序~鬼の声~
「連れ出す…?それは助かるけど、ひとつ聞いてもいいですか?」
「何だ」
刀を持った男は、その声もまるで刀のように鋭く、黒鬼は恐怖を覚えました。
「あの…僕、何も思い出せないんです…。僕の事、何か知っているんですか?知っていたら、教えてください!」
「まぁ待て、知っているからこうして助けに来たんだ。だが話は、此処から脱出してからだ。ほら…立てるか?」
男は意外にも、手を差し伸べてくれました。
「あ…ありがとう、ございます」
黒鬼は、男の手を掴み、立ち上がりました。
「礼には及ばん。それより早く行くぞ。…上が騒がしくなってきた」
黒鬼は、血の匂いを嗅ぎとりました。おそらく男は、その刀で何人か殺して進入してきたのでしょう。
「わ…わかりました。でも、此処から出たら教えて下さい…。僕の事、知っている事、全部」
「ああ」
階段を上ると、すぐに明るい広間に出ました。
黒鬼は、もっと地下深くに幽閉されていたと思っていたので、早く地上に出られて安堵しました。
そこで初めて黒鬼は、刀の男の姿を確認しました。
「…何だ、じっと見つめて」
男はまるで、桜のような薄紅の長い髪を後ろで束ねており、背は高いが体つきは華奢で、女性と見間違うような外見でした。
しかしその眼は、やはり刀同様に、冷たく鋭い視線を放っていました。
「い、いえ。何でもありません」
黒鬼は、「男ですよね?」と問おうとしましたが、その眼に威圧され、言葉に出来ませんでした。
そこに突如、広間の二階の方から、別の声が響きました。
「見つけたぞぉ~。ぶひひひ……」
黒鬼はその気持ち悪い声に、一気に鳥肌が立ちました。
「…お出ましだ」
一方、薄紅の髪の男は冷静でした。
「ぶぐぐ…。進入者が一人と、脱獄者が一匹…。よくも俺様の城を荒らしてくれたなぁ…」
黒鬼が周りを見渡すと、広間には無数の、兵士と思われる人間の死体が転がっていました。
「これは…、あなたが一人で…?」
男は、黒鬼の問いには答えず、
「戦えるか?」
と、すでに臨戦態勢に入っていました。
「いえ…。実は腹が空いていて、歩くも辛いんです…」
「そうか…。ではすぐに、食事の用意をしてやる……来るぞ!」
黒鬼を庇うように立ち、男は刀を抜きました。
すると二階から、気持ち悪い声の主が、巨体に似合わず高く跳び上がり、広間へと着地しました。
「ぶひゃひゃひゃ……、ぶち殺してやる~」
(醜い……)
黒鬼は、やはり声と同様に気持ち悪い見た目に、思わず心の中で呟きました。
何故か上半身は裸で、しかも横に広がった体型に、たるんだ贅肉。おまけに頭は禿げ上がっており、顔には多量の脂汗。そして何より、豚っ鼻。……すなわち、まるで豚のような外見の男でした。
そこに、増援の兵士たちもやって来ました。
その数、およそ二十。
「素武多様!助太刀致します」
しかし刀の男は、兵など気にする様子もなく、素武多と呼ばれた男に向けて言いました。
「…どうした、かかって来るが良い、豚野郎。いや…それでは本当の豚に失礼か」
「ぶぎぃぃぃ~!貴様、許さん!」
素武多は激怒しました。
「おい野郎ども!こいつは俺様が殺す!手ぇ出すなよ!!」
兵士たちに待機を命じると、素武多は腰に下げていた青竜刀を抜き取り、襲いかかって来ました。
「ぶききき!叩き斬る!!」
見た目に反した機敏な動きで斬りかかった素武多でしたが、刀の男は「つまらん」と一言。
そして、青竜刀を持っていた腕を一瞬で斬り落としてしまいました。
「ぶ……。な…、何が起こった…?」
素武多は、右腕を失ったことに気がつけませんでした。
「死ね」
刀の男はそう言い放って、醜い巨体へ刀を振り下ろしました。
「ぶぎゃあああああ!!」
大きな腹を斬り割かれた素武多は、聞くに耐えない叫び声と血飛沫を上げて、倒れました。
(つ…強すぎる……)
それを見た黒鬼は、その無慈悲な太刀に畏怖しました。
しかし同時に、この人について行こうと思いました。