32 疲労感
大公と呼ばれているディオミディスが激務の合間の休息にうたた寝をはじめた。
アルシノエを王宮へ呼んだはいいが、消えた王が仕事を怠けていたのか執務がたまっていた。
それを消化するだけでこの3ヶ月を消費しても足らない。
余暇の時間が一切無い朝早くに起こされ、食事の時間も最低限。
寝る時間もあまり取れていない。
「はぁ。言い訳の一つも考える余裕がない。」
「王様の生活の方が大変ですな。」
「呆れているのか。」
「いいえ。わざと仕事を残されたのではと思うのですよ。」
セニア卿もアルシノエを連れてきてから先はずっとディオミディスの手伝いをしている。
「奴の考えそうなことだ。」
「はい?」
「やはりそうだろうか。」
「それだけではなんとも。ですがそれなりに怪しいですね。」
「それなりに、か。」
あぁそうでしたと王宮内の噂を一つ話して聞かせた。
「フェノロサという騎士の様子があまりにもおかしいと報告がいくつも上がっております。」
「噂だとあの侍女が恋人らしいな。」
まことにと前置きをしつつ同情する。
「お気の毒ですな。」
うーんと伸びをして冷静に考えてみる。
他に人質にするなら有力貴族の令嬢などを捕まえればもっと有利に事が進むとディオミディスなら選択するだろう。
だが、未来の大公妃の侍女で年もそこまで若いとは言えない。
なぜ彼女だったのか。ディオミディスにはそこだけが不明だ。
「誰が何の目的で王とアルシノエの侍女をさらったのか。そもそも関連性があるのか?」
「侍女は別の集団ではとの噂もございますが。」
「王が消えた手口と侍女が消えた手口が違いすぎるからだそうだが。別の集団が連れ去ったと思わせておいてということも大いに考えられる。」
さてさて・・・と本日午後からのスケジュールはとセニア卿が確認する。
予定はびっしりとあり今日も休み暇もない。
「「はぁ。休みが欲しい。」」
「気分転換でさえ許されないとは。」
「こうなったら、やるぞ。」
隙を見つけて逃走、そして晴れて自由の身にと言うわけでもないが長老会に一言もの申すことぐらいはしなくてはと休憩室のドアを開け長老会会長アーノルドの元へ行こうとした。
そこへ、
「はい、お時間です。」
ぞろぞろと部屋へ流れ込んできた。
そうなると大公でさえ抵抗できず、そうしてまたいつもの激務に戻っていった。
王の執務室にはどさどさどさと書類が3山、小積まれていた。
そしてそこには、アーノルドの他、長老会幹部の姿があった。
「期限に余裕があるものはのぞいてあります。」
「さすがにお疲れでしょう。」
「今更。あれだけのことをさせておいて・・・」
ここまで来たら一言言ってやらねばと言いかけるがアーノルドがすかさず口を開く。
「ここで倒れられても困りますので。」
飼い殺しかとアーノルドをにらむ。
それを冷ややかに見つめ静かに語り出した。
「大公とはテーム教の歴代教主であり皇帝でもある第5第皇帝陛下より賜ったもの。かつては国王がそれを名乗っていた。あのときの王太后様も知恵を絞りに絞って王太子に国王を自身の王子に公爵の地位と大公を。それぞれに分けて継がせて今に至る。」
「それが?」
「それを戻そうとしている国王派。大公と言う立場を維持したい大公派。だが、国のことに関しては双方手を携えて守る。それが、あのときからの約束です。」
「どちらかが途絶えればまた元に戻る。」
「そうです。」
「あのときの内乱も、何に脅かされたのか一方的に攻め込んできた。」
「はい。」
「その後、貴殿の父君と先王がたまたま一騎打ちになった。王は即死。大公の嫡男は数ヶ月意識のないまま床につき亡くなった。」
「そうでしたね。」
「俺は幼かった。そして奴も。それがかえってお互いには良かった。セニア卿覚えているか?」
「はい。大公家では数年悲しみに包まれました。その後、先の大公様はさらに女性におぼれていかれましたな。」
「あぁ、そうだったな。」
ですが、良きことがありますとアーノルドがうすら笑みを浮かべた。
「和平に進んだのですから。」
「死に損ではなかっただけが唯一の救いか。」
「そうとは。」
「このまま王が不在ではいけません。いずれ新しい王を選びだ無くてはなりません。」
「王族の中から選出するのか?」
「長老会としては貴方様を押すつもりです。」
そう、ディオミディスに告げぞろぞろと幹部達が帰って行った。
「では、本日はこれまでにて。明日もお伺いいたします。」
「まだあるのか!」
「進捗度の確認に。今のところ今ある分だけです。早めに終わらせることをおすすめいたします。正室候補者の皆様には法や周辺諸国との関係性についての講義を受けていただいております。」
「うまく立ち回れるようにか?彼女たちと手ここに来るまでに家庭教師などに学んでいたはずだ。」
はははと笑う。
「時間稼ぎでございますよ。」
アーノルドの答えにディオミディスはセニア卿を見た。セニア卿もまたディオミディスを見ているお互いに目を見張った。
時間稼ぎ。つまり王は戻ってくる事を見越しての判断。
どうやったらそれがわかるのか。
それを考える時間はなかった。
「これをあと3日で終わらせられるか?」
その問いに即決しセニア卿は目をつむる。
「無理です。」
「これさえ終われば・・・」
一山終えたところに、さらに関連資料としてどさどさと書類が山積みになっていた。
「これ以上仕事を増やすな!!」
長老会の中でも若手、ではあるがそこそこに中年といった風格の人物に文句を付ける。
「あ、はい。でも、この資料はこれから先必要となりますので、時間があるときにでもお読みに。」
つまり、一時的に仕事を免除する代わりに膨大な関連資料を読ませてさらに仕事をさせ、滞っていた執務を王のいない間にディオミディスにすべてさせてしまおうという考えに頭が痛くなってきた。
「な・・・はぁ。」
ため息も一つ増えて余計に疲労感がひどくなってしまった。




