31 人質達
一人の女性が後ろ手に縛られ幾日もの間、外が見えない幌付きの馬車で移動をしている。
捕まってからどのくらい移動したのか見当もつかない。
特に虐待なども一切起らず食事などのときには縄をほどかれるなどかなりの好待遇に彼女は何かあるなとうすうす感じ始めていた。
一日中馬車は走る。だれもこの馬車が異様な走りをしているなどととがめないところからすると何か細工をしているのではないかとも疑う。
おい、と声をかけられ彼女は馬車を降りた。
そこは、森の中にある廃城だった。
彼女はその廃城の一室に連行され、部屋の中央に座らされた。
室内は暗く、うっすらと隣が見るのがやっとの明るさだ。
魔法で明かりを採っているのだろう。蝋のにおいや油のにおいが一切感じられない。
そこには先客がおり、見覚え或る人物が彼女と同じように縛り上げられていた。
「どこですか?」
「さあ。」
首をかしげる。
うすら笑みを浮かべる人物に心当たりがあった。
「同室ですか・・・」
「いや、監禁先は別だろう。こんなに広い部屋に置いておくわけがない。おそらく彼らの主が我々を一度見ておきたいのでは?」
ふぅと肩の力を抜いて隣を見た。
「無様ねぇ。国王とあろう人物なのに。」
「ははは。縄抜けは出来ますよね?」
「そのくらい簡単です。」
やって見せましょうかと腕をもぞもぞさせる。その様子に首を振る。
部屋には彼らの他に数多くの男達が部屋の壁に沿いずらりと並んでいるのだ。
すぐに捕らえられてしまうのは誰の目にも明らかだ。
「これくらい自分で出来るでしょう。」
「まぁ、女性の泣きには負けますよ。」
そんなことはしていないわ、とにらむ。
アニタの答えに動じることなく国王は主の来るのを静かに待っていた。
アニタも無駄口をたたくのを止めおとなしく待つことにした。
やがて、数人の男達に囲まれた青年とおぼしき人物が部屋を訪れた。
「この国の代表に届けるにはどうすればよい?」
「どこぞの貴族を脅し届けさせるべきです。」
そばにいる声色から老齢の男と思われる人物が意見を述べる。
それに青年は
「ならば、ミューイ王国国王オレスティス殿に聞くとしよう。」
「では、コーミラ家のアンゲラというご令嬢がよろしいでしょう。昼食後散歩をするのが日課ですから。」
「昼過ぎだな。コーミラ家の場所は?」
「そうですねぇ。」
「後で聞くことにしよう。」
「彼女なら王のためにならなんだってする。あなた方にとってとても都合の良い人物でしょう。」
「なるほど・・・」
ふっと笑う。
アニタはアンゲラ様の身に危険が及ぶのでは?なぜ彼は自分を愛していると知りながら彼女を人質交換の大事な役割に付けさせたのか隣に座っているこの国の王の胸中がわからない。
「晩餐までしばらくは待機だ。縄をほどいてやれ。彼らが賢いならば刃向かうことはない。そうだろう。」
「はい。」
アニタと国王は縛られていたロープをほどかれて部屋の中だけ自由の身となった。
「姉弟子。」
「まさか。噂通りだったなんて。」
「それに彼からの手紙にあんなものまで。」
「仮にも王ですから。正式文書を出すには長老会の許可が必要なのです。」
「検閲後の手紙に手紙を忍ばせたのね。」
「そうでした。長老会の女官達と親しくなったそうですね。」
「あ、ああれは。お嬢様のためです。」
「他の侍女達に先んじて荷造りをしていたそうではないですか。」
「ミハリス様ね。」
「姉弟子。姉弟子ならお一人でも強行突破など簡単ではありませんか?」
「考えても見なさい。人を傷つけることなく略奪できるなんて、普通の盗人ではないわ。それがわかっているからここからの脱出は、はなからあきらめているわ。」
「さすが、姉弟子です。ですので安全に脱出する方法は一つ。それは、人質交換の時。まあ、近いうちにチャンスが巡ってきます。」
「どこからその自信が来るのかしら。」
「ここにいれば一応身の安全は保証されています。ここがどこなのかわからないですし。」
「どうして言い切れるのかしら?まさか。」
「近いうちにわかるでしょう。さて、つもる話も山のようにあるわ。」
「あのことですか。」
「他にもあるけれど・・・まずはそれからね。」
そうして二人は昔の姉弟子と弟弟子の頃を懐かしむ話をはじめた。
人質達との対面を終えた青年は二人の老人と協議をした。
「よろしいのですか。」
「これのほか手がない。」
「しかし、これでは・・・」
「くどいぞ。」
対面の時にはいなかった老人はしばらく口を出さなかった。
もう一人の老人が言いくるめられたときにようやく一言自分の主張をした。
「まぁ、我としてはあそこに潜入できれば何も言わぬ。」
「そうですね。まずはそこへ行く理由付けをしましょう。」
それで一応の決着を付けた。
「これが最後の機会だ。抜かるなよ。」
「失敗すれば罪人として処罰は免れません。よろしいのですか。」
「そのときにはお前達の代わりに俺が罪人として処刑でもされてやる。」
そんな強気の発言をした彼にお労しいと小さな独り言が漏れた。
老人二人が別室に待機している協議の結果を部下達に報告した。
「こんな策で良いのですかねぇ。」
「皇子の可能性を信じてこれまでつらい行進や略奪そして人さらいまでやってきました。」
「ですが、手に入れてもですよ。」
「これで達成したとして無事に帰国できますかね。」
不安を口にする者も多かった。
「そこについてもあちらから大義名分をいただいて手配もさせる。強気に出てもこのくらいは出来ますよ。」
「うまくいきますかねぇ。」
「策はあります。」
「そうですよね。こちらにはこの国の国王という重要人物が手元にいるのです。おとなしく従うでしょう。」
「そこまでかの国は従順ではありませんぞ。」
「ううむ。」
若い男が血気盛んに言うのを老人が制した。
「用心すべきですね。相手の返事次第では・・・」
「ことは着実に進めましょう。我々のためにも。」
それから数時間が過ぎた頃。
「これは・・・ふうむ。」
原文ができあがり主たる青年にもその文を見せた、
「文面はこの国の国王とも良く協議すべきですね。言い回しなど特に。」
「我々の言い分を正しく受け取っていただかなくてはな。」
それから程なくして作戦は決行に移された。




