008,強襲
ギルドで教えてもらった方角に向かって、まっすぐ歩いて行く。
完全に街道からは外れているので、目印は遠くに見える山脈のうちのひとつだ。
カーナビやGPSなんてない世界なので、このくらいアバウトな目印なのは珍しくない。
ときには大きな岩が目印です、なんてことにもなるのだから仕方ない。
徒歩三時間の距離だが、バカ正直に歩いていく必要はないので疲れない程度に走っていくことにする。
三年間の研修で体力はかなりついているので、ある程度のマラソンなら大丈夫だろう。
ただ、道が悪いというか、石や凹凸がある原っぱなので自在結界を走る場所に直線に敷き詰めてみた。
地面ギリギリの位置にズラーっと敷き詰め、通り過ぎた位置から消してさらに前方に敷き詰めていく。
結界魔法の練習にもなってちょうどいい。
魔力が潤沢にあるからこそできる練習方法だな。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
自在結界の上はとても走りやすく、予想よりもだいぶ早く目的地と思われる場所に到着することができた。
汗も滲む程度にしかかかず、呼吸の乱れもほんの少しだ。
三年間のトレーニングは偉大だね。
原っぱが唐突に終わり、むき出しの地面がかなり先まで続いている。
場所も荒れ地と書いてあったのだし、間違いないだろう。
討伐目標の害獣は、荒れ地に巣穴を作って棲息しているそうなので、まずは巣穴をみつける作業からだ。
とはいっても、結構すぐに巣穴は見つかった。
そのうちのいくつかからはプレーリードッグのような動物が顔を見せているし、何より数が多い。
なかなか引き受ける者がおらず、あまっていた依頼だけあってかなり繁殖してしまったのかもしれない。
だが、最低二十匹狩れば依頼は完了だ。
全部狩るつもりは毛頭ない。
二十匹以上狩った場合は、一匹に付き報酬が上乗せされるが、それも十匹まで。
なので、狩っても三十匹までだ。
しかし、どうみてもプレーリードッグモドキはそれ以上いる。
まあ、依頼の完了報告時にでもついでに報告すればいいだろう。
さっそく、顔を出しているプレーリードッグモドキの数に合わせて土弾を作り出しロックオンしていく。
あまり人がこないのだろう。
こちらが準備しているのに無警戒なプレーリードッグモドキがなんだか哀れだ。
だが、報酬のためにも情けをかける訳にはいかない。
いくつまで同時に土弾を生み出し、ロックオンできるかの確認のためにどんどん数を増やしていったが、三十発を超えてもまだいけそう。
魔力が多いのはわかっていたが、制御力も大したものらしい。
まあ、調魔魔法自体がかなり高難易度の魔法らしいので、制御力も相応に高くないとだめなんだろうね。
「いけ」
三十発の土弾を用意したところで、小さく呟き発射する。
結局のところロックオンしたすべてのプレーリードッグモドキは土弾によって即死することになった。
あとは討伐証明として尻尾を剥ぎ取るだけ。
ロックオンしていなかったプレーリードッグモドキは、仲間が大量に殺されたあと一斉に巣穴に潜ってしまっている。
死骸は残っているのでさっさと終わらせてしまおう。
ちなみに、このプレーリードッグモドキ、食用肉らしく、リーリスさんから荷車の貸し出しもできると言われていた。
一匹の買取価格を聞いて、労力に見合わないと断ったが。
ぶっちゃけあまり美味しくもないそうだし。
三十匹すべての尻尾を剥ぎ取り終わってもプレーリードッグモドキは巣穴から顔すらださなかった。
まあ、そんな無警戒な野生動物だったここまで繁殖できなかっただろうし妥当か。
「ふぃー。腰にくる……と思ったけどそうでもなかったな」
プレーリードッグモドキはそこそこの大きさで数が多かったので、中腰での作業で負担が腰にくるかと思ったが、二十歳そこそこの若い体には問題ないらしい。
地球にこの体を持って帰りたいくらいだ。
背伸びをしながらそんなことをしみじみ思っていると、空になにか黒い点を発見した。
それはどんどん大きくなり、何かが高速でこちらに向かってきていると気づくのに時間はかからなかった。
「でかい……鳥?」
高速で接近する物体は、形状的に鳥のようだったが、比較対象がないのでおおよそでしか判断できない。
だが、かなりの大きさなのは確かだ。
そしてそのまま速度を緩める様子もなく、発見してからものの十数秒でオレめがけて突撃を仕掛けてこれるような位置まで辿り着いてしまった。
しかし相手が突撃体勢に入ったこともあり、動きが直線的だ。
自在結界を張って正面衝突させるのは容易い……はずだったのだ――
「おいおいおい!」
自在結界は自分の位置から遠くなるほど耐久値が下がる。
そういう仕様ではあるが、それにしたってそうそう破れるものではない。
破れるとすれば相手の強さが並ではないという証拠。
つまり、あの鳥は並ではないのだ。
あれほど容易く自在結界をぶち破ってきたのだから。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「どっせーい!」
自在結界をぶち破ってきた鳥の突撃はそのまま容赦なくオレめがけて突っ込んできた。
ただ、破られた自在結界がまったく意味がなかったというとそうでもなかったようで、若干だが進路を変えてくれていたようだ。
そのおかげでなんとか回避することができた。
「ぬああぁっぁぁ!」
ただ、鳥の突撃の余波は凄まじく、爆風によって荒れ地を二転三転ふっとばされてしまった。
まったくもってとんでもない鳥である。
ふっとばされる進行方向上に自在結界を張っておかなければ、地面に転がる石などで少なくない怪我を負っていたかもしれない。
突撃の爆風によって立ち上った砂塵が視界を塞いでいるので確認できないが、おそらくあの馬鹿でかい鳥野郎は諦めていないだろう。
オレが突撃をかわしたのはわかっているはずだ。
Guuuuuuaaaaa!!!
そう考えていたのは正しかったようで、今度は上空から魔法攻撃を敢行しはじめた。
砂塵によって目標であるオレの位置がわからなくとも、手当たり次第というわけだ。
魔法攻撃は風魔法の風刃のようで、着弾と同時に範囲内に風の刃を炸裂させるようだ。
おかげで砂塵もあっという間に晴れてしまった。
だが、この程度の魔法なら自在結界どころか、常に張っている追従結界小すら破れない。
まあ、砂塵を晴らすために使ったのだとは思うが。
「さあて……どうしようかね」
砂塵が晴れたことによって、突撃の威力がどれほどのものかがわかった。
風刃が着弾した地面はほんの少し削れているだけだが、オレが突撃を受けた地面は、まるで巨人が土を掘り起こしたかのようにえぐれている。
下手に結界で受け止めずに避けてよかった。
あの威力では、普通の自在結界では何枚重ねても破られそうだ。
だが、やられてばかりというのも癪に障る。
空を悠々と旋回している鳥野郎をロックオンすると、瞬時に土弾を大量に生成し、打ち出す。
ただ、相手もただ旋回しているだけではなかった。
こちらが打ち出した土弾を軽々と回避し、当たりそうなものは風刃で相殺してくる。
その上、風刃よりも強力な風の槍で反撃まで仕掛けてくる始末だ。
まあ、風の槍程度なら自在結界を破れないのでダメージはないが。
そうやって様子見をしつつも、お互い攻撃の手は緩めない。
鳥のくせしてなかなか知能が高いらしく、迂闊な攻撃はしてこないところがいやらしい。
最初の突撃を無傷でかわしたことが、警戒させているのだろうか。
だが、そんな千日手のような状況は長くは続かなかった。
あちらは風刃や風の槍、ほかにも様々な風魔法を駆使してきたのだが、こちらは土弾と礫、あとは結界魔法で防ぐだけ。
攻撃は結界魔法ですべて防がれているが、最初の突撃はそうではない。
そのことをしっかりと鳥は覚えていたようだ。
こちらの攻撃は大した脅威にならない。
問題は硬い防御だけ。だが、それも破れる。
自身が持つ必殺の突撃を持ってすれば。
おそらくはそんな感じに考えていたのだろう。
大量に風刃をバラ撒いたあとに鳥が取った行動は、突撃のための助走を稼ぐための上昇。
無駄に頭が回るようで、ばら撒かれた風刃は着弾が少しずつずれているという念のいりよう。
さらにこちらが足を止めて、防御体勢になるのを見届けてから上昇を始めている。
まあ、そうくるだろうと思っていたから問題ないけどね!
最初の突撃は見えていたとはいえ、意表をつかれていたのは否めない。
だが、今回は来るのがわかっている。
その違いは大きく、そして来るとわかっていて準備をしていないわけがないのだ。
魔法を扱える者なら、魔法を使う際に変化する相手の魔力を感じることができる。
ただ、技術としてあるわけではなく、感覚的なものなので個人で感じ方もばらつきがある。
だが、風魔法だけとはいえ、かなりの種類の魔法を様々な方法で駆使してくる相手だ。舐めてかかっていいものではない。
だからこそ、通用しないとわかっている土弾や礫を使い、カモフラージュをしていたのだ。
それでも、ぎりぎりまで近づけてから発動させなければ、おそらく次はない。
風刃が次々と着弾し、地面や結界を切り刻む。
そんな中、さらに風の槍が無数に降り注いできた。
時間差の風刃だけではなく、風の槍も使って完全な足止めをしようということだろう。
実際、これほどの密度で魔法攻撃をされては動きたくても動きようがない。
徹底しているな、おい!
そしてそのタイミングはやってくる。
降り注ぐ風の槍と風刃を隠れ蓑とし、初撃の突撃とは違った角度――直上から一直線にそれは降ってきた。
次話でストックぎれとなります。