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黒い鬼の詩  作者: ちゃぺ&しろ
8/10

第一章~めざめ~

 黒は、夢を見ていました。

 幼き日の頃の、夢を見ていました。


 幼い黒は、人間の子たちと仲良く戯れていました。


 (あぁ、そうだ…。僕は人間が好きだったんだ……。食べ物としてじゃなく、本当に、心から仲良くなりたかったんだ……)


 人間は醜い。そんなのは嘘だ。


 黒はそう思いました。そう思いたかったのです。


 「何をしている、黒」


 気がつくと、桃太郎が立っていました。


 「桃太郎っ!?」


 「何故人間と戯れている。こいつらは敵だ、殺せ」


 「黙れ桃太郎!僕を裏切っておいて何を言う!!」


 桃太郎は気にせず言葉を続けます。


 「いいか黒よ…。鬼と人間は、決して相容れぬ。例え子供であろうと、殺せ」


 「黙れ黙れ黙れ!!」


 黒は桃太郎に斬りかかりました。

 しかし黒の前に千鶴が現れ、立ち塞がりました。


 「残念、でした」


 千鶴がそう言うと、扇子を横に一振りしました。

 その一振りで、黒の腹は裂かれてしまいました。


 「が…はっ……」


 黒は血を吐き倒れこみます。


 そして桃太郎も千鶴も、子供たちも、視界から消えていきました。



 

 「……無様だな」


 そこに現れたのは、少年と青年の間の黒。今の黒でした。


 「お…前は……」


 「……そんな目にあっても、まだ思い出さぬか…」


 今の黒が、幼い黒を睨み付けます。


 「何度も騙され、奪われ、裏切られ、それでも人間を好きだと言えるのか……」


 「僕は…まだ……、人間を…諦めきれない…」


 幼い黒は、口から血を吹きながら答えました。


 「そうか…。まだ絶望が足りぬようだ……まぁいずれ思い知るだろう……」


 今の黒はそう言い残し、立ち去りました。


 「待…て、お前は……、何者……」


 最後に聞こえた声は、こう言いました。


 「羅刹…お前の中の羅刹だ……」






 「待てっ!!」


 そこで黒は目を覚ましました。


 右腕を失い、体中を切り刻まれ、崖から転落し、それでもまだ、黒は生きていました。


 「い…痛い……」


 黒はぼろぼろでした。心と体の、どちらも。


 (桃太郎……、どうして……)


 信頼していた桃太郎に殺されかけた。

 それが何より、黒は辛かったのです。


 (やはり人間とは、分かり合えないのか……?)


 黒は、雪の海に埋もれながら、暫く考えました。


 (まだ死ねない…。もう一度桃太郎に会って、真実を聞くまでは、死ねない……)


 黒は桃太郎が裏切った事を、まだ信じられずにいました。


 「ぐ…動け……。動けっ!!」


 今にも壊れそうな体を突き動かし、黒は立ち上がりました。

 そして、桃太郎を見つけ出すべく、歩き出しました。


 希望はある。そう信じて……



 信じて、いました。



 信じて、歩いて、ただ歩いて……



 そうして辿り着いたのは、小さな集落でした。

 どれくらい歩いてきたのか黒にはわかりませんでした。


 (目が…眩む……)


 黒が歩いた跡には、赤い血の道が出来ていました。


 (血を流し過ぎた……。肉が、欲しい……)


 黒は右腕があった場所を押さえながら、肉を求めて集落の中を探し回りました。


 しかし、建物には誰も住んでいる気配がなく、骨が散らばっているのみでした。


 (この骨は…人間のもの……?それも、かなり小さい……)


 集落の至るところに、人間の子供と思われるものの、骨が落ちていました。


 (肉…が……、全くない……。どうして骨ばかり……?)


 そこへ不意に、くちゃくちゃと肉を貪るような音が聞こえてきました。


 (近くに誰かいる…!?それも、何かを食べている……?)


 黒は音のする方へ向かいます。


 (人間…?動物……?何でもいい……、食べさせてくれ……)


 音の主は、人間でした。


 食べている方も、食べられている方も、人間の子供でした。


 「う…わああぁぁあっ!!」


 黒は絶叫しました。


 人間、それも小さな子供が、同じ子供に貪りつき、肉を引き千切り、喰らっている。

 黒はその姿を、何よりもおぞましく思いました。


 「何だ、うるさいな」


 子供が黒の叫び声に、食事の手を止めました。

 その子供は、髪も爪も伸びきっており、まるで獣のようでした。


 そして、獣のように素早い身のこなしで、黒の前に立ちました。


 「ようこそ児棄村(こすてむら)へ。きみも親に棄てられたの?」


 黒の瞳を覗きこみ、喋りかける子供。


 「なんて、冗談だよ。きみ子供じゃないし、鬼みたいだし」


 子供は無邪気に笑い、喋り続けます。


 「ここは棄てられた子たちが集まる場所だよ。今はぼくしか住んでないけど」


 すると今度は、邪気を纏った笑顔に変わりました。


 「だってみんな、ぼくが食べちゃったからね」


 子供はそう言って、けらけらと笑い出しました。


 「何だよ……」


 黒が震えながら、声を絞り出しました。


 「何なんだよ!!お前ら人間はっ!!!」


 子供が笑うのをぴたりと止め、真顔になります。


 「何って…。ぼくは、"もけ"だよ。」


 もけという名の子供は、再び喋り出しました。


 「ぼくの親は、ろくに食事も与えてくれなかった上に、挙げ句こんなとこに棄てたんだ。ひどいと思わない?」


 黒は最早何も聞いていませんでした。


 「でも、この寒零山は、児棄山とも呼ばれていて、もともと結構な数の子供が棄てられるんだ。だから自然と、子供たちが集まって村ができたという訳さ」


 黒の中で音がします。ぎしぎしと、歯車が軋む音が……。


 「でも所詮、子供は子供。食糧の調達すらままならず、飢えて死ぬ者も現れた。そこでこの村では、共喰いの風習が生まれたんだ。生き残るために、仕方なく、ね」


 黒の歯車は錆び付いており、それでも音を立て回り続けます。


 「そしたら、ぼくだけを残して、この村は誰もいなくなっちゃったんだ。だから、棄てられてた子供も、通りかかった旅人も、鬼も、全部食べることにしたんだ」


 くるくる……ぎしぎし……くるくる……


 このまま回り続けたなら、いずれ壊れてしまいます。


 「そんな訳で、きみも食べちゃうよ」


 ずしゃっ


 もけの爪が黒の腹に突き刺さり、肉を抉り出しました。


 黒の腹から、信じられない程の血が吹き零れました。


 そして黒の意識は、再び夢の中へ向かいました……。




 「これで判っただろう」


 羅刹の黒が言いました。


 「ああ……思い出した。人間とは、絶望そのもの。何故こんな大事なことを忘れていたんだ……」


 黒は人間を見限ることにしました。


 自分を裏切った桃太郎。


 鬼を料理して食べた千鶴。


 共喰いを正当化する子供たち。


 もう全部、黒は諦めました。


 「そうだ。それでいい。全ての希望を閉ざせ」


 羅刹の黒が、黒に近づいて言います。


 「俺はお前だ。本来のお前だ」


 「そう…僕は……いや、俺は鬼だ。羅刹だ。あとは唯、狂うのみだ」


 「そうか、ならば俺を受け入れよ」


 羅刹が、黒に手を伸ばし、黒の心臓へ手を入れ……



 「 目  醒  め  よ 」



 一握。








 「何だこいつ、まだ生きてる。気持ち悪いなぁ」


 もけが、立ち尽くしたままの黒を見て言いました。



 くるくる……ぐるぐる……



 ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる…………



 (くるう)



 黒の瞳が、もけに向きました。


 その瞳に映ったもけの姿は、ぐにゃぐにゃに歪んでいました。

 黒は最早、もけを人として認識していませんでした。


 「えっ」


 もけは恐怖しました。ほんの一瞬だけ。



 ずっ……


 

 気がつくと、もけは頭と身体が分かれていました。

 黒は薙ぎ払っただけでした。そこにあった、邪魔な何かを。

 それだけでもけは、自分に何が起きたかも解らずに絶命してしまいました。



 くる……くる……く……



 ばきぃっ




 錆び付いた歯車が今、壊れ出しました……。



 「あっはははははははははははは!!!!ははははははははははははははははぁ!!!!!!」


 黒は紅色(あかいろ)の涙を流し、笑っていました。


 もう、少年のような姿の黒は、何処にもありませんでした……。


 そこにあるのは、狂い果てた鬼。羅刹。


 絶望に取り込まれた鬼の行き着く先。


 黒はその後も笑い続け、そのまま何処かへ去ってゆきました………。





















 それからどれくらい経ったのでしょう……。


 寒零山のとある場所。


 砂漠のような雪の世界。


 そこに、白い少女が静かに佇んでいました。


 「ごめんなさい、助けてあげられなくて…」


 少女の手には、一輪の花。雪の花が、一輪。


 そして隣には、黒い鬼が眠っていました。


 そっと、雪の花を黒い鬼へ捧げ、手を合わせる少女。


 しかし黒い鬼が、微かに動きました。




 「俺…は……まだ……、生きて……いる…」







 雪原に咲いた、たった一輪の花。


 それがやがて希望になることを、黒はまだ知りませんでした……。

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