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004,鐘の音亭

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「よし、通っていいぞ」

「へい、ありがとうございやす」


 時間的に並ぶ人も少なくなっていた門には、すぐに辿り着くことができた。

 荷馬車の荷物の検査も大した時間はかからず、その間に身分証カードを見せ、入街税として大銅貨一枚を支払う。

 身分証カードには賞罰欄があるので、その確認だけで済む。

 基本的にこの身分証カードはこの世界のほとんどの者が持っており、偽造することが難しい。もちろん、表示されている内容を偽ることも。

 それだけ信頼されているものなので、逆に身分証カードを持っていなければ街に入ることはかなり難しくなる。

 ただ、一度でも身分証カードを発行していれば、再発行は比較的簡単だ。

 大体の門には、再発行用の道具が置かれており、手数料を払えば発行してもらえるようになっている。

 ちなみに、身分証カードは一定以上の距離を離れると機能停止し、本人以外ではただの綺麗な板になってしまう。

 さらには身分証カードは、登録した者以外が触れると時間経過で徐々に機能を停止するセキュリティ機能もあったりする。

 なので、他人の身分証カードで身分を偽ることは難しい。


「さて、ソラさんあんた今日は泊まるところ決めてるのかい?」

「いや、特に決めてないけど。どこかお薦めが?」

「よくぞ聞いてくれた! 一階が食堂になってい――」


 待ってましたとばかりに、ニルノさんのマシンガントークがまた再開してしまったがそんなことだろうと思っていたので適当に相槌を打ちつつ重要そうな部分だけ拾い上げていく。

 数時間も彼の話を聞き続けたおかげで身につけた技だ。

 ……彼以外に使いみちがなさそうなのが悲しいが。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 結局のところ、ニルノさんお薦めの宿は彼自身も泊まるということで、そのまま一緒に向かうことになった。

 個室で一泊二食ついて、大銅貨四枚という比較的安めの宿だそうだ。

 この世界の通貨は大陸別に異なっているが、ここラーツ大陸での通貨単位はラーツ。

 一番下から、銭貨、大銭貨、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨となっている。

 1ラーツイコール銭貨となり、十倍ごとに次の硬貨になっていく。

 つまり、大銅貨四枚は4,000ラーツというわけだ。

 物価に関しては、街ごとにも若干違うが、個室の宿で一泊二食付きならニルノさんがいうように結構安めになる。


 ちなみに、身分証カードなどが最初から用意されているように、支度金としてこの世界のお金もいくらか持たせてもらっている。

 お金がなければ街にすら入れないんだから、当然ではあるけどね。

 とはいっても、銀貨や銅貨などが数枚程度なので、野宿をしたくなければある程度こちらでも稼がないとだめなのだが。


「ついたぞ、ここがオレのお薦めの宿――鐘の音亭だ!」

「おー」


 ニルノさんのマシンガントークを聞き流しながら街並みを眺めていたが、夕日に照らされる石造りの家々はなかなかに情緒溢れるものだった。

 夕飯時でもあるので、そこら中から美味しそうな匂いも漂っていて、帰宅を急ぐひとたちも多い。

 そんな門から続く大通りに面した三階建ての建物が目的。


「じゃあ、オレは荷物を預けてくるから」

「了解。ここまでありがとうな」

「こちらこそだ! ソラさんのおかげで命拾いしたぜ! じゃあまたな!」

「また」


 ニルノさんは近くの商会の倉庫に荷物を預ける必要があるため、ここで一旦お別れだ。

 とはいっても、同じ宿に泊まるのだからまた会うだろう。

 オレはオレで宿を確保したら、袋に入れっぱなしの討伐証明部位の処分をしなければいけない。

 いつまでも生臭い袋をもっていたくないからね。

 まあ、生活魔法のおかげで近くで匂いを嗅がなければ問題ない程度のものだけど。


「いらっしゃい! 空いてる席に座っとくれ!」


 スイングドアを押し開いて店内に入ると、すぐに食堂となっており、半分近くの席がすでに埋まり、賑やかな喧騒に包まれていた。

 オレに気づいた恰幅の良いおばちゃんがすぐに対応してくれたが、基本は食堂経営なのだろうか。飲食客と間違われてしまった。

 まあ、夕飯時という時間帯のせいかもしれないけどね。


「あー、宿のほうをお願いしたのですが」

「おっと、宿泊客かい。うちは一泊二食付きで大銅貨四枚だよ。全室個室だよ!」

「では、とりあえず一泊お願いします」

「あいよ! これが鍵。この木札を見せればうちの食堂だけだが、一食分が無料になるよ!」

「ありがとうございます」


 基本的にこの世界の宿や食堂は前払い制なので支払うと、渡されたのはずいぶん古い鍵と木札が二枚。

 説明通りに木札一枚で一食分となるようだ。失くさないようにしないと。


「マル! 泊まりのお客さんだよ! 案内してあげな!」

「はーい! お兄さん、こっちだよ!」


 食堂をちょこまかと動き配膳をしていた少女をおばちゃんが呼ぶと、満面の笑みを浮かべて先導してくれる。

 部屋につくまでに早口で彼女が色々と説明をしてくれたが、トイレの場所や出かける場合は鍵を預けてほしいこと、食堂の利用時間などだった。

 ただ、一生懸命身振り手振りを交えて説明してくれる少女は、見ていて和む。


「ここがお兄さんの部屋です! ごゆっくりー!」

「ありがとう。これはお礼だよ。浄化」

「わわ! お兄さん魔法使い様なの!? ありがとう! わぁ綺麗! ありがとうね、おにいさーん!」


 案内された部屋は二階の角部屋。

 一生懸命な少女にお礼代わりに生活魔法の浄化をかけてあげれば、笑顔がよりいっそう華やかになった。

 この世界にチップの概念はないので、お金を渡すよりはこちらのほうがよいと思ったが、思った以上に喜んでもらえたようだ。

 少女の髪や服が少々汚れていたというのもあったが。


 日本と違って、こちらには風呂に入る習慣はなく、せいぜいが水浴び程度だ。

 シャンプーも石鹸もないので、どうしても日本ほど綺麗にはならない。

 服だって洗濯はしているだろうが、十歳くらいに見える少女でさえ忙しく食堂で働いているのだ。汚れがないわけではない。

 まあ、あの子はたぶんあのおばちゃんの娘とかだろうから仕事というよりはお手伝い、か。


 案内された部屋は、六畳ほどの広さにベッドと備え付けのテーブルと小さな椅子があるだけだった。

 窓もひとつあるが、突き上げタイプの窓で採光性は悪そうだ。

 まあ、生活魔法に照明があるので問題はないのだけど。


 ベッドは藁のような植物の上にシーツを敷き、薄いタオルケット一枚があるだけだが、この世界ではこれでもマシなほうだ。酷いところだとベッドすらないのだから。

 ただ、当然ながらもっとグレードの高い宿ならベッドどころか調度品や部屋の広さもマシになる。そんな部屋に泊まれる金はないが。


 部屋の確認も終わったので、鍵をかけて食堂へ降りていく。

 とはいっても、食事を摂る訳ではなく、討伐証明部位を処分しにいくためだ。

 食堂は、先程よりも混雑具合が増しており、やはりもう少し時間を空けたほうが得策なようだ。

 ただ、あまり遅くなると食堂が終わってしまうのでそこは気をつけなければならい。

 マルがお手伝いをしているようなところなので、酒はあまり出さず食事がメインのようだし。


「あ、お兄さん! さっきはありがとう! ねぇねぇ、マル綺麗?」

「そうだね、綺麗だよ」

「えへへー!」


 食堂に降りてくるとすぐにオレに気づいたマルが近寄ってきて、何やらポーズを取る。

 彼女にとってはきっとセクシーポーズなのだろう。

 小さくても女の子は女の子。答えは間違えてはいけない。


「すまないねぇ、お客さん。魔法使い様なんてこの辺では珍しいからね。許してやっておくれ」

「いえ、構いませんよ。それより出掛けてきますので、鍵を」

「あいよ。これが引き換えの木札ね。食堂は夜の二の鐘がなったら終わりだから気をつけとくれ」

「了解です。あと、冒険者ギルドってどこでしょう?」

「冒険者ギルドなら――」


 鍵と引き換え用の木札をもらい、道を聞く。

 魔物関連は基本的に冒険者ギルドと呼ばれる組織の管轄なので、討伐証明部位の処分もこの組織になる。

 他にも様々な依頼を受けることができるのでてっとり早くお金を稼ぐ手段としても用いることができる。

 まあ、当然ながら魔物が相手になることがメインなので戦闘能力は求められるけど。


 だんだんと暗くなり始めた通りを教えられた通りに進んでいく。

 帰宅を急ぐ人以外は人通りも減り始めているが、代わりに食堂や酒場などは活気が増し始めている。

 早いところ済ませて食事にしたいところだ。

 昼に食べた携帯食料以外は水しか飲んでいない。

 やっぱり食べてくればよかったか、と後悔し始めた頃、大きな建物が見えてきた。

 どうやらあれが冒険者ギルドのようだ。


 ほかの建物よりも大きいところをみると相当繁盛しているのだろう。

 この世界の冒険者ギルドは、国をまたいで機能するような中立性の高い組織ではない。

 だが、魔物による被害はどこへいってもつきまとうため、冒険者という戦力を効率的且つ安全に運用するにはどうしても組織だった統率力が必要になる。

 野放しにしてしまっては、魔物よりも厄介な存在になってしまうのだから。

 だが、逆にその戦力でもって魔物被害を抑え、安全性を確保し、魔物から取れる様々な資源で街を潤すことにより、冒険者の立場を確保することができる。

 冒険者ギルドは、魔物溢れるこの世界で実にうまく回っている組織だといえる。


 何にしても、戦闘能力さえあればお金が稼げるのだから助かる。

 さあ、行こうか。



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