろ?」
嘘である。ガルンはザンを都合よく扱き使うのが目的だった。安値で仕事を手伝わせ、使い物にならなくなるまで使ったら捨てるつもりである。この手の手法で潰れる新人は後を絶たないが、師弟の問題と言われれば剣士連盟はそれ以上口を出せないのが現状であった。
が、そんなガルンの悪意に気づかない男ザンは、ガルンの突き出た丸い腹を見てこう言った。
「いやいいわ。おっさんあんまり強くなさそうだし」
「あ゛?」
ガルンの顔が歪む。こめかみに青筋が浮かび上がった。
「どうせなら強い人に弟子入りするわ。気遣ってくれたのはうれしいけど、他を当たってみるよ。あ、金がどうしようもなくなったら仕事だけ手伝わせてもらってもいい?」
「舐めとんのかゴラァ!」
ガルンが振り落とした拳がテーブルを粉砕した。ガルンが立ち上がりザンを見下ろす。
「じゃあ俺と勝負しなガキ。俺の方が強かったらおとなしく俺の弟子になれ。ボロ雑巾みたいになるまでこき使ってやるよ!」
「決闘か? いいぜ! やるやる!」
勝負と聞いてザンのテンションが上がった。先ほどまでの悩みはすでに忘れてしまったようだ。そこに別の男が声をかけてきた。
「おいおい、少年。やめときな~。そこのガルンは格下には容赦しない事で有名なんだぜ~」
「だれだおっさん?」
ザンにふらふらと近寄ってきたその男は酒を片手に持っていた。真昼間からすでに相当飲んでいるようだ。顔は赤く、足取りはおぼつかない。
「ヒック。おれの名はシラフ、これでも剣士さ。酔いどれのシラフとは俺の事さぁ」
「おいこら酔っ払い! これは俺とガキの問題だ! 水を差すんじゃねえ!」
「水ぅ? 酒ならあるぞ? がはははは!」
まともに話が通じない酔っ払いを見て、ザンはどうしたものかと眉をひそめた。一方のガルンはイライラが頂点に達しそうである。
「俺は決闘上等だぞ」
「少年、意気込みはいいが剣士相手に決闘なんて軽々しく言うんじゃねえぞ~。やるなら安全に手合わせだ。ガルン、少年がやる気みたいだからしかたねえ、俺が審判を務めてやるよ。ヒック」
「ああ!? なんでてめえが仕切るんだよ!」
「俺が勝負ありと判断したら剣を収めてもらうぜ。なにしろ新人相手にムキになる奴がいるらしいからな~」
「喧嘩売ってんのか! 大会を荒らすしか能のない酔っ払いが!」
「なら先に俺と勝負するか~?」
「……いいだろう、審判でも何でもすりゃいい。だが俺が勝ったらこのガキは俺の弟子だ! まさか師弟関係にまで口を出しはしねえだろうな?」
シラフは肩をすくめた。そしてザンの方を見る。
「少年、せっかくだから自分が勝った時の要求をしときな。今の条件じゃ不平等だぜ~?」
「え、俺が負けても弟子にしてくれるんだろ? このままでいいよ」
「……じゃあ決まりだな」
シラフの脳裏に、ひょっとしてこの少年は馬鹿なのではないかという疑問がよぎった。だが本人たちが納得している以上、これ以上シラフがどうこう言うのはお門違いだ。
「じゃあ二人ともついてきな~。訓練用のスペースがある。そこが会場だ」
シラフに案内された先は建物の隣、壁に囲まれた広いグラウンドだった。
「今回は手合わせだから武器は木剣だ。訓練用のがあるからこれをつかいな」
ザンは手渡された木剣を確認した。堅い材質で意外に重い。刃こそないものの、当たり所次第では一撃で行動不能になるだろう。運が悪ければ死ぬ。ガルンの手にした木剣と違いは見られなかった。
「おいガキ、特別サービスだ。てめえは自分の剣を使いな」
「え? いいのか?」
「おいおいガルン~、大丈夫かそんなサービスして?」
「かまわねえ。これ位のハンデがねえとつまらねえしな? 圧倒的な実力差があるとガキに見せつけてやらねえと気が済まねえ」
「じゃあ遠慮なく。使い慣れた剣じゃないと落ち着かないって思ってたんだよ」
ザンは木剣をシラフに返すと自分の剣を抜いた。手に吸い付くような感覚、やはりこの剣が一番しっくりくる。
「怪我しても死んでも自己責任な。それじゃ二人とも~、準備はいいか?」
「剣士ガルン、参る!」
「まだ剣士じゃねえから、今はただのザンだ。参る!」
ザンとガルンが互いに剣を構える。ザンの目は期待に満ち、ガルンの目には嗜虐心が宿っていた。準備が出来たことを確認したシラフは手をあげ、そして掛け声とともに振り下ろした。
「試合開始ぃ!」
次回、第3話:剣士の実力