序~鬼の貌(かたち)~
「桃太郎さん」
「桃太郎でいいと言っただろう。何だ黒よ」
雨で濡れた衣服も乾かないまま、二人は歩きながら話しておりました。
「あ…じゃあ、桃太郎。あの…僕、行くところが無いんです。このまま、桃太郎について行ってもいいですか?」
「始めからそのつもりだ…。君をここから連れ出す、と言ったはずだ」
そこで黒は、ずっと疑問に思っていたことを、桃太郎に聞きました。
「はい…それと、僕を知っている。とも言いましたよね。僕たちは、知り合いだったんですか?」
桃太郎は少し考えた後、言いました。
「知り合い……ではない。ある人の命令で君を連れてこい、と言われたので、君の事を少し調べさせてもらった」
"ある人"が気になりましたが、黒は話を聞いていました。
「そこで、鬼の牢獄に囚われていると知り、助けに来た…というわけだ。…殺される前で良かった」
鬼の牢獄と聞いて、黒はまた疑問が出来ました。
「やっぱり、鬼と人間は敵対しているんですよね。僕も鬼だからという理由で、あんな所に…?」
「その通りだ。それと記憶がないのは、おそらく羅刹と化したせいだろう」
羅刹。
黒には聞き覚えがない言葉でしたが、何故かその言葉で、黒の鼓動が少し早まりました。
「羅刹…って、何ですか」
「鬼は極度の空腹が続いたり、極限まで追い詰められたりすると、自我を失い暴走状態になることがある…これを羅刹化という」
黒は何かを思い出しそうになりました。
「羅刹化した場合は、ほぼ確実に殺処分される。運よく元に戻れた場合でも、記憶に異常をきたすことが多い…らしい」
「記憶に…異常……」
「だが何も思い出せない、というのは予想外だった…。あの豚まん…だったか?あれに余程酷い目に遭わされたのかも知れぬ」
「素武多…ですよ。でも、羅刹化したのは素武多に捕まる前です…多分」
ある日、自分は羅刹となり暴走し、殺されることはなかったが、記憶を無くし、鬼の牢獄へと送られた。
黒が思い出せたのは、そこまででした。
「そうか…しかし黒よ、君はこの世界を知らな過ぎる」
歩きながら話していた桃太郎が突然立ち止まり、言いました。
「このままでは、君はすぐ死ぬ。教えてやろう、生きていく術を…」
すると、桃太郎は刀を抜き、黒の方へ切っ先を向けました。
「な…何を……?」
そして、刀が閃いたと同時に、黒は斬られた
…ように見えました。
「うわぁあっ!!」
黒は思わず目をつむり、叫びを上げました。
しかし、自分が斬られたのではないと気付いた黒は、振り返りました。
「な…何だこいつは!?」
桃太郎が斬ったのは、いつのまにか黒の背後にいた、奇妙な生物でした。
それは黒の半分程の背に、猿のような外見ですが、体毛はなく、緑色の皮膚。布切れを纏い、頭から小さな角が一本生えていました。
「こいつは、天邪鬼…鬼という字がついてはいるが、妖怪だ」
「妖怪…?小鬼…とかではなく?」
どこか鬼に見えなくもない外見に、黒は少し動揺しました。
「ああ……正確には、小妖怪だが。」
「小妖怪…ということは、中妖怪とか、大妖怪もいるんですか?」
「そういう事だ…。そして、鬼と人間は敵対しているが、妖怪は中立……敵と味方、そのどちらでもない」
「どちらでもない…。それって、殺しても良かったんですか?」
桃太郎に斬られた天邪鬼は、血溜まりの上で絶命していました。
「生き残りたくば、殺すしかない…。この世界とは、そう出来ているのだ……」
殺すしかない。その言葉に黒は、ごくりと生唾を飲みました。
「中妖怪以上は、ほとんどが人の姿に変化出来る…。しかし、小妖怪は獣と変わらん。油断していると、喰われるぞ」
桃太郎はそう言うと、持っていた刀を今度は脇道の茂みへ向けました。
すると茂みが、がさがさと音を立てると、そこから新たな天邪鬼が現れました。
「げっ、もしかしてこいつの仲間か!?」
しかも一匹ではなく、三匹。おまけに、木の棒や骨らしきものなど、それぞれが武器を持っていました。
「も…桃太郎?」
黒が焦っていると、桃太郎は自身の刀を、黒の目の前に突き刺しました。
「貸してやる。刀を取れ」
「は…?」
「君が戦え、黒」
「な…なん、だって……?」
「こいつらを殺せ、と言っている!!」
「えええええっ!?」