50 リコリスの庭で
結婚式から数年後のお話です。
秋になり、シュテー大公トルーリャン家の邸宅にもありとあらゆるリコリスの咲き誇る時期が来た。
先代がリコリスの花が好きで庭の至る所に植えさせたのが今では庭の周囲を張り巡らすように植えられており毎年色とりどりの花を咲かせている。
天気の良いバルコニーにテーブルとイス、パラソルを置き小さな孫を抱いて微睡ながら昔の夢を見た。
お祖父様と初老の男性に駆け寄る幼い息子。
「大公、どうだ?綺麗だろう。」
それは若い頃の記憶。
舅が女狂いになるほんの少し前の穏やかな時間。
幼い大公にかぐわしい香りのするリコリスを数本花束のようにして元大公が母上に渡すのだぞと言って手渡してくれた。
その後、大公が幼いことなどを理由にたくさんの女性をそばに侍らせ自堕落な生活をおくることになるなんて予想もできなかった。
10年前に亡くした妻との間に他3人の男子がいたにもかかわらず。
確かに3人とも他家へ養子や婿養子にいかせてしまったからと言えばそうなのだが。
あれから、舅には生まれた子供は2人の娘だけだった。
舅もすっかり老け込んでしまい穏やかな老後を迎えている。
大公は立派に成長し、愛らしい妻と既に息子までいる。
「母上。これを。」
ぼんやりと微睡みながらつい、昔のことを思い出していた大公母フォティーニは息子が切ったばかりのリコリスを差し出していることにすぐには気がつかなかった。
ゆっくりと瞬きし、そしてにこやかに尋ねた。
「綺麗に咲きましたか?」
「えぇ。綺麗でした。さらに花をいくつか持ってきましょうか?」
いいえ、咲いているリコリスが好きなのでもう切らないで頂戴ね。
そう、笑うのだった。
「あれからどれだけの時が過ぎたのでしょう。」
穏やかに笑う。
こうやって笑える日々が送れるとは彼女自身思いがけない幸せともいえるだろう。
「孫息子が一人。もうすぐ、孫がもう一人が生まれるのです。あの頃は寂しいものでした。」
夫が若くして国王の暴走を止めようとして相打ちになり亡くなり幼い息子が大公となったとき。
後ろ盾になってくれる舅は女狂いになり頼るのは長老会しか頼るところがなかった。
「あの時、大公としての職を奪われてしまったのですよ。」
幼い大公にこの仕事は任せられないとディオミディスが大公就任早々に長老会から取り上げられてしまった。
取り返すことは大公家の悲願である。
それをつい先日、達成できたことはフォティーニにとって何よりも喜ばしい出来事だった。
夫の墓前にその知らせを聞いてすぐに報告に行った。
そうして、
「やっと、孫娘が来てくれるのではと期待しているのですよ。私は。」
私は娘が欲しかった。と一筋の涙が流れつつ笑う。
「無理だと思っていましたが、孫娘ならば期待できるでしょうか。」
「母上?」
「もし、彼が生きていてくれたら・・・」
ぽろぽろと涙がこぼれる。
おばあさまとひざに抱かれている小さな少年が慰めている。
「大公母様、大公様。お知らせでございます。」
セニア卿が大公妃ご出産おめでとうございます。と告げた。
その後、ゴーン、ゴーンと鐘が鳴り始めた。
ミューイ王国の貴族の家では領内にある貴族の屋敷には特別な鐘があり生まれた子供が男子なら鐘が5回、女子なら8回鐘を鳴らすと言う決まりがある。
なぜ、男子よりも女子のほうが回数が多いかというと、後継ぎになる男子の誕生を早く知りたいという古き時代よりの名残である。
ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン・・・
8回鳴った。
「女の子が生まれたのね。」
そうして大公には二人目の子供、娘が生まれたことを知った。
かくして、大公は堅実で正義感ある賢い女性を妃に迎え、求めていた女性と出会い結婚したのである。
余談だが、丁度アルシノエが2人目の子供を産んだころ国王にはまだ姫が2人しかおらず王妃はいまだに子がなかった。その後、王妃にも側室にも男子が生まれにぎやかな家族
ワーリンガ家の長兄ミハリスは同じ中立派のご令嬢を妻に迎えすでに未来のワーリンガ家を継ぐ男子が生まれている。次兄はニーナに捕まって婿になった。
アーノルドの孫ロベルトはニーナのすぐ下の妹アルテミシアとの正式な結婚が決まった。
アルシノエとディオミディスの間には3男2女に恵まれた。
それぞれ家は栄え今も末裔は今も健在だ。
ワーリンガ家の子供たちは長男ミハリスは中立派、次男エフシミオスは国王派、長女アルシノエは大公家と婚姻を結びきれいにバランスをたまたまですがとっています。




