005,冒険者ギルド
のんびりペースになります。
冒険者ギルド内は、それなりに混雑していた。
様々な装備を纏った冒険者たちが受付に並びわいわい語らいながら順番を待っている。
入ってきたオレに目を向けるのは酒場にいた数名だけで、それもすぐに元に戻り酒を呷っているし。
どうやら洗礼と言うか、テンプレというか、そういった新人イジメ的なイベントはないようだ。
研修の際に、先輩方から散々聞かされ警戒してたのに。
……というか、マントの下には革鎧やら何やら装備はしっかりしてるし、こちらの世界に合わせた顔の造形や背丈になっている。
さらには歳だって多少若返ってはいるが若造というほどではない。
どうみても新人じゃないわな。
そんなことを考えながらギルドの天井を確認すると、日本の役所でもみるような案内板が吊り下げられている。混雑しているギルドでもどこに向かえばいいのかがちゃんとわかって、意外と親切にできている。
今回の目的は討伐証明部位の処分、というか報酬をもらいにきたので、たくさん冒険者が並んでいる依頼完了の案内板ではなく、換金の案内板のところへ並ぶ。
こちらもこちらでそこそこ並んでいるが、依頼完了の列よりは進むのが早い。
見ていると、大半の冒険者が木札を受付に渡して換金を済ませている。
三つほど前に並んでいる冒険者は血や油で薄汚れた袋を持っているが、別の職員に話しかけられ、頷くとどこかへ行ってしまった。
……あれ? これ、もしかして並ぶところ間違えたか?
「君、もしかして引き換えを済ませていないんじゃないか?」
「引き換え?」
「済まないが、裏の解体所で討伐証明部位の引き換え木札がもらえる。そちらに回ってから並び直してくれ」
「あーそういうシステムですか」
「しす……? まあそういうわけだからよろしく頼む」
「ええ、わかりました。親切にありがとうございます」
どうやら順番を間違えてしまったらしい。
でも研修ではそんなこと学ばなかったし、案内板にも換金としか書いてなかったのだからわかるわけがない。
まあ、依頼完了の列とは違ってこちらは進みも早いし、並ぶ人数も多くないからすぐ終わるだろう。
だが、現実的に考えれば魔物素材なんてなまものだし、オレのように生活魔法で浄化でもしているか、しっかりと処理していない限りは血や油などがやばい。
あまり衛生的でもないので、ギルド内でやり取りするのは微妙だよな。
ただ、匂いに関してはよほど近くまで寄らなければ感じることはない。
冒険者たちはかなり汚れているし、汗臭そうなのにだ。
……恐らく、天井や壁、受付の台の上に設置してある結晶体が空気清浄機代わりなのではないだろうか。冒険者が近づくとピカピカ光っているし。
研修でも学んだが、あれはいわゆる魔法道具――魔道具だな。
ものによって値段は変わるそうだが、これだけ多く設置しているところを見るとやはり冒険者ギルドは儲かっているのだろう。
適当に想像しながらギルドの裏手に回ると、そこも活気に溢れている。
むしろ怒号といえるほどの大声が飛び交っているほどだ。
裏手側に近寄るまでは聞こえていなかったはずなので、冒険者ギルドの建物が防音性に優れている……わけではなく、これも魔道具を使っているのだろう。
じゃなきゃ近隣住民から苦情がたくさんくるんじゃないだろうか。
そう思ってしまうくらいにはやかましい。
結構なスペースには倉庫が隣接し、大きな馬車もひっきりなしに動いている。
馬車の荷台に載っているのは、大小様々な魔物の死骸や部位。
ほかにも薬草とおぼしき植物や色とりどりの鉱石など、とにかくものすごい量だ。
「討伐証明部位のみの査定はこちら! 討伐証明部位のみの査定はこちらです!」
「植物はこちらですよ! 植物!」
「木札を受け取ったらとっとと出て行け! 邪魔だ!」
「こんな値段なんて聞いてないぞ!」
「魔物の素材はこっちだ! 魔物の素材!」
もうとにかくうるさくてうるさくてたまらない。
冒険者や職員が怒鳴り合い、ごった返しているし、一瞬で帰りたくなってしまっても誰も責められないだろう。
だが、いつまでも荷物を抱えたままというわけにもいかないので、仕方なく人を掻き分けて進み、目的の列に並ぶことができた。
最後尾に職員さんがいなかったらわからなかったぞ……。
「討伐証明部位です! 査定お願いします!」
「あいよ! ステップラットの前歯が――」
大声で話さなければ職員さんに聞こえない喧騒の中、手早く査定が進んでいく。
シンドール大草原で襲い掛かってきた魔物の部位と、ニルノさんを助けたときに倒した狼の犬歯が対象だが、合わせても大した数ではなかったためにすぐに査定は終わってくれた。
「この木札を持って換金の列に並びな! 間違っても値段を書き換えるなよ!」
「ありがとうございます!」
木札には査定された値段が書かれているが、簡単に誤魔化せそうなものだ。
だが、それをやると身分証カードの賞罰欄に罪が載ってしまうのだろう。
この世界で犯罪をするのは簡単ではない。する気もないが。
長時間留まっていたら耳がどうにかなってしまいそうな喧騒の解体所を後にして、再度換金の列に並ぶ。
解体所のやかましさに比べればギルドの中は静かなものだ。
わいわいやってる冒険者の話し声程度ならまったく気にならない。
そんなことを思っているとすぐに順番は回ってきた。やはり消化が早いな、この列は。
「カードと木札を」
「はい、これです」
換金の受付をしていたのは、耳が長く尖っている美しい人だった。
この世界には地球の人間のような見た目の人以外にも人間がいる。
ファンタジーでよくある、獣の特徴を持った獣人や、耳が長く種族的に美形のものが多いエルフ。そのほかにも背が低く筋肉ダルマのドワーフなど、地球でも有名な架空の種族がたくさん。
目の前の受付嬢は、エルフのようだ。
研修で学んではいたがやはり目の前にしてみるとすごい。
地球のモデル顔負けの美形がそこにいるのだ。こんな人とお近づきになりたいとは思うが、残念ながらオレはこの世界に仕事で来ている。
ナンパはもっと余裕を持ってからにしたほうがいいだろう。
「こちらが報酬になります。ご確認ください」
「ありがとうございます。……確かに」
「では次の方」
特に何かあるわけではなく、事務的に作業を進めるエルフさんの無言の圧力で受付を後にする。
忙しそうだし、ナンパなんてしたら逆効果だね、あれは。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
討伐証明部位を処分していくらか懐が温かくはなったが、倒した数が少なかったのもあってそれほどの金額にはなっていない。
狼七匹分が半分以上を占めていたのもあるから、シンドール大草原の魔物は大した稼ぎにはならないのだろうね。
まあ、あそこを歩いているときにほかの冒険者なんてひとりもみかけなかったんだから、推して知るべし。
なんだかんだで冒険者ギルドではそれなりに時間を取られてしまった。
もうすっかり日が沈み、通りに面する店などから漏れる灯り以外は真っ暗だ。
仕方ないので生活魔法の照明を唱え、光の玉を宙に浮かべて追従させる。
これには通りを歩いている数少ない人々が驚いて見ていくが、今日来たばかりの街を灯りもなしに歩くのは危ないので仕方ない。
一応、追従結界小は張ってあるけどね。
これがなかったら解体所の人混みをかき分けて進むのが大変だったろう。だって冒険者って必ず武装してるから、鎧が当たって痛そうだし。
「いらっしゃい! おや、おかえり。食事にするかい?」
「只今戻りました。そうですね。あ、これ木札です」
「あいよ、カウンターが空いてるから座っとくれ」
「お、ソラさんこっちこっち! こっち空いてるよ!」
「なんだい、ニルノの知り合いだったのかい」
「そうなんだよ! 命の恩人なんだ!」
「ああ、さっき言ってたのはあんたのことだったのかい」
照明を消して鐘の音亭に入ると、すぐにおばちゃんが対応してくれたが、すぐにニルノさんに見つかり同席することになった。
もう何杯か飲んで出来上がっているニルノさんは、ほかにも同席している商人らしき人たちにオレのことを語って聞かせている。
ただ、ろれつはあまり回っていないようで、得意のマシンガントークも何を言っているのかわからない。
同席している商人たちは慣れたもののようで、適当にニルノさんを相手にしつつこちらにも話を振ってくれる。
わいわいと楽しく飲みながら食事を摂り、適当なところで御暇したが、彼らはオレが魔法使いということで雇いたがっていた。
戦闘力は十分だし、何よりニルノさんが自慢していたのが効いたらしい。
冒険者は基本的に脳筋で学がなく、喧嘩っ早い者が多い。
冒険者ギルドのおかげで、一般人や雇主に対して暴力などを振るうことはなくなったが、それでもやはり不安は多少はあるのだ。
そんな中でニルノさんのマシンガントークに晒されても怒りもしないで穏やかに対応できる人柄。
狼七匹をひとりで相手取って無傷で完勝する実力。
護衛に雇いたがるのは理解できる。
まあ、残念ながらオレには仕事があるので丁重に断っておいたけどね。
でもその断り方も彼らの琴線に触れてしまったのか、いつでもいいから声をかけてほしいとまで言われてしまった。
……冒険者粗暴すぎるだろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
部屋に戻ってもやることは少ない。
せいぜいが浄化をかけて風呂代わりにして、荷物を多少整理するくらいだろうか。
実は所持品いれとして使っている肩掛け鞄だが、これも魔法がかかっている。
とはいっても、鞄の内容量が少しだけ大きくなっているだけだ。容量的には見た目の二倍くらい。
肩掛け鞄としては一般的なサイズだから目立つことはないだろう。
一応このくらいのものなら、それなりの金額を出せば手に入るという話だし。
さて、本当にやることもなくなってしまったのでもう寝ることにするとしよう。
スマホもパソコンもテレビもないこの世界では夜は本当に寝るだけだ。
歓楽街とか異世界初日から行く気にはなれないし。