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黒い鬼の詩  作者: ちゃぺ&しろ
9/10

第一章~希望の日~

 「……綺麗だ」


 黒の目の前には、白く咲き乱れた雪の花が、一面に広がっておりました。


 「……そうか、俺は死んだのか」


 どこまでも幻想的なその光景は、この世の物とは思えぬ程でした。


 「これで、ようやく楽になれる……」


 黒は歩み出そうと立ち上がったところで、何者かの気配を感じ、振り返りました。


 「誰だ」


 現れたのは、白い少女。その少女は、雪のように、淡く、儚げに微笑みました。


 「お前は……」


 黒は少女に見覚えがある、ような気がしました。


 「お前が楽園の案内人か」


 少女はきょとんとしました。そして、しばし見つめ合った後、少女が口を開きました。


 「楽園…?ここは、ただの宿屋ですけど……」


 「宿屋、だと……?」


 黒が見渡すと、そこは確かに宿屋の一室でした。 


 「……また、死に損ねたか」


 黒は自嘲しました。


 少女はそれを困ったような顔で見つめていました。


 「それで、お前は何者だ」


 「私は、真白(ましろ)といいます」


 真白という名の少女。おそらく十五、六歳くらいの外見。

 背中まで真っ直ぐ下ろした白い髪。瞳の色は、澄んだ水色。


 その姿は、雪と氷を思い起こすようでした。


 「……お前、雪女か」


 「そうです。この"雪風荘"という宿を経営しています。よろしくお願いいたします」


 真白は再び微笑みかけました。しかし黒は警戒していました。


 「お前も…俺を喰うつもりか」


 黒は、もけに喰われかけ羅刹化した際に、自我を失いましたが、記憶までは奪われませんでした。

 そして、もけや千鶴の事を思い出し、真白に対しても敵意を込めて睨みつけました。


 しかし真白はというと、


 「喰うつもり……じゃあその腕も、もしかして……?」


 怯えるどころか、黒の心配をしました。


 「いや……、この腕は斬られて………っ!!」


 右腕の斬り落とされた痕が、痛み出しました。


 「だ、大丈夫ですか!?」


 真白が黒に駆け寄り、痕に手を当てました。すると……


 「な…何をする……」


 淡い光が、真白の手からぽうっと溢れ、


 「痛みが…引いていく……?」


 その温かな光は、黒の痛みを癒していったのです。


 黒は自分の身体を見ると、千鶴の羽根で切り刻まれた傷や、もけに貫かれた腹の穴は、すでに消えていました。


 「治癒の力…だと」


 右腕があった痕も、傷口自体は消えておりました。


 「お前は一体……?」


 「……ごめんなさい。腕の再生までは出来なくて…。この力は、傷口を治したり、痛みを和らげたりするだけなんです……」


 真白は泣き出しそうになりながら、黒の治療を続けました。


 「……わかった、もういい。もう大丈夫だ」


 黒は戸惑いました。


 「…本当に、ごめんなさい。」


 真白は、真っ直ぐに黒を見つめて言いました。


 「何故謝るのだ……」


 黒は不思議と、目を合わせられませんでした。


 (こいつといると調子が狂う……早く出て行かなければ…)


 黒は急ぎ足で部屋を出ようとしました。


 「あっ……待ってください」


 「何だ。悪いが金は持ってない」


 「あの…お代は結構です。でも、せめて名前を教えてもらっても……」


 「……黒。黒い鬼の、黒だ」


 黒は振り向かずに答えました。


 「黒…さん。もう少し休んでいった方が……」


 「断る。どれくらい眠っていたか知らぬが、もう十分だ……。世話になった」


 しかし黒は、足元がふらつきました。そして……



 ばたり。


 「く…黒さん!?大丈夫ですか!?」


 「…………………腹が、減った」


 真白は急いで厨房へと向かいました。








 「食事をお持ちしました…食べられますか?」


 「余計な世話だ……だが頂く」


 黒は、真白の料理を手に取りました。


 「何だ…この物体は……」


 「それは"だまっこ"です。お米を丸く握っただけの物です……ごめんなさい、今はこれくらいしか無くて…」


 「構わぬ…、今は腹に入れば何でもいい……。肉を喰う気は当分起きないが」


 黒はだまっこを一口かじりました。


 「……美味い」


 特別な具など何も入っていない、ただご飯を丸めただけ。

 黒はそれが、たまらなく美味しいと感じました。


 「良かった…でも鬼は、肉を食べないと生きていけない、と聞いたことがあります……。肉を食べる気にならない、とは一体……?」


 黒はだまっこを次々たいらげていましたが、真白の疑問に食べる手を止めました。


 「あの……話したくなかったら、無理にとは言いませんが、出来れば聞かせてもらえませんか?何があったのか……」


 「…………………」


 しばらく沈黙が続いた後、黒は口を開きました。


 「………いいだろう、話そう」


 黒はこれまでのことを全て話しました。




 記憶のない状態で牢獄にいたこと……


 桃太郎に助けられ、裏切られ、殺されかけたこと……


 千鶴に鬼の肉を喰わせられ、腕を落とされたこと……


 子供(なかま)の肉を喰らう子供(もけ)を殺したこと……


 そして、そのまま羅刹と化したこと……





 「喋り過ぎたな……、つまらない話だっただろう」


 それを聞いていた真白はというと……、


 ぽろぽろと、涙をこぼしていました。


 「な……泣く奴があるか」


 「そんなの……………悲しすぎるよ」


 「……兎に角、これだけ絶望にまみれた俺には、これ以上関わらない方がいい」


 「でも、放っておけません……」


 「……お前も真実(ほんとう)の絶望を知ることになるぞ……。いや、この世界には、最初から絶望しかないのかもしれぬ」


 「そんなことない!!」


 真白が大きな声を上げました。


 「いえ……そんなことありません。確かに生きていれば、楽しいことより辛いことの方が、ずっと多いです」


 黒の瞳を真っ直ぐ見て、真白は続けます。


 「それでも、この世は決して絶望(くらやみ)なんかじゃありません。希望(ひかり)も必ずあるんです」


 「………下らんな、俺はもう行くぞ」


 「でも…行く宛てはあるのですか……?」


 「どうせ希望などありはしない、死に場所を探すだけだ……」


 黒は足早に宿の外へと歩き出しました。

 そして扉を開くと、そこには……





 「ここは……」


 少し肌寒い風に、眩しい陽射し。


 青く澄み渡った空と、地平の彼方まで続く、雪の花。


 「ま……待ってください……」


 真白がぱたぱたと走ってきました。


 「俺は、また幻影(まぼろし)を見ているのか……」


 「?この雪の花なら、ちゃんとそこに咲いていますよ?」


 「……そうか。こんな光景が、世の中にあったのだな……」


 黒は少し顔が綻びました。


 「……綺麗だな」


 「ふふっ、綺麗ですよね」


 真白も微笑みました。


 「可笑しいな……"希望"など何処にも無いはずなのに……」


 黒が誰にともなく言いました。


 「今、希望が見えた気がした」


 「それじゃあ……」


 「もっと生きてみよう、と思う」





 ___何も、見えなかった。


 暗い、暗い牢獄を抜け出してからも、ずっと闇に覆われたまま。


 闇は深くなるばかり。闇とは人間の黒い部分。

 いつしか人間が(ひし)めく、この世界そのものが闇であると考えるようになった。世界は闇だ。暗闇だ。


 たとえ妖怪でも、己と同じ鬼であろうとも。


 もう期待しない。光を与えてはくれない。


 だから羅刹と化したあの時、いっそ全て忘れられたならば……


 しかし不思議な事に、記憶は残ったまま。多少、混濁してはいるが。

 さらに、何故あんな言葉を口走ったのか。



 "俺はまだ生きている"



 と。


 死ぬべきだった。忘られぬなら、死ぬ他はなかった。


 なのに何故?




 (嗚呼、そうだ……)




 答えは単純、希望があると信じていたから。


 希望など捨てた、捨てたつもりでいた。

 だけど違った。


 扉を閉ざしていただけ、希望の扉を。


 

 果てしなく、雪色の花々が続く光景。


 それよりも白い、真白という少女。

 何よりも白い少女。


 その小さな笑顔を見た、それだけで……





 「いや、今のは間違いだ」


 「?」


 「生きたい……生きていたい!!」




 それだけで、扉は開かれました………!


 


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