33 リュコス家の娘
アルシノエが返事を受け取って3日ほど経ってから急に王宮内が騒がしくなった。
何者かの訪問があったと調べに行ったマイアが告げる。
誰が何の目的なのかは今、アルキュオネが別の伝を頼りに調べに向かったことも合わせて伝えられた。
「何かあったのでしょうか?普通、訪問があったとしてもここまで騒ぐと事はないかと。」
「うむ。」
ディノスも不思議そうな顔を一瞬したがすぐに平静を装うかのように本に目を落とす。
しばらくはいつもの授業となったが、普段は走って王宮内を動くことのないアルキュオネが急いで戻ってきた。
「お嬢様。あの・・・」
アルシノエに言いかけるが先にマイアに伝えることが先だとアルキュオネは後ろに控えているマイアの元へ向かう。
「お姉様・・・ニーナ様が。」
「えぇ??」
手紙を受け取ってたいした間もなくニーナが王宮にやってきたというのだ。
「今からこちらに向かっていらっしゃると。何かお聞きではありませんか?」
「いいえ。マイア、ニーナ様から連絡があったかしら?」
「ありませんわ。でも、すぐにお迎えの準備を。」
「お願いね。」
リューナン姉妹は、はいと返事をし、きびきびとお茶の準備を始めた。
「お勉強は中断ですわね。」
「そうですね。」
リューナン姉妹が片付けと準備に追われる。
どうにか準備が終わったとき、どんどんとドアを乱暴にたたく音が聞こえてきた。
「ようこ・・・わぁ!」
マイアがドアを開けたとたん、ニーナがマイアの横を滑り込み一直線にアルシノエに抱きついた。
アルキュオネがニーナを止める隙もなく。
「ひどいわ。ひどいわ。どうして貴女はそういうことばかりするの?」
どういうつながりでそうなったのか何も知らないアルシノエ達。
遅れてやってきた侍女達もなだれ込んできた。
「えっと・・・」
「申し訳ございません。」
開口一番に侍女達は深々とわびを入れてきた。
これが、ギザーロことディオミディスの行っていた癇癪なのだろうか。
今は、ニーナを宥めるのが先だ。
しかし、アルシノエの両腕はニーナに完全にロックされた状態で自由がきかない。
「「お嬢様!」」
アルシノエは急に息苦しくなった。
ニーナが力一杯きつく締め上げるように抱きついているからである。
「事情がよくわかりませんが、落ち着かれてください。」
ディノスが言うものの、一向に引き離せない。
ゆっくりとアーノルドが長老会のメンバーを数人引き連れてやってきた。
「ニーナ様は気晴らしにこちらへいらっしゃったのです。」
「そ・・・」
そうですかとも言えないくらい息苦しい。
アーノルドに今の姿を見せるのはアルシノエにとってもニーナにとっても不都合だ。
ニーナとアルシノエの侍女達が壁を作り見えないようにしている。
アーノルドはでは良きにと一言声をかけて帰って行った。
何とかやり過ごし、ディノスも協力してニーナを引き離そうとするがうまくいかない。
侍女の一人が小声で主に諭そうと懸命に声をかけ続けている。
「う・・・」
「お嬢様。人違いです。お放しください。」
「ワーリンガ家のお嬢様が・・・」
「力ずくでも引き離すわよ。」
せーのとニーナ付きの侍女達数人が引き離そうとするも歯が立たない。
「なるほど、これは・・・」
ディノスがふむふむと何かを書き始めた。
「ニーナ様の妹の名は。」
「アルテミシア様でございます。」
アルシノエとアルテミシア何となくだが似ている。
アルシノエは助けを求めるような顔をディノスに向ける。
わかりましたと目配せをする。
「では、ニーナ様。少し耳をお貸しください。」
ごにょごにょとニーナに耳打ちをする。
「あ・・・そうだわ。ここは、王宮。」
「ニーナ様。落ち着かれてくださいませ。私はワーリンガ家の一人娘、アルシノエでございます!」
後一押しだ。とアルシノエは命一杯大きな声でニーナに告げる。
ご令嬢としてははしたないがアルシノエの命がかかっている。
できればアーノルド達に聞かれなければよいが等とアルシノエが考えていると少しだけ力がゆるんできた。
「そんな・・・え?」
それからはするすると縄が解けたかのように簡単にその場を離れることができた。
「今の内に。」
あの細い体のどこにこのような力があったのだろうかと思うほどの力がニーナには込められていた。
それほどのことが彼女の身に起ったとのだとアルシノエは身をもって知った。
「ディノス様、ニーナ様になんと?」
「ここはどこでしょうかとお尋ねしただけです。」
少しばかり気をそらしただけでございます。そうディノスは笑う。
ニーナが呆然と座り込んだまま、時が流れた。
侍女に支えられながらいすに座ったときもうすぐ昼食時を告げにきた長老会のメンバーが声をかけに来た頃だった。
とかく、取り繕ってお茶を楽しんでいたという風を見せられたことは良かったとほっとした。
「取り乱して、申し訳ございません。」
「ニーナ様お疲れのようですわね。」
「はい。でも・・・??」
「少し落ち着かれたようですが、ご訪問は明日にでも、と。これから昼食ですし。」
ニーナは言葉少なに頷くと侍女達を引き連れて引き上げていった。
アルシノエはディノスを見た。
「では、ニーナ様のご訪問が終わるまで授業は延期としましょう。」
はいと午後はゆっくり過ごすことになった。
翌日、いつもより落ち込んだような様子で侍女達をつれてやってきた。
「順を追ってお話くださいませ。」
ニーナの話では、ニーナの両親がアーノルドの外孫ロベルトとニーナの妹アルテミシアと結婚させたいと伝えられたのだという。
ちょうどその頃ロベルトはリュコス家に滞在をしていた。
両親からの話を聞いてすぐにニーナはロベルトを訪ねたという。
「ロベルト様。本当ですの?」
「え?」
「ご結婚のお話ですわ。」
「はい?」
唐突に聞かれて言葉に詰まったそうだ。
それがロベルトが惚けているように思えて仕方がなかったのだという。
それからニーナは自分の部屋から出ることが出来なくなってしまった。
そんなときアルシノエからの手紙をもらったのであった。
「縁談の話はどこまで進んでいるのかご存じですの?」
「いいえ。あれきり父とは話していないのですわ。」
「リュコス家の御当主様に直接話を聞くことはできませんわね。ニーナ様の妹のアルテミシア様などにも聞けませんし。ご本人に伝えられているとは限りませんしね。」
「ロベルト本人か父君のエレニ様か母君のディーナ様か、まさかアーノルド様がご存じなわけがないし。」
「アニタがいてくれれば。長老会のメンバーとも顔見知りのようだし、少しは情報が手にはいるでしょうけど。」
悩んだあげく、昔一度だけ会ったことのある彼に直接聞いてみることにした。
彼自身がその話について知っていれば答えてくれるだろうと踏んで。
「お嬢様、今ロベルト様は王宮にいらっしゃるそうです。おそらくは長老会会長の部屋ではないかと。」
「よくやったわ。アルキュオネ。」
手紙をさっくりと書いて封蝋をした。
後は本人に渡すだけだ。
マイアかアルキュオネのどちらかに持って行かせようと手紙を二人の目の前に差し出すが別な人物がすっと手に取ってしまった。
「その手紙、私の侍女に持って行かせてもよろしいでしょうか?」
「顔が利く侍女が?」
「います。」
静かに言い、一人の侍女へと渡した。
ニーナと気晴らしにとレース編みの原画を楽しく作っていた頃に侍女が帰ってきた。
「早ければ今日中に返事がもらえそうです。」
と言葉少なな報告を受けた。
昼が過ぎ、夕食近くになって長老会の若手がロベルトの返事を持って来た。
アルシノエはマイギー家の封蝋をピッとレターナイフではがすと返事を誰にも見られないように隠しながら読んだ。
「やっぱり。アーノルド様のお孫様がご結婚となったら王宮内が騒がしいことになっていなくてはおかしいもの。今は非常時とはいえ静かすぎますもの。」
ロベルトからの手紙には一度打診があったものの即決して断ったとあった。
リュコス家との縁は父方の叔母程度で十分だとも書かれていた。
「ロベルトはその程度でしかリュコス家を見ていなかったのよ。」
それを聞いてニーナはぽろぽろと涙を流す。
「しばらく滞在させてくださいませ。」
「国王代理の大公様の許可が下りれば。」
それからは素早かった。
大公派の最重要人物セニア卿を通じてニーナの滞在が認められ、客室の一室を与えられた。
そして、例の一件について既に何かしらの情報を手に入れたようでつい先ほどのことが嘘のように嬉々たる様子が目に見えてわかった。
「この王宮内で話題沸騰の王様失踪の謎、私も興味がございます。お父様にはしばらく王宮でお友達と過ごす許可が下りたので帰らないと手紙を出しますわ。」
ニーナの目に失恋の悲しみはなくいつもの生き生きとした笑顔になっていた。




