40 つじつまのあわないこと
一連の経緯をディオミディスはセニア卿と共に聞いていた。
「報告は、以上です。」
第一声はため息だった。
「都合が良すぎないか?」
そして、黙った。
再び口を開いたのはワインを1杯飲んだ後だった。
「この手紙は2か月前に送られたものだ。ナウサ国王が送ったという手紙は検閲が入っているだろう?両王女方に送ったものだ。正式な文章は皆、検閲をされているのは規則だろ?」
「はい、これが検閲記録です。お確かめを。」
それを見て特におかしいところはなかった。
内容としては事情が変わったので帰ってくるようにと。と言うありふれた内容であった。
それぞれ国の抱えている事情はまちまちであるのでそれは何も言える立場ではない。
そして、手紙の返答が早くも届いたとのことでディオミディスも目を通した。
「は?」
国境は目的不明の集団が通ったこととそれに乗じた私兵団が反乱を起こし、軍や騎士団が応戦したこと。
今はそれも鎮圧されており騎士団や軍も王宮に向かっているとのことであった。
「よくわからない集団がなぜ我が国に?どうやって進入したんだ?騎士団と私兵団の戦い?訳がわからない。」
「私兵は国家転覆をねらった貴族達のようです。」
これをとセニア卿がディオミディスに一枚の紙を渡す。
彼らの証言をまとめたものであった。
「資金源は・・・アレクセイ・ワーリンガから借りた??どういう事だ?」
手元の資料にはない事実をここで知った。
「死にかけた彼のサインを模造、悪用したものだと。実際のサインは彼の魔法により特殊な紋章が親族が手をかざすと浮かび上がるものだったそうで。故に彼の親族に返済義務もありません。」
「そうか・・・これを知っているものは?」
「長老会、依頼人のワーリンガ家のご令嬢、それと国王が・・・聞いていた可能性があると。」
「アルシノエは依頼人か。」
「あ、そのようですね。アーノルド殿は依頼人であるアルシノエ様にはたいしたことを言っていないとか。とかく返済義務について知りたがっておいでだったと。まあいいかと思われたのでしょうな。」
「長老会め・・・」
彼は勝手にことをした長老会を苦々しく思ったが今に始まった事ではないし、国王もそれを知っていた可能性があることを踏まえた方が良さそうだとディオミディスは留意することにした。
「国王が捕まった件については長老会が指示を出したわけではないようだな。」
「あの慌てようを見れば。」
となると、綿密な計画はオレスティス単独で密かに行ったのだろう。
ただ、なぜなのかがわからない。
「ではこれらを。」
将来王妃または側室となる女性達への調査を行った書類を掘り起こすようにと命じた。
もしかすると、彼女達のために動いている可能性もある。
お人好しだなとディオミディスはオレスティスのことを時にそう思うことがある。
「なるほど・・・詳しく調べさせていただきます。」
まあ、彼の場合は身近な女性達の不幸を数多く見てきたからではないかともディオミディスは同時に思うのだ。
「なしか・・・」
ディオミディスが居るところは本来はミューイ国王の書斎だ。
探せば手がかりが見つかるかもと思ったのが単純過ぎたのだ。
「やはり痕跡をたどることは難しいか・・・」
一人新たなる仮説を考えていた頃、とんでもない報告を聞いた。
すでにナウサ王国との国境を通過していなくてはならないのに通過していないと言うのだ。
「本当に帰ったのか?」
「いえ・・・それが。」
「それが?」
「盲点でした。すぐに調べます!」
「ナウサ王国に一番近い国境は?そこに手紙を魔法で送るんだ。」
「送りました。近況報告の要求書と共に。ですが通過記録がございません。」
「やはりか・・・?」
「国境を通過していないとなると・・・??まだ国内に?」
となると国内全域に捜索隊を派遣しなくてはならない。
そうすると期限内までに返答が出来るわけがない。
どうするか・・・と思案しているとふとおかしなことに気がついた。
「ん?表門を通った者は??」
そこで、王宮からの出入りを調べさせるとさらにとんでもないことがわかった。
「コーミラ家のご令嬢、ワーリンガ家のご令嬢が王城に入った以外の記録はないそうです。通行許可証
をお持ちのナウサ王国の紋章入りの馬車がこの王宮を出入りした形跡がありません。」
王宮を出てそれきり見ていないという。
摩訶不思議なことが起ったとでも言うのだろうか。
「確かにお出になるときには皆で見送りをしましたが。」
曲がった先までしか見送らなかったことも後に判明した。
「なぜだ?」
「裏門から秘密裏に出たのでしょうか?」
「馬車を見なかったか?」
裏門にも聞いてみることにした、が裏門で入退出を管理する者からの返答は芳しくなかった。
「いつ頃ですか?通常の荷馬車くらいしか来ておりませんね。」
他の門兵にも聞いてみたが知らないや見ておりませんとしか答えてくれなかった。
これらの事実からわかることそれは、この城の中からクニグンデとグリフィナはまだ出ていないと言うこと。
改めてその場にいた人物達にも聞いてみることにした。
「王宮前では確かに。皆に見送られながら出て行かれましたわ。」
「・・・辻褄が合わない。」
「この話が事実とするならば導かれる事実は一つですな。」
「お二人はこの王宮を出ていない可能性が高い。」
かなり広いこの王城の中からでていないとすると 狩り場となっている裏の森か、城壁の周りにある森かその周囲、または使用人達の暮らす小規模な街の中にとけ込んでしまっているか・・・
その範囲は広大だ。国内をしらみつぶしに探すよりは手間も時間もかからないがやはり期限までに見つけられる保証はない。
「闇雲に探すのは無駄でしょう。」
「とはいえ・・・姫君とおつきの者達だけで暮らしてはいけますまい。」
出て行った人数は8名程度。
他に協力者が居たとしても長くは持たないだろうと推測された。
「宮殿で働く者達の街や王宮で出される特別な農場に盗人が出たなど聞いたことがない。現にそうなればすぐに噂になります。」
「うーむ・・・」
「裏に協力者がいるのか?長老会の誰か。」
「となれば・・・確証はないが。」
「どういう事だ?」
国王が手を貸したという仮説をセニア卿に話すと裏を取ってきますと出て行ってしまった。
午後からは優雅にお茶を楽しんでいたアルシノエ。
そこへアルキュオネが走ってきた。
「お嬢様、噂ですけれど・・・」
と前置きしながら嬉しそうだ。
「ユーペ公爵ご夫妻がいらっしゃったとのことですわ。」
「じゃあ、彼も?」
「はい。よくお話に出ていた公爵様もご一緒とか。」
ディオミディスに以前、ユーペ公爵についていろいろ聞かされていたアルシノエはこの人物を直に見てみたいと前々から密かに期待していたのだ。
一緒に昼食を囲み、ユーペ公爵夫妻と談笑をする。
「私の夫は初めてでしたわね。」
妻から話をいつも聞かされておりますとユーペ公爵は少しはにかんだような笑顔を見せた。
「わぁ!」
すてきなご夫婦!とアルシノエは羨ましげに見つめていた。
「アルシノエ様も近いうちに。ですわ。」
優しくウインクしたユーペ公爵夫人。
「あの、お子様は?」
「義母に預けてきたの。孫守ができて嬉しいみたい。いまが手のかかる時期だし。少し息抜きに。そうそう、噂が噂を呼んでいてね。どうなのか確かめたくて。ディオミディス、手こずっているみたいね。」
うふふと笑う。
「父が、お二人の早期の結婚を望んでいますのよ?」
「まだ、結婚…はっ!」
急に赤くなった。
「夫婦間での悩みにもご相談に乗りますわ!」
ユーペ公爵夫人はアルシノエの手を握る。
「年も近いし。ディオミディスの相談にのろうと思っていてね。こちらとしても仕事の報告をしなくてはいけないしね。」
ここで仕事の話はよしてくださいな。ユーペ公爵は妻に窘められた。
「ユーペ公爵夫人。宜しいでしょうか?」
昼食を終えても話は尽きない。
ユーペ公爵夫人の侍女が誰かの到着を告げた。
「私にもお話をお聞かせくださいませ。」
ニーナも何かかぎつけてきたのか誰にも気づかれないうちにアルシノエの部屋にいた。
まず、ユーペ公爵夫妻にがっちがちの礼をしてから話に加わった。




