26 師との出会い
アルシノエが大公との婚約が決まり2ヶ月ほど過ぎた頃のこと。
一人の中年の男が、ホワムにあるピシア伯爵ヘルミオネの元を訪れた。
彼の話は彼女を驚かせ、動揺させた。
「初めてお目にかかります。生前、アレクセイとは同期で仕事をしておりました、ディノスと申します。」
「まぁ。あの人そのような話を聞いたことがないので。」
「家庭に仕事を持ち込むことはない男でしたから。」
「そうでしたね。もしや、アルシノエの師匠となるお方でしょうか?」
「そうです。」
「でしたら、大公様からお話を伺っております。」
アルシノエが大公家に嫁ぐ前に魔法の勉強を専門的に学ばせるべきだとの意見により実現した。
ヘルミオネも娘自身の才能が魔法であるならばのばすべきだと判断し快諾している。
「では”友情の証”をお持ちでしょうか?」
それは、友人にだけ配った特別な物。
本人が持ってそれを受け取った本人または家族の前にだけ彼の仕込んだ魔法が解放される仕組みとなっている。
「はい、これです。」
懐から一枚の紙を取り出しヘルミオネに渡す。
「確かに。」
ヘルミオネがそっと手をかざす。
すると、アレクセイの紋章、柊の紋章がぶわりと飛び出すように浮かび上がった。
「大公様より命を受け、お嬢様の魔術の師として住み込みで教えることとなりました。およそ1年余りになるかと思われますがお世話になります。」
ディノスが深くお辞儀をした。
「お願いいたします。私はその手には疎くて。」
ヘルミオネはアルキュオネを呼び、彼女にディノスをアルシノエの部屋まで案内させた。
アルシノエはディノスにお辞儀をした。
「お初にお目にかかります。ピシア伯爵ヘルミオネの娘、アルシノエと申します。」
「ありがとう、アルシノエ殿。私はディノス。あまり畏まらなくて良い。ふふっ。噂通り、顔はアレクセイ似だな。」
「そう、ですか?」
「大公様から直々に頼まれてな。元王宮勤めをしていたのだから未来の大公妃に魔術を教えることくらい出来るだろう。だとさ。」
「え?」
「アレクセイめ。あのオベリスクを守るために自分と似た魔法の性質のある子供に何も教えなかったな。」
アルシノエはきょとんとして反論した。
「兄たちにも何も教えていなかったようですし。忙しくて遊んでもらったことも余り覚えていないのです。」
なるほどとディノスは言い、アルシノエに鋭いまなざしを向ける。
「うむ。では、君の実力を見せておくれ。」
アルシノエはこの前、父のかつて部屋だった物置で見つけた本の中から絵に描いた花を出すという魔法を見せることにした。
それを見たディノスは拍手をくれた。
「上出来だ。だが、大事なことが抜けているな。」
意外な言葉にアルシノエは呆然とした。
どこがいけなかったのだろうか。
ちゃんんと本に書いて有るとおりにしたはずだとアルシノエは原因を自分なりに探すが見あたらない。
その姿を見たディノスが笑う。
「まず、この棒で魔法をかけるのはおすすめしない。自分にあった杖を準備することだ。」
「はい。」
「それは、また今度。次にこの魔法を完璧に習得するには魔力以外に想像力が必要だ。」
「えー。」
「そのための基礎的なものから学んでいこう。教材は用意してある。」
ディノスが自分の鞄からいくつかの本を取り出す。
不満を口にした割にアルシノエは見たことのない本に興味津々だ。
「そうだ、遅れて新しい先生が来るそうだ。君には礼儀作法は問題ないそうだが、この国や近隣諸国との歴史や文化についてはまだ不完全と言う事で詳しい人物とのことだ。」
「・・・はい。」
「まぁ、短くて1年。それまでに基本と応用を学ぼう。」
「お願いします。」
それからアルシノエとディノスはリューナン姉妹、アニタなどの侍女達立ち会いの下、魔術やそれに関連する座学の授業を受けることとなった。
授業に入る前にアルシノエはディノスに聞いておきたいことを聞いた。
「いままでは?」
「どこかの貴族のところで研究をね。それ以上は内緒だ。」
それから、程なくして、若い女性の先生がアルシノエに文化や歴史、地理などについて学ぶことになった。
歴史と文化などに関しては半年ほどで習得し、魔法に関してはようやく基礎ができあがった程度である。
年も明け、実践練習も開始された。
そのころ、長兄、ミハリスが元の職場へと行った。
次兄は予備兵として何かあれば駆けつけられる準備に余念がない。
アルシノエは魔法の勉強と大公との月1回の逢瀬以外はいつもの年と同じように母と共に穏やかな生活を送っていた。
アルシノエ達が王妃選びにホワムをでて王宮へ旅立ってからおよそ1年後。
アルシノエにとって心配であり、不満な出来事が起った。
大公が2ヶ月にわたって会いに来なかったのである。
もちろん、手紙を書いてどういう事情なのか、いつ会えるのかをアルシノエなりの恋文風にして送ったが、全く返信の兆しもないまま3ヶ月目に突入しようとしていた。




