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黒い鬼の詩  作者: ちゃぺ&しろ
7/10

序~鬼の詩~

 黒が寒零山で修行をはじめて、一月が経ちました。

 いつの間にか、小妖怪では相手にならない程、黒は強くなっていました。


 「ぎょええええええ!!!」


 天邪鬼の断末魔が辺りに響きました。

 黒は天邪鬼に突き刺さった刀を抜き取り、桃太郎に尋ねました。


 「あの…桃太郎……。僕は、強くなったでしょうか…?」


 「まだまだ…、だな」


 側で見ていた桃太郎が、ばっさりと言いました。


 「そうですか…。それなら一度、手合わせを願いたいんですが。小妖怪ばかりで物足りないので……」


 「やめておけ…。中妖怪を倒せるようになったら、そのときは相手をしてやろう」


 またもやばっさりと切り捨てられました。


 「そんな事言われても、中妖怪なんて現れないじゃないですか……。鬼の隠れ里も、全然見つからないし…」


 寒零山は想像以上に広大で、一月程では目的の隠れ里どころか、小妖怪や、狸や狐などの小動物以外の生物も見つけられませんでした。


 「せめて、桃太郎が使っていた"神業"ってのを、教えてくれませんか?この刀があれば、使えるんですよね?」


 黒は、桃太郎が使っていた刀を借りて、修行をしていました。


 「そうだ…、そいつは"緋蒼剣(ひそうけん)刃刃片(はばひら)"という……。炎と水、相反する力を使える神器(じんき)だ」


 「神器……っていうのは?」


 「神の如き力…、すなわち神業を使う事が出来る道具のことだ」


 「神の如き…、でもどうやったら、炎や水が出るんですか?」


 「刀が使用者を持ち主と認めれば、使えるようになる」


 「それって、刀が生きているって事ですか?」


 「生きてはいない…が、意思を持っている…。また、神器を持たずとも神業を使える者も、稀にいる」


 黒は緋蒼剣と呼ばれた刀を、じっと見つめました。

 しかし黒には、どう見ても普通の刀にしか見えませんでした。


 「つまり僕にはまだ、神業は使えないという事ですね?」


 「そういう事だ」


 黒はがっくりと肩を落としました。




 そして、数日後の事。


 その日は、ひどい吹雪でした。


 黒と桃太郎は、岩と岩の間に身を潜めていました。


 「桃太郎…」


 「何だ黒よ」


 「何も…見えません……」


 何処までも、真っ白な視界。

 少しでも移動しようものなら、迷ってしまうのは明白でした。


 「山の気候は変わりやすい…。こういう日もある」


 「それにしたって、これは異常です…」


 「そうだな…直ぐに止むといいが」



 しかし、何日経とうと、吹雪が止むことはありませんでした…。



 それからさらに数日後。


 「桃太郎…」


 「何だ黒よ」


 「腹が…減りました……」


 動物を狩り、肉を食べる事で腹を満たしていた二人ですが、十日以上一歩も動けずにいた為、飢えはもう限界でした。


 「そうだな…」


 桃太郎は顔色こそ変えずにいましたが、ずっと座りこんだままでした。

 黒に至っては、倒れたまま起き上がることが出来ない程でした。


 そんな状態の黒を見て桃太郎は、


 「まずいな…このままでは、……取り込まれる」


 「桃太郎…?」


 「…行ってくる」


 立ち上がった桃太郎は、歩き出し、そのまま白い闇へと消えていきました……。




 さらに三日が過ぎましたが、桃太郎は帰って来ませんでした。


 「腹が……減った……」

 「肉……」


 黒は空腹のあまり、肉…肉…と、うわ言を繰り返していました。


 吹雪はまだ収まりませんが、どうにか視界は開けてきました。

 しかし黒は、岩陰とはいえ寒空の下に何日もおり、さらに空腹も合わさり、体温が極端に下がった為、ほとんど目が開かなくなっていました。


 そんなあるとき、黒は肉の匂いを感じとりました。


 「肉…肉……、肉…が……ある…?」


 黒は岩陰から這って出てきました。


 そして、僅かな気力で立ち上がり、ふらふらと匂いのする方へ歩いていきました。



 (肉…が、喰える……!)


 黒は匂いの元へ辿り着きました。


 そこには、一羽の鳥が罠にかかっておりました。

 鉄製の罠に足を挟まれ、翼をばたばたとさせ、抜け出そうとしていました。


 (肉…が、喰え…る……?)


 黒は、鳥の肉を食べたことがなかった為、困惑しました。

 が、この際食べられるなら何でもいいと思い、力を振り絞り、罠をこじ開けました。


 ばたばた、ばたばた…


 黒は飛び立とうとする鳥の足を掴まえて、かぶりつこうとしました。


 しかし突然、頭痛が黒を襲いました。


 「ぐっ!何だ…、これは…?」


 黒は記憶が呼び起こされました。


 (ずっと前にも…こんな風に、罠にかかった動物を助けた……?)


 断片的に記憶が戻り、黒は鳥を食べるのを止めました。


 ばたばたばた……


 解放された鳥は、一目散に飛んでいってしまいました。


 「はっ!?…僕は一体、何を……?」


 黒は久しぶりの食事を逃してしまい、激しく後悔しました。




 (肉…食べたい……)


 (いや…いっそこのまま、飢えて死のうか…)


 そんなことを考えながら、黒は宛もなく歩いていました。


 (僕は…死ぬのか……)


 (いやだ…死にたく…ない……)


 黒は今にも力尽きようとしていました。


 そのとき、


 「どうしたのですか?」


 突然声がしました。


 そこに立っていたのは、白装束に身を包んだ、美しい黒髪の女性でした。


 「肉…っ!!」


 黒はそれを、肉と認識してしまいました。


 「肉…?肉が食べたいのですか?それでしたら、どうぞうちへお上がりください。ご馳走しますよ」


 黒は気がついたら、山小屋のような建物の前にいました。どうやらこの女性は、ここの住民のようです。


 「ゆ…雪女っ!?」


 黒が改めて女性を見ると、髪以外は真っ白なその姿に、雪女を連想しました。


 「雪女…?いいえ、私は人間ですよ…?さ、どうぞこちらへ…」


 黒は戸惑いながらも、やっと食べ物にありつけると、少し元気を取り戻しました。



 「そんなぼろぼろで…お疲れでしょう…。ゆっくり休んでいてくださいね」


 「は…はい」


 歩き続けていた黒は、ようやく腰を下ろし休むことが出来ました。


 「すぐに食事をご用意致します…。ですが、決してこの中を覗いてはなりませんよ……?」


 女性がそう言って、襖の向こうへ入っていきました。

 黒はそれを、特に不審に思いませんでした。


 しかし……



 「お待たせしました、どうぞ召し上がれ」


 そうして出された、肉料理の数々。

 黒はそれに無我夢中で喰らいつきました。


 「あらあら…余程お腹が空いていたのですね…」


 にっこりと笑みを浮かべる女性。

 その白装束が、所々赤く染まっていたことに、黒は気がつきませんでした。


 そして、疲れきっていた黒は、食べ終わるとそのまま眠ってしまいました。




 ぐちゃり…


 ぐちゃり…



 何やら物音がして、黒は目を覚ましました。


 「うん…何だ……?」


 黒は物音のする方、襖に目をやりました。

 すると…


 すぱっ


 と、何かが切れる音とともに、


 「う…うわっ!!」


 突如、襖が真っ赤に染まったのです。


 何事かと思い、黒は襖を開けてしまいました。

 そこで黒が見たものは……


 「うあああああぁっ!!!!」


 血だまりと、その上に横たわる、首のない死体。

 そして、角のある生首を掴んでいた、女性の姿でした。


 「あらあら…決して覗いてはいけないと言ったのに……」


 女性は振り向いて、にやりと笑いました。


 「や…山姥……」


 「あら…山姥なんて人聞きの悪い……。ただ鬼を料理していただけですのに……」


 「料理……。鬼を…食べたのかっ!?」


 「うふふ……。貴方も食べたではありませんか、自分の仲間を…」


 黒は、昨日自分が食べた肉のことを思い出しました。


 「まさか…僕は、共喰いをしていた……?」


 黒は、戻しそうになるのをどうにか堪えました。しかし、恐怖で足が動きませんでした。


「その通り。そしてこれから、貴方も美味しく料理して差し上げますね……」


 鬼の首を置き、女性は赤く染まった扇子を手にしました。


 「う…がぁあああっ!!」


 女性は扇子を開くと、逃げられずにいた黒へ向けて振り下ろしました。


 黒はつい、腕で防ごうとしました。

 が、その瞬間、黒の右腕は切り落とされてしまいました。


 「ぐぁあっ!!」


 激しい痛みに、黒はうずくまりました。


 「あはっ。いい声で鳴きますね」


 「何だよ…何でこんなことを……」


 「何で?…ふふっ。そんなの、鬼が憎いからに決まっているでしょう……?」


 人間と鬼は対立している。黒は改めて、その事実を突きつけられました。


 「おのれ人間…」


 「あ。言い忘れてましたけど私、ただの人間じゃありませんわよ」


 扇子をぱたぱたさせて、女性が言いました。


 「私、"鬼斬隊"の一人、出羽(でわ) 千鶴(ちづる)です。どうぞよろしく」


 そう言った女性、千鶴は、邪悪な笑みを浮かべました。

 すると千鶴の背に、まるで鶴のような翼が現れました。


 「な……っ!?」


 「私、元々はただの鶴でしたのよ。人間に拾われて、神器で人間になりましたの。貴方たち鬼を殺すために……」


 そして、千鶴は背中の翼を大きく羽ばたかせました。


 「あああああぁっ!」


 その羽ばたきで起きた強風で、山小屋は壊され、黒は遠くへ吹き飛ばされてしまいました。


 「あっはははははっ!!もっと鳴きなさい!」


 今度は大きな鶴そのものに姿を変え、千鶴は飛び立ちました。

 吹き飛んだ衝撃で、くらくらになる黒。

 そこに、上空から無数の羽根が降り注ぎました。


 「切り刻んであげる!あっはははは!!」


 その羽根の雨は、まるで刃物でした。

 黒は少しずつ切り刻まれながらも、逃げようと走り出しました。


 (逃げなきゃ……。殺される……!)


 しかし行き着いた先は、崖っぷちでした。


 「ざぁんねん、行き止まり。ですね」


 人間の姿に戻った千鶴に、追い詰められた黒。千鶴の手には、切れ味抜群の扇子。


 「先程の鬼と同じく、首をはねて差し上げますね」


 黒は今度こそ死を覚悟しました。


 「死になさいっ!」


 しかし扇子の一撃は、突如現れた人物に阻まれました。


 「も…桃太郎!?」


 黒が叫びました。桃太郎が驚異的な速さで黒の前に立ち、扇子を指で止めたのです。


 桃太郎が来てくれた。助かった。


 黒はそう思いました。


 「何故…邪魔をするのです、桃太郎様?」


 「お前こそ、何故この鬼を殺そうとする。生きたまま連れて来るのが任務だろう」


 「あら…、ではこの鬼が、神倶屋(かぐや)様がおっしゃっていた、例の力を持つ鬼でしたか」


 しかし黒を無視して会話をする、桃太郎と千鶴でした。


 (桃太郎"様"?任務?何を言っているんだ…?)


 そこで黒は、桃太郎が"ある人"の命令で自分を連れ出した、と言っていたのを思い出しました。


 「それならば、場合によっては殺しても構わない、とも言っていたではありませんか」


 「それは羅刹化した場合だ。こいつは、羅刹に取り込まれかけてはいたが、まだ理性がある…」


 「でしたら、いっそ殺してしまいませんか?羅刹化したという事にして」


 千鶴が再び黒へ殺気を向けました。

 しかし黒は、桃太郎へ聞きたい事が多すぎて、それどころではありませんでした。


 「桃太郎…、あなたはまさか……」


 「…………」


 桃太郎は黙っていました。

 その代わりに、千鶴が口を開きました。


 「その様子じゃ何も知らないようですね…。この方は、桃郷(ももさと) 源太郎(げんたろう)。人呼んで、桃太郎。鬼斬隊・隊長、です」


 黒は絶望しました。しかし千鶴は続けます。


 「人間(わたし)たちの皇にして、この和国(わこく)を統べる方、神倶屋様がおっしゃっいました。面白い力を持つ鬼がいるから、是非見てみたい、と」


 「面白い、力……?」


 「そう。何でも世界を変える程凄い力らしいですけど、記憶がないのなら、力も使えないですよね?」


 自分にそんな力があるなど、黒は思いもしませんでした。


 「という訳で貴方は用済みです。死んでください」


 千鶴は再び黒へ扇子を向け、斬り殺そうとしました。


 「待て」


 桃太郎が止めました。


 「……俺が殺る。お前は戻って神倶屋様へ報告しておけ」


 「えっ…?そんな…せっかくのお楽しみでしたのに……」


 千鶴は納得がいきませんでした。が、桃太郎に睨まれ、しぶしぶ扇子を畳みました。そして、


 「つまらないわ…」


 と呟き、再び鶴へと変化し、飛び去って行きました。



 「桃太郎…」


 黒が問い掛けました。


 「嘘、ですよね……」


 「…………」


 「桃太郎っ!!」


 緋蒼剣を桃太郎へ向け、黒は叫びました。すると、


 「本当だ」


 桃太郎も、別の刀を抜き、黒へ向けました。


 「やっぱりあなたも、人間の味方なんですね……」


 「味方ではない…ただの仕事だ。悪く思うな……」


 そう言うと、桃太郎は刀に力を集めました。


 「桃太郎おおおおぉっ!!」


 息も絶え絶えだった黒が、残された力で桃太郎へ斬りかかりました。


 「楽にしてやる……」


 桃太郎の刀が光を放つと、吹雪が一瞬で止みました。


 「神業・烈風廻刃(れっぷうかいじん)っ!!!」


 そして、千鶴が巻き起こした風よりも遥かに強い風が、黒を襲いました。


 「ああああああああああっ………」


 黒は成す術もなく飛ばされてしまい、崖の下へと落ちていきました……。






 (嗚呼、落ちる……)


 (これで終わりですか……?) 


 (やはりあの牢獄で、死ぬべきでした……)


 落下しながら、ぐるぐると黒の意識は回り続け……


 (最期に、ひとつだけ言わせてください……)




 「……人間、許さぬ」




 そうして、黒は闇に溶けていきました。


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