第14話 運命の出会い
シラフ(?)とガルンの試合はすぐに終わった。圧倒的なパワーとスピードにガルンが一方的に追い詰められ降参する暇もなく意識を失ったのだ。
「強いな」
試合を見たザンはそうつぶやいた。正直今でもあれがシラフとは思えない。体格はおろか、年令すら違っていた。見る影もない。
その試合でこの日の試合は全て終わった。まだ昼過ぎである。余った時間を使い、ザンは金を稼ぐ事にした。
「俺仕事して来るわ。昼からでも追加で雇ってくれる仕事あるらしいし」
「怪我の方は大丈夫なのか?」
「ああ。今日は試合が無かったし、全然大丈夫だ」
「どぶ攫い以外にするんだぞ」
「おう」
試合終了により観客たちが一斉に闘技場から帰っていく。ザンとテルスも人混みに揉まれながら外に出た。そしてそのまま別れる事にする。
闘技場周辺では観客狙いの屋台が多く出ていた。帰り際の観客の何割かは撒き散らされたいい匂いに釣られて屋台へと集まっていく。ザンもまた食欲を刺激されたが、金がないため我慢して通り過ぎた。
ザンはその後建設現場で働いた。建材置き場から建設現場へとレンガを運搬し続ける仕事である。貸し与えられた荷車にレンガを満載し街中を行ったり来たりする。
その最中にザンが思った事は、自分の顔が結構住人に知れ渡っているという事だった。道行く人がザンを見て声をかけてくるのである。一回戦目すごかったとか、怪我は大丈夫なのかとか、頑張れとか、いろんな言葉をかけられる。ザンは出来る限り返答しつつ、その日の生活費を稼ぎ続けたのだった。
日が傾き出したころ、ザンは給金を貰い仕事から解放された。その金で食事をとろうと連盟へ足を向かわせる。その途中、ザンは通りに並んでいる屋台に目をやった。昼は金が無かったから我慢したが今はある。昼に我慢した反動で、ザンの食欲が屋台へ向かった。
たまには外で食べ歩くのもいいだろうとザンは思った。いくつかある屋台から美味しそうなものを探す。
「やべ、どれも美味そうに見えてきた。どうしようかな」
次から次へとザンが目移りしていく。何か所もはしごできるほど金は無い。ザンははやる気持ちを押さえて慎重に見定めていった。そしてある一つの真理にたどり着いた。
その屋台で売られているのは串焼きだった。ボリュームのある肉を刺し連ねた長い串が炭の上に架けられ油を滴らせている。パチパチと音を鳴らす炭が火の粉を上げながらその油を照らしていた。そして匂い立つ、肉の匂い。店主のおやじが串を回転させると、ちょうどよく焼けた肉が顔を出した。その肉と目が合ったかのような錯覚をザンは覚えた。空腹により少し思考がおかしくなっていたザンには、それがまるで運命の出会いのように思えた。
「「一本下さい」」
ザンの注文が誰かと被った。ザンはつい声を発した隣の人物を見る。相手もまたザンに目を向けていた。二人の目が合う。相手の姿にザンは見覚えがあった。
「あなた、確か予選で乱入してきた……」
「お前、たしか明日の試合の……」
色の抜けた赤く長い髪、整った顔つき、華奢な体。それはザンの三回戦の相手の少女だった。
「なんでついて来るの」
「俺も帰り道こっちだから」
「……」
ザンの返答により、少女もザンが次の対戦相手だと気づいたらしい。少女はザンへの警戒を隠そうとしない。店主からそれぞれ串焼きを受け取った二人は偶然にも帰り道が同じだったのだが、それが少女の警戒心を余計に高める要因となっていた。少女が僅かに歩調を早める。
「今日の試合見たぞ。すごいな! 俺と同い年くらいなのに剣技が使えるなんて!」
だが少女の警戒に気づかないザンは少女に遠慮なく話を振る。最初は無視していた少女だったが、適当に話をして切り上げた方が早いと思いおざなりに返事をするようになっていた。
「あんたはどうして剣士になったんだ? その歳で剣技を使えるようになるなんて相当すごい事だよな?」
「人を探すためよ。ていうかザンだっけ? あなた私より年下でしょ」
「でも俺剣技は使えないぞ? 一回戦の時は、なんか、偶然? できたんだ」
「ふーん。それはいいことを聞いたわね」
「あっヤベ! 手の内ばらしちまった!」
「私は教えてあげないから」
「くっそー! 誘導尋問かこれ!?」
「あなたが勝手に喋ったんでしょ?」
一度返事をし始めたら次第に会話が進むようになった少女は、しかしその自覚は無く、二人はいつの間にかゆっくりとした歩調で歩くようになっていた。
少女はふと自分たちに向かう視線に気づいた。道行く人々が何人か二人を見ている。中にはこちらを見てニヤニヤしている者たちもいた。
少女は気づく。自分たちの状態に。
二人は大会で話題となっており顔が知られている。そんな同年代の男女が、同じ屋台料理を片手に、並んで歩きながら会話に花を咲かせているのである。そして次の試合の敵同士。
恋バナが好きな一部の人間が無責任に想像を膨らませてもおかしくはない。否、既に見るからにそんな感じの女子共がこちらを見てキャーキャー言っていた。誰かがつぶやいた恋人対決という言葉が少女の耳に届く。
気付けばザンが少女を見つめていた。周囲を包むわずかに桃色がかった雰囲気に気付き少女の中で危険信号が発せられた。いつの間にか和気あいあいとしていた事を自覚して少女は反省する。少女はとっさに半歩離れて身構えた。
「お前ってさあ……」
「……なに?」
「肌とかめちゃくちゃ柔らかそうだよな」
少女はいつでも攻撃できるように、串焼きを持って無い方の手で手刀を作った。
「あ! 変な意味じゃないぞ! そんな警戒すんなって。あれだ、明日の試合で斬り付けても本当に大丈夫なのか気になったんだ」
少女が構えた事でザンも警戒に気づいたのだろう。慌てて弁明する。少女は少し警戒を緩めたが、どうしても許せないことがあった。
「……」
「……」
二人の間に僅かな気まずさが訪れる。その静寂を破ったのは一人の悲鳴だった。
「ひったくりよ! 誰か捕まえて!」
少女はザンの向こうに、荷物を抱えて走る犯人を目視した。
「これ持ってて」
「あ、え?」
串焼きを渡されたザンがとっさに受け取る。少女は次の瞬間凄まじい脚力で地面を蹴り、ザンの横を通り過ぎてひったくりの犯人に手刀を叩き込んだ。置いて行かれたザンが慌てて駆け寄る。
「そう言えばまだ名乗ってなかったわね」
斬撃ではなく打撃だったのだろう、犯人は血は流さず気絶した。その犯人を片足で踏みつけた少女がザンに向き直る。
「私はマイン。れっきとした剣士よ。勝負で手心を加えられるのは侮辱だから、明日は本気でかかってきなさい」
「そうか、よろしくなマイン。あ、肉返すわ」
マインとしては真面目に宣戦布告だったのだがザンには伝わらなかったらしい。さらっと流されたマインは力が抜け、差し出された串焼きを受け取った。
「……ありがと」
次回、第15話:二回戦(仮):剣士ルドルフ




