007,登録
素晴らしいメロンを披露してくれたナナリさんに挨拶して店をあとにする。
また来る約束をしたが、次来るのはお金が貯まってからだろう。
日本ではそうそう生ではお目にかかれないすごい光景だったので、また見たいとは思うが、仕事もやらないとな。
結局のところ、ふたつ目の乱れた魔へは徒歩で向かうしかない。
特にノルマはないのだが、地球に戻ったときに困らないようにはしておきたい。
だが、道中で魔物を倒すことはまず間違いないので、冒険者ギルドへよってついでにやれそうな依頼がないか確認だけはしておこう。
昨日は混んでる時間帯に行ってしまったから、討伐報酬の受取くらいしかできなかった。
討伐報酬の受取は、ギルドに登録しなくてもできるが、依頼の受注は無理だったはずだ。
それなりに稼ごうと思ったら依頼を受けるほうがいいのは確かだし。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
来た道を戻り、冒険者ギルドに到着する頃にはもう朝の時間は終わっていた。
大きい街ではないが、やはり少し遠い。
駅馬車とかないのだろうか。大きな街にはあるはずだから、ルルドでは微妙かもしれないが。
昨日ぶりの冒険者ギルドに入ると、混雑する時間帯は過ぎたのか、ほとんど人はいなかった。
ただ、酒場のエリアには少し人がいる。
寝ている人もいるので、徹夜で飲んでいたのだろうか。
宵越しの金は持たぬ、を地で行っていそうな人たちだ。まあ想像だが。
「すみません。登録、お願いします」
「ようこそ、冒険者ギルドルルド支部へ。登録でございますね。文字の読み書きはできますか?」
「はい、問題ありません」
「ではこちらの用紙をご確認後、必要事項を埋め、提出してください。あちらのテーブルにペンなどがございます」
「ありがとうございます」
昨日来たときとは案内板の配置が変わっていたが、新規登録の案内板があったのでそこへ向かうと、優しそうな受付嬢さんが対応してくれた。
うさ耳がプリティーで実によい。
営業スマイルだろうが、最後に笑顔をみせてくれたのもポイント高いね。
さて、受け取った用紙には非常に簡単なルールが書かれていた。
要するに、一般人に迷惑をかけるな。犯罪行為をするな。ギルド員同士で揉め事を起こすな。街の外にでたら自己責任。
といったところだ。
学がないものが比較的多い冒険者という職業なので、簡単なルールにしなければ理解できないのだろう。
もちろんそうでないものもいるだろうが、圧倒的少数なのは否めない。
記入すべき必要事項はぶっちゃけ名前だけだ。
あとは依頼を紹介したりする場合に参考にするためのものになる。
戦闘スタイルや過去の功績など、だ。
一応金になりそうな依頼を紹介してほしいので、戦闘スタイルは土魔法使いと書いておいた。
過去の功績なんてないしね。
「これでお願いします」
「お預かりします。……まあ、ソラ様は魔法使いでいらっしゃるのですね。ルルドの街には魔法使いはあまりいらっしゃいませんので、どこのパーティでも引っ張りだこですよ」
用紙を先程のうさ耳受付嬢さんに提出すると、魔法を使えることに驚かれる。
先程まで優しそうな雰囲気の中にも事務的なものが見えていたが、それが消えてどこか肉食獣のような雰囲気が漏れ出たような気がする。
うさ耳なのに……。
「そうなんですか」
「ええ、よろしければ私、リーリスが仲介も請け負いますよ。今なら銀証のパーティをご紹介できます。彼らは人柄もギルドが保証する良いパーティですし、どうでしょう。今から会ってみませんか?」
うさ耳さん――リーリスさんの売り込みがすごい。
受付嬢はパーティを紹介すると手数料でももらえるのだろうか。
もう完全にオレをロックオンして離さない、という意気込みが透けて見えるレベルで瞳が燃えている。
正直ドン引きです。
「あーいえ、遠慮しておきます。必要になるまでソロで動きますので」
「そ、そうですか……。あ、でも必要になりましたら、ぜひ私に紹介させてくださいね! リーリスです! 覚えておいてくださいね! ちなみに、今日の上がりは昼の二の鐘ですからそのあとなら空いてますよ!」
「は、はぁ……」
パーティへの売り込みが終わったら、今度は自分の売り込みが始まってしまった。
魔法使いってモテるのか。
だが、正直こんな形でモテるのは遠慮したいです。
「リーリス、登録途中でしょ」
「あ、そうでした。……ごほん。では、内容に不備もありませんので身分証カードを提出していただけますか?」
「え、ええ、はい」
さすがに目に余ったのか、隣の受付で作業をしていたエルフさんが注意をしてくれたが、この人昨日のエルフさんじゃないか。
リーリスさんの圧力がすごすぎて今気づいたよ……。
身分証カードを渡し、エルフさんに黙礼しておく。正直助かりました。
そのあとは依頼の受け方やランクなどについて説明を受け、やっと解放してもらえた。
話が脱線しそうになったらエルフさんが都度助け舟を出してくれたので、それほど時間がかからなかったが、精神的に疲れた。
ちなみに、ランクは木証、銅証、青銅証、鉄証、黒鉄証、銀証と上がっていく。
銀証より上のランクもあるらしいが、歴史上到達した冒険者が数人しかいないので普通は省くそうだ。
ほかにも金証という特別なランクがあるが、これは貴族が遊びで冒険者をやる場合などに用意されるランクで、オレには関係ない。
ランクアップは、一定以上の依頼の達成か、功績を上げるかしかない。
どれほど戦闘能力があろうと、ランクアップには寄与しないそうだ。
なので、たとえ魔法使いであっても木証からのスタートとなる。
だから登録用紙に過去の功績という項目があるんだな。
金になりそうな依頼を紹介してもらうつもりだったが、木証スタートでは報酬が高い依頼はほぼ受けられない。
依頼にも適性ランクが設定されているので、それに従わなければいけないのだそうだ。
面倒だが仕方ない。
ただし、あまりランクを上げすぎると指名依頼や強制依頼など、面倒そうな義務が発生するそうなのが困りどころだ。
青銅証あたりが冒険者として一人前の目安となるそうなので、それくらいまでは上げてもいいかもしれない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
結局リーリスさんから逃れるように冒険者ギルドをあとにすることになってしまった。
それでも依頼だけはしっかり受けてきた。
近場、といっても徒歩鐘の音ひとつ分――約三時間程度の距離にある荒れ地を棲家にしている害獣退治だ。
魔物ではなく、ただの野生動物だが。
……まあ木証が受けられる唯一の討伐系依頼だから選んできたのだが。
木証で受けられる依頼のほとんどは、肉体労働などの日雇いであり、この害獣退治もたまたま残っていただけだったようだ。
何せ遠い上に、野生動物を追いかけ回す仕事なのだから。
罠を仕掛けてもいいだろうが、そんなことができるなら別の仕事をするというものだ。
弓などの遠距離武器や魔法が使えれば追い掛け回さなくてもいいが、一般的な木証の冒険者は初心者だ。
弓がちゃんと狙った場所に当たるようになるのは、実際のところしっかりと訓練を受けていなければ難しい。
しかも相手は動くのだ。初心者には荷が重い。
だが、オレなら魔法が使えるので大した問題ではない。
それにふたつ目の乱れた魔の方角と一致する場所なのもいい。
今日は偵察がてら見に行く程度なので、日帰りの予定だしね。
昨日入ってきた門へと向かう途中に、何かの肉を焼いて黒パンで挟んだものが売っていたので昼食用に購入しておいた。
何の肉かは少し気になったが、美味しそうだったので別にいいだろう。
紙袋などない世界なので、大きな葉っぱで包んでもらったが、葉っぱ代もしっかり取られた。銭貨五枚、5ラーツだったけど。
門では出る分には身分証カードの提示は必要ない。
ただ、冒険者ギルドで身分証カードを提出した際に、身分の横に冒険者ギルドルルド支部所属という項目がついたので、ルルドの街に入る分には税を払わなくてよくなっているそうだ。
登録料が無料だったので、ルルドを拠点とする限りは得だ。
だが、ほかの街でも所属を変えれば同じように通行の際の税は取られない。
変更するのがいちいち面倒ではあるけどね。