第10話 テルスと覚悟
チャージした攻撃を環境破壊に使用するのはテルスにとって想定外だった。本来は一撃目で対戦相手を倒すか、瀕死にした後止めを刺して勝つつもりだったのだ。
とはいえ問題は無い。元々瀕死だったザンに今から止めを刺せばいいのである。チャージがリセットされた今、テルスはザンを死なない程度に攻撃する事が出来るようになったからだ。
瓦礫の山により上下の動きが生まれたフィールドは、負傷しているザンにとっては動きにくいだろう。テルスは瓦礫を足場にして立体的に跳びザンを撹乱した。怪我を無視して戦うザンにこれ以上無茶をさせないために、隙を突いて一撃で戦闘不能にするためだ。抵抗されザンの傷が広がってしまうのをテルスは危惧したのである。
実を言うとテルスも結構辛い。試合直前の一万回の素振りにより腕が悲鳴を上げている。あまり戦いを長引かせたくは無かった。
テルスがザンを背後から狙う。死角からの攻撃にザンは反応し振り向きざまに剣を振った。テルスはとっさに進路を変えやり過ごすと再び死角に回り込んで剣を振るった。
しかしその攻撃にもザンは反応し剣を打ち合わせた。予想外の剣圧に体勢が崩れたテルスへとザンの連撃が襲う。テルスはその攻撃を何とか防御した。そして連撃の隙を突き反撃。しかしテルスの剣は弾かれカウンターがとんできた。テルスは大きく体勢をのけぞらせながら避け距離を取ろうとする。しかしザンが追って詰めて来たため再度斬り結んだ。
ザンの剣がテルスの肩をかすめた。次いで腿、手と刃が届き始める。斬り合いにおけるザンの腕前にテルスは驚いた。テルスも剣技なしでの戦いには自信がある。剣技と剣術どちらの鍛錬も欠かさず行ってきたからだ。しかし剣技を使わない条件において、ザンはソルドンでトップレベルなのではないかとさえ思えた。
そしてそれはほぼ正しい。ザンが今まで剣士と渡り合ってこれたのは、剣を扱う基礎能力が誰よりも備わっていたからである。剣技の発達した現代において剣士の実力は剣技の威力で図られることが多い。しかしザンは誰よりも巨大な基礎を足場に剣技に対抗してきた。それこそがザンの強さの一端なのである。
ザンの気配が先ほどまでと変わっていることにテルスは気づいた。ザンを覆うオーラをテルスは幻視する。そしてそれは間違いではなかった。剣士の直感が、ザンから漏れ出る不可視のエネルギーを感知していた。
ザンの剣の威力が大幅に増した。テルスが吹っ飛ばされる。テルスは空中で態勢を整え瓦礫の壁面に着地した。
「今のは……剣技か? この極限状態で開花したというのか……!」
ザンは満身創痍のはずである。もう立つことはおろか意識を保つのさえ難しいはずだ。にもかかわらずテルスを圧倒する、異常というべき気迫、気力、精神力。もう一つのザンの強さの源であった。
「ザン! どうしてお前はそこまでする! その若さにもかかわらず! それだけの苦痛に耐えて! いったい何がお前を突き動かしているんだ!」
テルスはたまらずそう問いかけた。
「なぜ、お前は剣神を目指している!?」
「……アルトにも、俺の親友にも同じことを聞かれたよ。夢の中でだけどな。普通に考えりゃまともじゃないのは分かってる。叶わずに死んじまうんだろうとも思ってる。でも、でもな。大事なものを守れなかったって後悔が俺を突き動かすんだ。歩みを止める事も、折れる事も許さねえで、俺に強くなれって言ってくるんだよ」
「……」
「おれは強くならなきゃいけねえ。強くなって、弱い自分を否定しなきゃなんねーんだ。そこから初めて、俺は前に進めるんだ!」
テルスはザンの過去を知らない。知らないが、ザンの覚悟だけは伝わった。テルスもまた更なる高みを目指して必死で鍛錬してきたからこそ、ザンの覚悟を否定しなかった。
「悪かったなザン。俺は今までお前を剣士と認めていなかった。謝ろう。君は剣士だ。俺は君の覚悟を踏みにじっていた」
テルスは剣を構え直した。そして奥の手の剣技を発動する。
「今出せる俺の全力で相手をしよう。剣技、剣が重く感じる」
上位の剣士には複数の剣技を習得している者もいる。剣聖に匹敵する実力を持つテルスもまたその一人だった。後の試合のために出来る限り隠しておくべき奥の手の剣技を、テルスは躊躇なく発動した。
「この剣技は疲れれば疲れるほど剣を重くする。今の俺の疲労なら、10トンは下らないだろう。剣神を目指すというのなら、俺を越えてみろ!」
「上等だ! 行くぜ! テルス!」
「来い! ザン!」
二人が同時に踏み込んだ。どちらも一発勝負を挑む気である。二人は剣を打ち合わせた。片や10トンを超える刃が、片や不可視のエネルギーを纏った刃がぶつかり合う。二人を中心に大気がゆれ、地面の表面が蒸発し、周囲の瓦礫は塵と化した。
騒然とする観客。余波を受けパニックになる者、頭を抱え伏せる者、勝負の行方を見届けんとする者。衝撃で飛んできた瓦礫から観客を守る剣士たち。闘技場の修理予算を考え気が遠くなる職員。
衝撃が止んだ時、その場にいた全員が闘技場の中央に注目した。
一人は、倒れている。もう一人は、少し遅れて倒れ伏した。審判が確認のために駆け寄る。二人とも意識を失っていた。
審判団は協議の結果、大会規定に基づき、遅れて倒れた選手を勝者とした。
勝ったのは、ザンだった。
その日の夜、剣士連盟の建物内で行き倒れている人物がいた。ザンである。試合終了後医務室に連れ込まれたザンは全身を包帯でぐるぐる巻きにされた。その後一旦意識が戻るが疲労と激痛から気絶。夜になって再び目が覚め、空腹に耐えかねて医務室から抜け出して来たのである。そして大会に出ていたせいで日雇い労働が出来ず金が無い事に気づき今に至る。
「うぅ……腹減った……」
テーブルに突っ伏したザンがそう呻く。いつもは絡んでくるシラフは今日は連盟に来ていなかった。
「おおザン。目が覚めたのか。……なにをしてるんだ?」
聞き覚えのある声にザンが突っ伏したまま目を向ける。そこには偶然通りかかったテルスがいた。
「悪いなテルス。奢ってもらって。金が手に入ったらすぐに返すから!」
ザンが肉料理を頬張りながらそう言った。先ほどまでの弱った姿はどこへやら、ザンは本能の叫ぶままに暴食していた。怪我の回復のために体が栄養を欲しているのである。
「おお。出世払いでいいぞ。今は食え! 試合は後四回もあるんだからな!」
テルスは面白がってザンの暴食を助長していた。そしてつられるように自分の食事をかき込む。既に二人のテーブルには4人前の料理の空き皿が重なっていた。
「なるほどな……。その旅人に教えてもらった訓練方法をひたすら続けてたのか」
「まあな。後はアルトに毎日勝負を挑んで返り討ちにされてた」
「それで剣技の使えない剣士が出来上がったってわけか」
「まあな。そういやテルスはなんで剣士になったんだ? 今度はテルスの話を聞かせろよ」
「俺か? ザンみたいな強烈な理由じゃないぞ?」
「良いから良いから」
「そうだな、あれは俺が十二の頃――」
この夜、ザンに年上の友人が出来た。
剣が重く感じる:加重が適応されるのは使用者以外に対して
ザンの剣技については後々明らかになっていきます。
次回、第11話:迷走