29 ボンボン条
ディノスはアルシノエに落ち着いて話を聞いて欲しいと前置きしつつアルシノエと顔をつきあわせて小さなテーブルに向かい合わせに座って話し始めた。
まず、ヘルミオネや二人の兄達から話すことを止められたこと。
アルシノエが知れば行きたくないというだろうと判断されたためであること。
それだけでも家族の見送りの意味が何となくわかった。
最悪の事態になってもアルシノエだけは無事にと心づもりだったのである。
「ピューカ州にもその集団が現われた。そして、バンクシャー道場の創始者の娘が連れ去られた。この後起る事態はおおよそ決まってくる。」
そう、娘の奪還と報復。
彼ら一門が束になれば出来ないことではないだろう。
話によるとアニタの父は諸国で修行をし、道場破りを繰り返し看板を集めに集めていたと。
その証拠に道場の倉庫に大量の看板が記念品のように展示されていたとアニタからアルシノエは笑い話のようにアルシノエは聞いたことをうっすら思い出していた。
「戦場がピューカ州になることは明白。普通戦争とは相手の大将の首を取るか撤退をするか・・・がそうばです。」
「おじ様に限ってそれは・・・あれだけ皆から慕われている方ですのに。」
「無いとは言い切れない。だろう?昔は諸国を放蕩し道場破りをしていた粗暴者という噂もある。とすると、ホワムの街まで攻め込まれる可能性も捨てきれない。」
アルシノエにとってそれは信じられない話である。
道場のこと以外は比較的温厚な人柄であることを知っているためそれが嘘だとアルシノエ一人だけでも思いたい。
だが、それが現実的ではないとディノスは言葉では言わなかったが態度で察するにあまりがあった。
それきりこの日はディノスと話すことはなかった。
ボンボン条について特別講義があるとのふれが回ったのだ。
講義がある長老会小会議室にリューナン姉妹とともに会場へと向かう。
「ま。お元気そうですわね。」
リチェンツァら王妃候補者達が集まっていた。
好きな机で学べるらしく、アルシノエはたまたま隣が空いていたデレシア皇女の隣に座ることにした。
すっと背筋を伸ばしたデレシア皇女はミューイ王国の数多いるご令嬢よりも美しい。
この地域の人々が信仰するテーム教の総本山を有するタオエ皇国の姫君らしさが良く現われていた。
たくさんの民族がタオエ皇国で生活をし、その中で混血が進み他の国の国民とは違った美しさに現われている。
そんなタオエ皇国の影響を皇女であるデレシア皇女にも受け継がれておりアルシノエはほんのひととき見ほれていた。
特別講義の開始時間になっても数人が姿を見せていないことにアルシノエは少々不安をよぎらせた。
「あの、アンゲラ様・・・は?それに、グリフィナ様、クニグンデ様のお姿も見えませんわね。」
「アンゲラ様は大叔母に当たる方が直々に辞退申し込みをされたとか。何でもこれ以上コーミラ家の評判を落とすまねは出来ないとおしかりを受けたという話が。」
「そうでしたの?」
「ナウサ王国のあのお二人はご家族の要請で辞退されることになったそうで、今から2週間ほど前に王宮を出られましたわ。」
後ろの席に座っていたマデリネが口を添えた。
デレシア皇女はアルシノエに笑いかけた。
「通称ボンボン条だけでしたわね。法律関連の先生はとても面白い方ですのよ。」
「美味しそうな名前だと思われません?」
「チョコレートボンボンなら美味しいでしょうが、ボンボンというのはこの方を作ったときの王が幼かったことからボンボンとなったようですわ。」
正式名、王の不測事態における行動規範の概要についてはアルシノエも知っていた。
だが、詳しいことは知らなかった。と言うより知る必要がなかった。
ワーリンガ家は歴代中立を保ってきた家柄であり、王妃選びにも形だけ参加し当主からの辞退をすることが多くこの中立を保つために政治的に活躍するより中立を保つことを優先してきた。
それで領地と領民を守ってきたのだ。
とアルシノエは家庭教師から聞いていた。
「意外ですわね。」
「幼すぎて跡継ぎがいなかったので次のことを考えての法だったそうですし。」
長老会の若手ホープがこほんと咳払いをした。
「先生がいらっしゃいました!」
高らかに先生と呼ばれた人物に対して拍手をする。それに呼応するように拍手が起る。
その中を小さなドワーフのような白髪が多めな長髪と長い髭の人物がちょこちょこと壇上に上がり階段状に積み上げられた本を一生懸命よじ登り演台まで上がり大きな本をぺらぺらとめくりだした。
アルシノエはこの人物を見るなり目を点にした。
それを少人数の上に他のご令嬢が見せていない顔をしていたのですぐに教授する人物の知るところとなった。
「うむ、昔ハンサムだったのだぞ?」
一つ見せて進ぜようとひょいと演台を降りると指を鳴らす。
するとそこには昔ハンサムだったという話が伺える渋いダンディーな男性に早変わりした。
初めて見るその様子にアルシノエとリューナン姉妹は目を疑った。
「時々は元の姿に戻ることも簡単だ。友人に魔法の解除をする際に同じ姿を取れるようにと願うとかなえてくれてな。小さな姿の方が女性受けがよいこと。」
とパチンと指を鳴らすともとの小さな人物へと変わってまた階段状の本をよじ登り、演台まで上がる。
「ふうむ。では、はじめましょう。」
先生の話を要約するとボンボン条は国王が亡くなり、先の王妃と現在の王妃、そして側室に男児がいた時代に成立した法律であること。
まだ、国王に子がなく王弟がみな幼いまたはいない場合、大公が国王に即位する旨が記載されていること。
今回の場合、国王に子はなく、先王の男児は国王以外にいないことから先王の弟が最有力候補となる。
「先王にはご兄弟がお一人いらっしゃいましたが、既に亡くなっていらっしゃいます。お子様もお嬢様が2人いるのでそれよりさかのぼるより大公にとの声が長老会の大半、王族の方々の総意と言うことでボンボン条を適応することとなりました。」
「ちなみに、国王と大公が別れたのもこの時期で。さるお方が側室から下げ渡されたのもこの頃であります。側室に入って間がなかったのでお手つきではなかったのが不幸中の幸いでしょうな。」
と補足というべきか不要な話を時々脱線しながら楽しく講義をする。
アルシノエはワーリンガ家の家庭教師から学んだ法律に関することが余り好きではなかったのだがこの講義で理解も深まり他の法律についても教授してみたいと講義の終了後自分のあてがわれた部屋でくつろぎながらぼんやりとつい今し方までの講義を懐かしい思いに馳せた。




