1 大事なものと借金の形
オーシブ王国の都に一人で人混みをかき分けながら進んでいく娘がいた。
昼間の賑わいのある大通りを一本脇道に入っていく。
脇道の突き当たりに大聞く立派な建物がある。
ここは公立資料館という宝飾品から珍しい植物まであらゆるコレクションを所蔵している。
最近、娘は毎日この公立資料館へと足を運んでいる。
夕方、娘が帰宅する。
そこには使用人達が夕食の支度などで忙しそうに動いている。
娘は、帰宅の報告のために母の部屋へと向かう。
か細い女性の声でお帰りと娘に語りかけた。
「今日も公立資料館へ行ってきたの?」
「えぇ。やはりあの所蔵品の量は凄いわ。あの資料館のおかげで大事なものがわかったし扱い方だって知ることが出来た。見つからないところへ隠せて本当に助かっているわ。」
「貴女がこんなにも勉強熱心だとは思わなかったわ。」
「お父様が感心するほどに?」
心労で床から起き上がれない母の枕元に娘が寄り添っている。
数年前になくなったこの家の主人の残した借金で家は困窮の一途を辿っていたのだ。
「ずっと考えていたの。もうアーノルド様をお頼りするしかありませんわ。お母様。」
かつての主の友の名を聞き、こほこほと咳をしながら申し訳なさそうな顔をする。
アーノルド・ウェルトナーは彼女の父の友人で交友関係も広く、智恵もあるという老公爵である。
「ご迷惑をおかけするのは申し訳ないけれど。」
女二人だけでこの局面を乗り越えるのは無理があると判断した。
やれることと言えば価値の有りそうなものを売ること。
しかし、それは魔法道具などのものでむやみにさわると魔法が発動したりするので取り扱いには十分な知識が必要とされる。
それに家にある価値のあるものの一部は娘の父親による価値ある発明品の数々であり、ほぼ父との思い出のない娘にとっては到底売れるものではない。
そのほかのものも価値は母娘にはどれが価値のあるものなのかわからない。
そこで、娘はそれらの情報を仕入れに公立資料館へ足繁く通っていたのだ。
この資料館には魔法道具に特化した書庫もあるし、貴族のコレクションという名のブースには娘の家が代々伝えられてきているものもレプリカなどで一目瞭然。
他にも高そうな壺やら皿やらも有るため娘が必要としている知識がこの資料館に集約されているのだ。
ただ、このまま売るものがなければ莫大な借金を返すだけの当てはどこにもない。
娘には兄が2人いるが徴兵されどこにいるのかさえわからない。
むろん、この現状を伝える術もない。
今はただ、支払いを先延ばしさせてもらっているだけなので根本的には解決していない。
いつまでも借金をそのままに出来るわけもなく母娘は強制執行の紙がいつ届くともわからない今の現状におびえる日々である。
どうにか今の現状を変えられないか。知恵を貸して欲しい。
そう決めて、娘は彼に手紙を送った。
それから程なくして、明日にでも来るようにとの返事が届いたのだ。
「私が行けたらいいのだけれど。アーノルド様をお呼び立てするわけにも行かないわ。」
「行ってまいります。」
「これを。土産に持って行きなさい。」
「アニタ特製のおかし。アーノルド様がお好きだったわね。」
「はい。お喜びになるでしょう。」
アニタはにっこりとほほえむ。
母はベッドからよろよろと起き上がり、娘を見送った。
美しかった彼女は夫が亡くなってからずいぶんと窶れ、今では面影はなくなってしまった。
「どうして、あのように多額の借金があったのでしょうか。あなた。どうしてなのですか?」
侍女達に支えられながらベッドに戻り一人涙に暮れる。
娘の名はアルシノエ。
小さくなっていくアルシノエを古くから一族に代々仕えている執事だけが静かに見えなくなるまで見送った。