出落ちキャラの兄達ごと異世界召喚された
「異世界キタ━( ゜∀゜ )っ ━( ゜∀゜ )っ━( ゜∀゜ )っ ━!!!」
「やったぜ!!!」
「フッ、ついに僕の時代が来たか!!!」
ハイテンションな兄達の声があたり一帯にこだまする。
「「「勇者様!世界をお救い下さい!!!」」」
ついで私たち4人を囲む人々が口々に救いを口にする。
なんでこんなことになったんだろう。私は頭を抱えつつも冷静になるために状況を整理することにした。
私は黒須睦穂。ごく普通の高校2年生、だった。………つい今しがたまでは。
話は数分前に遡る。
学校からの帰り(といっても夏休みなので部活に出ただけだけど)電車を降りた私はいつも通り家までの残りの道を自転車で帰る。なかなか再開発の進まない田舎よりの片田舎の駅、唯一のメリットは駐輪場が無料なことくらい。
そんないつもの帰り道、見覚えのある後姿を見つけた。私の頭痛の種の一つである兄、黒須大地だ。
私の兄で近く(といっても電車で1時間かかるが)の町の大学に通う大学生だ。身内のひいき目を差し引いてもルックスは悪くない。それなりに長身で、よく体も動かしているのでスタイルもいい。
小学校の途中までは女子はもちろん、理想の息子と近所のおばちゃんたちにも人気だった。ちなみに今は違う意味で老若男女を問わず町の人気者の一人だ。ちなみに違う意味というのは、きっとすぐに分かると思う。
・キャラものプリントTシャツ
・マント
・背中に剣×2本(文字通り×の字に背負っている)
だってこれだし………。これだけでもないけど。
不審者どころか犯罪者そのものの恰好をしている身内の恥をこれ以上世間の目にさらしてはおけない。
「兄さん、何やってんの!!」
「おお、睦穂。もちろんパトロール中だ!」
どう考えてもあなたはパトロールしている人にお世話になるほうです。
頭が痛いが、そうも言ってはいられない、この危険人物を止めなければ。
「通報ならこの前されたばっかりでしょ、せめて黒忍剣は家に置いてきてよ」
「3丁目に引っ越してきた山田さんのことなら、きちんと話して理解してもらえたじゃないか。それにおまわりさんもよくあることだからって気にしてなかったし」
確かに昔から住んでいる住人には、20歳を過ぎた今でさえ兄の奇行は日常茶飯事で慣れっこになっている。
まあ、パトロールしているのも善意からだし、一部を除いて人様に迷惑をかけていないことが唯一の救いだ。こんなほぼ田舎で近所の方も見知った人がほとんどという環境だから問題なんてほとんど起こりようがないのだが。
あ、でも、以前に猪が山から下りてきたとき、猟犬の代わりに囮になって山のほうに誘導して感謝されてたっけ。って、そうじゃない。
「通報がよくあることという事実そのものが異常だということに気づいてよ、もう20歳なんだから」
「うーん」
あ、考え出した。よし、もうひと押しだ。
「人のためにっていうのはいいことだけど、怖がられたら意味ないよ?剣まで持って」
「黒忍剣はせっかく手に入ったんだし、いざという時に丸腰だと危ないじゃないか。兄ちゃん、スポーツチャンバラと剣道は段持ってるけど、素手はあんまり自信ないしな」
やはりだめか、と思ったが少し真面目な顔になって兄さんは言葉を続ける。
「とはいえ、言われてみればその通りだな。いざという時に頼りになる人間だと分かってもらうためには普段の行動が大切だからな」
おお、説得が通じた!基本的に人の話を聞かず我が道を突き進む我が家の出落ち担当の兄が!
と思ったのもつかの間、ポケットからおもむろに何かを取り出す兄さん。
あれは、タスキ!?
「念のため用意しておいてよかった、教えてくれてありがとうな睦穂」
おそらく100均で買ったのであろう、<パトロール中>と書かれたタスキをおもむろに身につける。
「これで、パトロール中だってことが、知らない人にも伝わるな。では睦穂、兄はもうしばらくパトロールを続けるから先に帰っててくれ」
「あ、うん、通報されないように気を付けて。じゃなくて、やめてよその恰好!私が恥ずかしいんだから!」
不本意ながらギャーギャーと騒いでいると、
「相変わらず仲がいいな睦穂ちゃん」
と後ろから声をかけられる。この声は間違いない。兄と同じく私の頭痛の種の一つである兄の親友(私の幼馴染でもある)の拳さんだった。
拳さん、本名鈴木拳。兄と同じく、かつては町の人気者、現在違う意味の人気者だ。短く刈り込んだ髪と鍛えられて整ったスタイルは泥臭さを感じさせず、これまたルックスも悪くない。
幼いころから空手を続けており、格闘ゲームも好きという根っからの格闘技好きで兄と同じ大学に通っている。
これだけならスポーツマンで終わるのだけど……。
「ハッ!」
と無意味に掛け声とともに回し蹴りにしながら登場する。いや、無意味ではない。決して当たらないように細心の注意を払っているが、その狙いはほかならぬ私なのだから。
「………拳さん、まだやってるのそれ?」
「何のことだい?俺は回し蹴りの練習をしているだけだぜ!」
いま私は汚物を見るような眼をしているに違いないが、そんな程度でひるむような存在ではない。
でも、サムズアップしながら美形フラッシュ(歯が光るアレね)はどうなんだろう?
「拳!いいかげん竜巻旋風脚をマスターして合法的にスカート捲りできるようになる、というのはやめろよ!犯罪だぞ!」
「誤解を招くようなことを言ってもらっては困る!俺が竜巻旋風脚をマスターして披露したら、結果として周囲の子のスカートが捲れてしまうことがあるかもしれないというだけだろう。しかたのないことだ!」
そう、今兄が発したとおり、拳さんはスカート捲りのために己の青春をささげた真正の変態だ。最もより近い存在である兄もそれに勝るとも劣らぬ変態のため、私の中にはすでに変態への耐性ができあがっているので今更キモいという感覚もマヒしてしまっている。
「睦穂!さっき人のことを犯罪者かのように言っていたが、こいつの方がよっぽど犯罪者だぞ!」
「何を言う!俺は真人間だ!」
またいつものように言い争いをしているが、拳さんに負けず劣らず自分も犯罪者であるということを兄は頭の中の戸棚にしまいこんでいる。その都合のいい思考は時にうらやましいとも感じる。
しかし、2人そろってしまった。こうなってしまうともう手遅れだ。きっと第三の頭痛の種も。。。
「フッ、また低レベルな争いをしているな。やめたまえ!睦穂君が困っているではないか!」
やっぱり来ちゃった………。(前半はともかく)後半はまともな口上を発しながら横の路地から颯爽と現れたのは、約2名と同じく私の頭痛の種の一つでありクラスメート(彼も幼馴染だ)の和歌目亀之助。
彼の特徴は何と言ってもワカメのようなヘアースタイル、ではなくその下のマスクだ。テレビで見た芸能人も含めて、間違いなく私が知っている中では最も美形だと言っていいだろう。
もちろん彼も元々は地元の人気者だった。兄と拳さんと亀之助君と私、この4人で幼いころはよく遊んでいたが、当時は人気者3人を独り占めするなといじめを受けたこともある。
なお、今は元いじめっ子たちとも既に和解して友人となっている。あの3人相手によく………、という不本意な尊敬とともに。
「下賤な2人よ、落ち着きたまえ睦穂君が困っているではないか!?さあ、睦穂君、僕が来たからにはもう安心だ。君の瞳のシリウスは僕が取り戻す!」
2人をたしなめようとするその態度は買ってあげたいところだけど、どう見ても君も同じレベルだからね?その全身ラメの入ったスーツどこで買ったの?
彼は周囲を失笑で笑い死にさせかねないレベルのナルシストで、高2になった現在も重度の厨二病罹患者である。
ちなみにシリウス()は<一番明るい星=光>という意味らしい。
「カメ!いま大事な話をしているんだ!」
「そうだ!お前の相手をしている暇はない!」
「ごまかそうとてそうはいかん!睦穂君をバミューダトライアングルにとらえることは僕が赦さん!」
トライアングル、確かに3人に振り回されている私の立場を意外とうまくとらえているな彼。本人もその一角である自覚はなさそうだけど。
なお、(発言内容はともかく)亀之助君が私に肩入れするのは私に気があるから、などということはもちろんない。ハーレムを築くことが夢の彼は、世界一不純な動機に反比例して女性にはとても親切なのだ。
不毛な争いを続ける3人を呆れて眺めていたその時、私たちから少し離れた場所が突然光りだした。
「え?何?」
何が起こったか分からない。でもただ事じゃない。まぶしさを感じながらも警戒しつつ目を凝らし、光を見る。
そこにあったのは<空間の裂け目>としか言いようのないものだった。空間が裂けている。光はそこからあふれているらしい。
「何これ?」
私が戸惑っていると、3人もさすがに異変に気付いたようでこちらにやってきた。
「なあ」
「ああ」
「ふっこれは!」
なんか3人は分かりあってるみたいだけど、意味が分からないよ。
「睦穂」
呆然としていると兄さんが声をかけてくる。これまで見たこともないような真面目な表情だ。その落ち着いた雰囲気は、頼りになっていた昔を思い出させ私を落ちつけけてくれた。
「俺を殴ってくれ!」
一瞬だけね………。おまえは何を言ってるんだ?
「睦穂ちゃん、確認のために俺も頼む!」
「君たちに負けるわけにはいかん!睦穂君、僕にも頼むよ!」
一瞬とはいえ、見直した私が馬鹿だった。やっぱりこの人たちはいろいろおかしい。
「「「早くしろ、間に合わなくなっても知らんぞ!」」」
どこかで聞いたことのあるセリフだけど、どうやらぼけているわけではないらしい。
とはいえ、普段悩まされている分、せっかくなので全力でいっとこう!
「ゲボォッ!」
「グボォッ!」
「ホゲエッ!」
兄さんには右ストレート、拳さんにはフック、亀之助君にはアッパーをそれぞれ全力でっ叩き込んでみた。もちろん、こぶしを痛めないようにタオルを拳に巻くくらいの手加減はしたよ?
でも結構いいところに入ったみたい。
「く、この痛み、まさしく現実!ということは、異世界が俺を待っている!」
「待ちに待ったこの日が来たか!」
「異世界の美女が僕を呼んでいる!」
い、異世界? 何を言ってるんだろう、この人達は。でも確かにこれはおかしい、常識ではありえない。
「兄さん、とりあえず警察を呼ぼ………」
って、いない? まさかと思って裂け目(?)を見ると中に人影が。まさか。
「待ってろ~!俺のシスt………」
「待て!負けんぞ大t………」
「ハーレムが僕を待っている、抜け駆けは許さんぞ2人とも!ゼェゼェ………」
全力で走っているようで、声が遠ざかっていく(体力のない亀之助君は早くも力尽きかけているようだが)。
確認するまでもない、あれは兄さん達だ。どう考えてもおかしい状況だけど、相変わらずの適応力の高さだ。しかし、感心してばかりもいられない。
「3人とも!何やってんの!待ちなさい!」
先がどうなっているか分からない、危険と恐怖が頭をよぎる。そして、そのあとにあの兄立を野放しにすることがどういうことか思い浮かぶ。
それだけはしてはいけない。あの3人を野放しにするなど!郷里の恥だ!
「待ちなさーい!」
先行する兄に追いつくため自転車で、と思ったが、裂け目の下のほうの引っかかったらパンクしそう。とりあえず兄さんに追いつくため、私も走り出した。
そうして、裂け目を駆け抜けたその先には、魔法陣とそれを取り囲むたくさんの人がいたのだった。
「勇者様!民をお救い下さい!」
「伝説は本当だった。救世の勇者の伝説は本当だったんだ!」
「しかも4人もお越しいただけるとは(泣」
多分、あらわれた私たちを見て発されているであろう言葉の数々。いや、世界を救ってって一介の学生には重すぎるんですけど。どうしろというのか。
重すぎる言葉はひとまず現実逃避して置いておこう。
というか、日本じゃないのは間違いない。そもそも空間の裂け目なんて説明つかないし。それよりもひとまず兄さん達だ、あと状況の確認だ。
まず、兄さん。なんかガッツポーズしてるし。よっぽどうれしかったのだろうが、間違いなくそれどころではない。だって異世界だよ?
「兄さん、兄さん。」
「どうした、睦穂。兄は忙しい」
「いや、どう考えてもおかしいでしょ。なんか勇者とか言われてるよ?変な誤解されてるみたいだよ。大ごとになる前に誤解といて帰してもらわないと」
「何言ってるんだ!これは千載一遇のチャンスなんだぞ!」
「チャンスって、、、」
「睦穂ちゃん。帰るなんて何言ってるんだ、ついに異世界に呼ばれたんだ、帰ってどうする!?」
「ゼェゼェ、睦穂………君………、ハアハア………、今回ばかりは………2人………が正論だ………ゼェゼェ………」
正論ってそんな意味だったっけ?明らかにまずいことに巻き込まれてるんですけど。あと、亀之助君は先に呼吸を整えて。聞き取りづらいよ。
「いやあ、こんなこともあろうかと体を鍛えておいてよかったよ」
「まったくだ、いつファンタジーな世界に呼ばれてもいいように準備しておいたかいもあったというものだ」
「まったくだ」
え?いまでも道場通ったり、スポーツチャンバラやってたのそういう理由だったの?ていうか拳さん、スカート捲りのためだけじゃなかったんだね鍛えてたの。先にひとこと言っていてくれればもう少し白眼視せずに済んだのに。ってそうでもないか。
でも、明らかに無理だよ。特に亀之助君。あなたが鍛えてたなんて聞いたことなんだけど。ということで説得を試みるが、
「足りない分は気合でカバーだ!」
「いや、勇気だ」
「顔に決まっている!」
やっぱり駄目だった。
「もうやだ、何で兄さんは兄さんなのぉっ!」
「あのぉ、、、」
私に泣きが入ったところで、遠慮がちな声が声がかかる。先ほどまでの喝采とは違う、明らかに私たちに向けられた言葉だ。
そういえば兄さんの説得をしてから状況確認しようとしていたのに、ペースに巻き込まれてすっかり忘れていた。
声をかけてきた人を見てみる。多分40代であろうおじさんだった。ホリの深い威厳のある顔だ。髭も立派だけど、表情だけ見るとちょっと頼りなさそうな印象を受ける。
でも、頭には王冠かぶってるし、身につけている服もいかにも高級そうだ。ちなみにマントもしているが兄さんの頭の痛いマントとは雲泥の差だ。
このパターンだときっと王様だよね。なんか頼りなさそうというか、腰が低そうだけど。
「あ、すみません」
言い争っていたせいで思いっきり周りを無視した状態だったので、とりあえず謝っておく。今の状況について言いたいことがないではないけど、今は話を聞いたほうがよさそうだ。
「よくぞお越しいただきました。古よりの伝承の勇者様」
あ、本当に腰が低い。これならいろいろ教えてもらえそうだ。そして、うまく話を持って行って早く帰してもらおう。
「あの、」
「お任せください。私は黒須大地です!」
「鈴木拳です!」
「和歌目亀之助と申します!」
また、邪魔された。こんな時だけ礼儀正しくして。
「兄さん達はちょっと黙ってて。あの、ここはどこで、何が起こったんでしょうか?それに勇者というのは?私たちは特別な人間ではありませんし、兄も私もまだ学生です。とても一人前とは言えませんし、あまり皆様のお役には立てないと思うのですが。あと、いきなりなことなので、両親もきっと心配しています。多分何かの間違いだと思うのですが」
とりあえず聞けることは聞いてという態度を取りつつ、勢いつけてこちらの事情もアピールしておこう。これも帰るためだし。
「まあ待て睦穂。そんないきなりいろいろ聞かれて、王様も困ってるじゃないか。まずは話を聞きたいんだな。事情は説明してくれそうだから、まずは聞いてみよう」
うん、事情を聞きたくないわけじゃないんだけど、目的はそっちじゃないんだ。珍しく気遣ってくれたてうれしいんだけど、その好意があだになってるんだよ、兄さん。
「あの、よろしいでしょうか」
改めての王様(多分)の言葉に頷く。こうなったら事情くらいは聞かないとまずいよね。
「ありがとうございます。私はこの国を治めるサルディンと申します。勇者様、我が国を、いえ、この世界をお救い下さい」
そういって王様は私たちの前で跪く。後ろの人たちがざわざわしてるし、こんな年上の人に頭を下げられるのはすごく居心地が悪い。とりあえず立ってもらおう。
「王様、まずは顔をあげてください」
とりあえず、何とかそれだけ口に出す。こんな時こそ物怖じしない兄さんが主導で動いてほしいんだけど。まあ、動いたら動いたで厄介なことになるからいいか。
周りを見るが、いかにもなファンタジーな格好の人たち数十人。
「いま世界は邪悪なる魔王大汚鬼神の手により危機を迎えております。何卒、この世界をお救い下さい!」
ダ、ダイオキシン………。とっても健康に悪そうな魔王だ。
「すいません、私たちただの学生なので魔王はちょっと………」
「魔王だと!聞いたか二人とも!?」
「ああ、このテンプレ通りの展開、これだよこれ!」
「魔王を倒せばハーレムも思いのままだ、やる以外の選択肢は無いな!」
え?何で3人とも乗り気なの?どうしてそんな自信満々なの?
「ちょっと待って魔王なんて無理だって!」
「始める前から諦めてどうする!」
何でこんな時だけ根性論なの?
「いいか睦穂。これはな」
「シスターたち」「スカートもとい世界」「ハーレム」
「「「のためなんだ!!!」」」
………この人たちがどうしようもないのは分かっていたけど、ここまでだなんて。
こうして私は世界征服をたくらむ魔王を倒すたびに出る自称勇者軍団のお守りをすることになった………
誰か助けて(;_;)
ところで兄さん、シスターって何?