第一章~いつかの夢~
それから、幾日か過ぎました……。
黒は眠っていました。苦しそうな顔で、眠っていました。
「……っ、桃太郎おぉぉっ!!」
がばっ。
「はぁ、はぁっ………」
黒が悪夢から目を覚ますと、そこは雪風荘の一室。そして、じっと覗き込む真白の顔がありました。
「……あぁ、また夢か」
「大丈夫ですか……?ずいぶんとうなされていたみたいですけど………」
「心配には及ばぬ。今に始まった事ではない……」
そう言う黒でしたが、額に汗を浮かべ、息も絶え絶えになっていました。
「桃太郎……。黒さんをこんな目に合わせた人ですか……?」
「……聞かれていたか。すまない、見苦しいところを見せたな……」
真白はふるふると首を横に振り、
「見苦しくなんて、ないです。それよりも、桃太郎という名前……聞いたことあるかもしれません」
「何だとっ!?」
黒は勢いよく立ち上がりました。
「俺は……桃太郎に会わなければならない。奴について知っている事があるなら、教えてくれ」
「知っている事……。私の聞いた話では、鬼の隠れ里を探していたと……」
聞き覚えのある言葉に、黒は眉をひそめました。
「鬼の…隠れ里……。確か桃太郎が言っていた、寒零山の何処かにあると………」
黒はいてもたってもいられず、真白の肩を掴みました。
「ひゃっ!?く…黒さん?」
「今から鬼の隠れ里へ向かう!教えてくれ……。それは何処にある!?」
「わ……わかりません。ずいぶん前にここに泊まりに来ていたお客様から聞いたので……」
黒ははっと我に還り、
「すまない……では、その客とは、どんな奴だった?」
真白の肩から左手を離すと、黒は少し顔を赤らめました。
「それは覚えています。外国から来た人間で、燃えるような真っ赤な髪の男でした……」
「赤髪の外国人……。そいつが桃太郎の情報を持っているのなら、探す他はあるまい……」
黒の表情が険しくなり、真白はびくっとしました。
「お……落ち着いてください。それに、桃太郎に会って、どうするつもりなんですか……?」
真白は嫌な予感がしました。
「問い詰める……。桃太郎は何かを隠していた……」
「?」
「おそらく俺の記憶に関する事だ……。もしかしたら奴は、全ての真実を知っているかもしれぬ……」
「でも……、もし教えてくれなかったら……?」
「その時は……、殺し合いになるだけだ……」
黒の頭にある角は、すっかり伸びきっていました。
その影は、まるで羅刹のようでした………。
一方その頃………
「……下らん」
鬼の群れの中、人間がひとり。
正しくは、鬼の"死体"の群れの中。
「まだ黒の方が、手応えがあったな」
人間がそう言うと、血の色に染まった刀を拭き取り、鞘へと仕舞い込みました。
「それで何の用だ、千鶴よ」
「あら、気づいてらしたのね」
女の声と、翼がはためく音がしました。
そして一羽の鶴が降り立ち、人へと姿を変えました。
「流石、桃太郎様。最も多く鬼を狩っているだけありますわね」
「御託はいい……用件を言え」
桃太郎はぎらりと千鶴を睨み付けました。
「かぐや様がお呼びでございます。例の黒鬼の件との事です」
「それならば、俺が殺した……。もう済んだ事だ」
「本当に、殺したんです?まだ生きてるんじゃあないんですか?」
桃太郎の目付きが、さらに鋭くなりました。
「………と、かぐや様がおっしゃってました。本当に殺したのなら、首を持ってこい、とも……」
「下らんな……。断る、俺は忙しい」
すると、千鶴が不敵な笑みを浮かべ、
「では、黒は殺し損ねた。任務は失敗でした……と、伝えておきますわね」
千鶴が言い、口元で扇子をひろげると……。
すぱっ。
と扇子は真っ二つに割かれ、気がつけば千鶴の目の前には刀の先端が向けられていました。
さらに……
「ぐるるる………」
何処からか動物の唸り声がしたかと思うと、千鶴の背後には一匹の犬が。
両隣には猿、雉の姿。
千鶴はすっかり囲まれていました。
「あら怖い。……冗談ですわよ」
「それ以上喋るな……斬るぞ」
「ふふっ、それも冗談ですわよね?」
そう言い千鶴は、鶴となり飛んでゆきました。
「桃太郎様、追いかけますか?」
雉が桃太郎へと問いました。
「いや……放っておけ。それよりも高止水、君は黒を探せ。寒零山の何処かにいるはずだ……」
「承知しました」
高止水と呼ばれた雉は、大空へ飛び立ち、寒零山の方角へと向かいました……。
「黒よ……。もし生きているのなら、次は必ずこの手で………」
「殺す」