34 父の残したもの
オベリスクの影響より、王宮内では魔法の実習を行うことが出来ない。
そのため、魔法の応用を学んでいるアルシノエは座学より実習が多く頻繁に王宮の外にある宮廷魔法使いの離宮の一室へ行かなくてはならず、国王の秘密の植物園より先の離宮で、日に3度の食事は王宮内の部屋や食堂で摂る事となっているためわざわざ遠回りして行かなくてはならずアルシノエ達は煩わしささえ覚えはじめている。
ニーナの訪問から数日経った昼過ぎ。
宮廷魔法使いの唯一の助手がぽとりと棚から魔晶球のイミテーションである硝子玉を落としてしまった。
アルシノエの足下へ転がっていったので自然と手に取っていた。
かなりの高さから落ちたはずなのに傷が一つもないことにアルシノエはおかしいなとじっくりと硝子玉を見つめていると、すっと何かが見えたような気がして中央で揺らめく何かをじっと見つめ続けている。
ディノスはアルシノエがこれほど長く興味惹かれる物の本質を見抜くべくそれを貸すようにと手を伸ばす。
目の前に差し出された手におとなしく渡す。
「これ・・・???」
ふうむといろいろな方向から覗く。
宮廷魔法使いがあわてて取り返そうとする。
「ただのイミテーションですぞ。」
「宮廷魔法使い殿。これを。」
アルシノエから受け取った硝子玉をぽんと宮廷魔法使いの手のひらに乗せた。
「え?なに??」
これです、これ。
指し示す方を見つめる宮廷魔法使いは思わず息をのんだ。
「はっ、これは。」
棚に並べられているイミテーションと言われていた硝子玉。
「これは、調査すべきですな。」
イミテーションである硝子玉を一つ残らず手にとって確認するとそれには何か仕掛けがあることがわかった。
その内の一つにディノスにだけしか反応しない硝子玉があった。
それを見つめていたディノスは目を伏し目がちにした。
「これは。う・・・」
ディノスは足下から崩れ落ちるようにへたり込んだ。
ぼろぼろと大粒の涙を流しながら。
涙など見せたことのないディノスが泣いている。
リューナン姉妹がどうしたものかとそばへ寄るとすくっと立ち上がる。
「アレクセイ・・・」
ひとしきり泣いた後、涙をぬぐい立ち上がる。
その様子を見ていた宮廷魔法使いがアルシノエにそっとささやく。
「うーむ。よく考えたな。」
「なにがですの?」
「一つ一つに何かしらのメッセージを入れていたと言うことだな。これなら、彼の死後も捨てられることなくこの王宮でずっと保管され続ける。この秘密を解読できるのはメッセージを受け取る人物のみ。つまり、彼の関係者となる。」
ふと、アルシノエは疑問に思った。それを宮廷魔法使いにぶつけてみた。
「でも、誰も見ることがなければ。」
「算段はあっただろう。生前彼がどんな研究をしてなぜ死んだのか家族は知りたいと思うだろう?」
「あぁ、アレクセイは急死だったからな。だが、彼の思惑は外れた。家族の誰もがこの存在を知らずここを訪れることもないまま時が過ぎていった。」
「このようなことをして良いのですか?」
「魔晶球が大公家へと渡ってしまえば用済み。一応色、形を模写すれば廃棄しても問題はない。と言う規定になっていてな。宮廷魔法使いの仕事は城の内外、国内外にもおよび多忙であった。それが、これらの発見につながったと言うことは意義のあることなのやもな。」
ざっと広がったイミテーションの数は棚一杯に広がっていた。
すぐに調べるにしても相当な時間を要するのは必死だ。
「関係者が明確にわかればよいのですが、それにしてもこれを該当者全員に渡すとなると・・・」
「一応イニシャルが・・・見えますわ。」
急遽、調べてみればイミテーションの半数が妻、ヘルミオネに当てたものであった。
”愛する妻へ”とヘルミオネのイニシャル付きで。
残りは関係各所や子供達に当てた物ばかりであった。
「よほどの愛妻家であったのかな。子供達よりも格段に多い。」
「私にも?」
「もちろん。」
ディノスがすっと手渡す。藤色ともラベンダー色とも区別がつかない不思議な色をした硝子玉。
それをまじまじと見つめているとそこには記憶の片隅に追いやられた父の声、姿がくっきりと見えていた。
「そんな。」
父アレクセイが生前と同じように語りかける姿を目にしたアルシノエは心臓が止まりそうなほどの驚きを覚えた。
それは、生前の父の姿や声が見えたり聞こえたりしたことの他に、あれから5年以上前の時が経っているとは思えないほど老け込んでアルシノエには見えたためである。
オベリスク制作で命を削ってしまったのか、宮廷魔法使いとしての仕事がそうさせたのかはわからない。
見えたままを伝えるとディノスは唸った。
「流石、アレクセイだな。このような高等手段をするとは。見事だ。この国一の魔法使いの腕は間違いないな。」
ディノスが何度も頷いている隣で少々失望感に駆られている人物がいた。
「やっぱり一つかぁ。」
悲しいかな。父からのメッセージはただ一つ。
同じ兄弟でもこの差は父からの愛が薄かったのではと疑う。
確かに父と過ごした日々は二人の兄より少ないが仮にも両親を同じくする兄弟である。
とアルシノエは寂しいような悔しいような気持ちになった。
一つでもあれば良いではないですかとリューナン姉妹は笑う。
それを主は見て不機嫌そうに勉強中の机に戻り一人自習をし始める。
そのやりとりを見ていた宮廷魔法使いの弟子は師匠に声をかけこれでもない、あれでもない、あそこは調べていませんねなど師匠と手分けして大公家へ渡していない魔晶球のイミテーションを確認して回る。
その間、昨年の失敗をディノスが咎め一悶着あったがどうにか夕食までにはあらかた探し終わった。
すべてのイミテーションを捜索し、今まで見つかったイミテーションの他にもう2つ見つけた。
「まぁ!うれしいわ。でも・・・」
それはまだ、大公家へと渡っていないイミテーションの中にあった。
ひとつはそれは大人になったら見るようにと前置きがされていて今のアルシノエでは見ることが出来なかった。
もう一方は夫となる人物と共に見るようにと記されているのが見えた。
「なるほど・・・それは考えたな。」
「魔晶球を開発したのも彼。そのイミテーションも同じくです。我々に向けての言葉は最後の方に。」
「王代理にこの処理を進めて良いか判断を仰ごうではないか。」
宮廷魔法使いは弟子にこの一件を王代理である若き大公に話し指示を求めることにした。
「では、そちらの指示が出るまでに片付けをしようではないか。」
ディノスと共に片付けをし終わり弟子の帰りを待った。
リューナン姉妹とのおしゃべりをしていたときで士が帰ってきた。
「良きに計らえと。ただし、まだ本物の魔晶球を大公家へと渡っていないイミテーションについては大公家に渡ってから該当者に渡すようにとのことです。」
荷物を持って離宮を後にした。
正室候補者達とニーナといつもの夕食を摂り、自分の部屋へと帰ってくるとそこに一人の人物が帰りを待っていた。
それは、フェノロサであった。




