第11話 迷走
大会二日目の朝、剣士連盟の医務室に泊まっていたザンは目を覚ますと体の具合を確認した。治療を受け栄養を取り一晩寝たとはいえ、傷はまだ塞がりきっておらずジンジンとした痛みをザンに感じさせた。その後医師により包帯を取り換えられたザンは連盟のロビーでテルスに出くわした。
「おお、ザン。ちょうど様子を見に行こうと思ってたところだ。調子はどうだ?」
「昨日の試合前と比べたらかなりマシになったな。これなら今日の試合も出られそうだ」
ザンは肩を回して見せた。医師により強く巻かれた包帯が動きに合わせて肉を締め付ける。これなら傷も簡単には開かないだろう。
「それじゃ行くか。闘技場に!」
二人は連盟を出て闘技場に向かった。試合は選手一人につき一日一戦。つまり二日目が二回戦、三日目が三回戦と続き決勝の五回戦は五日目となる。ザンはこの日二回戦に挑む、はずだった。
「予定が一日ずつズレた? なんでだ?」
ザンが大会の職員にそう尋ねる。テルスも理由が分からず困惑顔だった。
「昨日お二人が設備を破壊したために出来なかった分の試合が今日行われるのです」
職員の答えに二人はあっと口を開けた。崩落したグラウンドをそのまま使用するのはいろいろと問題があるだろう。他ならぬ自分たちが原因だったことに気まずさを感じる。
「幸い昨日中に観客席には被害が無いのが確認された他、グラウンドも瓦礫を撤去して問題なく使える様になったので、昨日の残り試合を本日に移しその後の予定を一日ずつずらして行うこととなりました。ですのでザン様の二回戦は明日となります」
元々経年劣化が進んでおりいつ崩落してもおかしくなかったのと、その状態を運営側が放置していたためだろう。どうやら設備を破壊したことについて二人に罰則はないようだった。二人は肩透かしを食らい闘技場を後にする。
「せっかく一日時間が出来たんだし、金でも稼いでくるわ」
ザンがそう言って日雇い労働へ向かおうとすると、テルスが肩を掴んで止めた。
「待てザン。ここは休養に努めるべきじゃないのか? まだ傷が塞がったわけじゃないだろう」
「そうは言っても、昨日奢ってもらった分も返さないといけないし」
「……ちなみに何の仕事をするつもりなんだ?」
「どぶ攫い」
ザンの返答にテルスが一瞬停止した。そしてザンの傷を再度確認してザンに詰め寄る。
「馬鹿なのかお前は!? そんな傷で汚水に浸かってみろ! 傷口が膿んで腐り落ちるわ! 馬鹿なのか!?」
「ちょ、二回も馬鹿っていうなよ。じゃあ何の仕事なら良いって言うんだよ」
「働くな! 金を返すのはもっと後でいい! 休んでろ!」
「でも今日の生活費もないし」
「貸すから! 金を貸すから働くんじゃない! どぶ攫いなんて以ての外だ!」
ザンが口を開くたびにテルスが詰め寄り続ける。昨日の試合以上の気迫で迫るテルスにザンは思わず仰け反った。
「じゃあ、働くのがだめなら、試合見に行って良いか? 今後当たりそうなやつも調べたいし」
「……」
「……」
「……」
テルスの圧力が消えない。目が笑っていなかった。ザンに許された返事は一つしか用意されていないのであった。
「今日は……休みます……」
「よろしい」
テルスが満足顔でそう言った。ザンもテルスの言い分が正しいと思い始めた。確かに傷口はまだまだ痛む。今後勝ち進むためには少しでも万全の体制を整える必要がある。
「試合は俺が代わりに見ておくよ。後で有力選手を教える。だから今日は帰るんだ」
テルスがザンにそう言った。ザンはテルスの気遣いに感謝しながら帰路についたのだった。
夜になった。言いつけ通り安静にして回復に努めていたザンは夕食を取るために連盟の休憩スペースに来ていた。テルスもシラフも見当たらない。一人で食べるかと思いザンが注文しようとすると声をかけてくる人物がいた。ザンより何歳か年上に見える青年だった。
「シラフが呼んでる?」
「ああ。話があるから連れて来る様に頼まれた。付いて来い」
そう言えばここ数日姿を見てないなとザンは思った。そして疑問に思いながらも青年についていく。青年は連盟を出て大通りから小道に、そして閑静な路地裏へと進んでいく。こんな所にシラフが居るのかとザンが思っていると、数人の男たちが現れザンを囲んだ。
「なんだ? あんたら」
「……まさかここまで簡単に連れ出せるとは思わなかったよ。のこのこついて来るとは間抜けな奴だな」
ザンを連れて来た青年が男たちの側に立ちそう言った。男たちが木剣を取り出す。
「状況が見えねーんだけど、なにこれ?」
「……シラフの指示だ。お前を試合に出れない体にしてやれとな」
青年は少しの思考の後嘘を吐いた。ザンの台詞を聞いてこいつ馬鹿だと感じたためである。どうせならデマを吹き込んでやろうと青年は思った。
「シラフが!? なんで?」
「お前が思ったより強いから目障りなんだってさ!」
青年が木剣を構えた。それを見たザンも剣に手をかける。直後ザンの背後から強い踏み込みの音がした。ザンがとっさに振り返る。しかし背後の男たちは離れた所に立ったままだった。
ザンの肩に木剣がくいこんだ。正面の青年が袈裟斬りに木剣を振り下ろしたのである。
「この!?」
ザンが青年に反撃する。青年は大きく後ろに飛び退きそれを躱した。その隙に今度は左から突きが来る。木剣がザンの脇腹を強く突いた。そしてザンの意識が脇腹に移った瞬間今度は背後から後頭部に木剣を受けた。
ザンが一方に対処すれば別方向から、それに対処しようとすればさらに別方向から攻撃が来る。さらにフェイントや無意味な音により余計に注意が逸らされる。何とか攻撃を防いでも、同時に来ていた別の攻撃をもろに受けた。ザンは完全に翻弄されていた。
「くっ、やべえ!」
一対多の戦いをザンは既に経験し勝利している。さらにその時よりも今回の敵一人一人は弱かった。にもかかわらずザンは対処が出来ず一方的に攻撃を受けるのは、今回の敵の連携技術がそれだけ群を抜いていたからだった。敵が真剣を使っていればザンは既に死んでいただろう。
剣技、深パシー。それが青年たちの連携の秘訣だった。相手に深く共感することで考えや行動を読むことが出来る精神系剣技である。青年たち一人一人がそれを仲間に発動し呼吸を合わせる事でこれだけの連携を実現していた。彼らの師匠が伝授した究極の集団戦法である。
だが、彼らは剣士未満の弟子集団だった。それだけの連携を駆使しても、彼らは力不足であった。
「うっらぁ!」
ザンが力任せに剣を振り独楽のように一回転した。ザンを囲んでいた青年たちがその風圧と気迫により吹き飛ばされる。連携を崩された彼らは次の瞬間、ザンに一人一人剣の腹で殴られ無力化された。連携を崩された直後の事だった。
殴られた青年が地面を転がった。他の男たちもまた倒れており気絶している。まだ意識があるのは、ザンを除いて青年だけだった。
一体どうしようかとザンが考えていると、先ほどの気迫を感知して来たのだろうか、一人の剣士が現れ声をあげた。
「おい、そこでなにをやっている! ってノーム!?」
「し、師匠……どうしてここに……」
青年が剣士を見て驚いた。剣士は気絶した他の男たちの方を見る。
「シル、ディーン、サラム、他の奴らも!」
どうやら剣士は他の男たちとも知り合いらしく名前を呼ぶ。そして一人立っているザンに目を向けた。
「おいお前、俺の弟子達に何をしている! 説明はあるんだろうな!」
ザンもよく状況を分かっておらず返事に詰まった。なぜシラフは俺を襲わせたのだろうかと、吹き込まれたデマをいまだに信じ思考を迷走させていたのだった。
次回、第12話:師弟