右往左往しても事態は進行しない、こともない。
泣けるシーンというのは、戦闘シーン以上に表現が難しいと思います。
「ここ、どこよ?」
知らずと口にした言葉に応じる声はない。
希望がそう呟くのも無理はなく。
目の前に広がるのは、雲海。背後には朽ちた城。
状況も分からず、いきなりそんな場所に自分がいれば誰でも口にする疑問。
そうして途方に暮れながら希望が次にしたことは、この状況を分かりそうな、つまり地元の人間を捜す事だった。
最もこれも望み薄ではあった。
どう見ても、付近に人はいない。
贔屓目に見ても登山客が来るか来ないかのレベルだ。
「参ったなー」
人間どころか動物すら現れない、岩だらけの不毛の地で待つのは自殺行為に等しい。
しばらく待っていよいよ陽が陰ってきたところで、希望は今、自分がいる場所が日本どころか地球ですらないことに気が付いた。
「え?あれ?ちょっと待って?」
確かに陽は陰った。
但し、何かに遮られて。
太陽と同じくらいの大きさの何かに遮られて、陽は少しづつ陰る。
それは皆既日食を見ている様なものだが、違うのは太陽がすっかり隠れた後、その何かは微動だにしないのだ。
その代わり、徐々に明るさが増してくる。
けれども、太陽ほどの強さはない。
「まさか、あれが月だったりするの!?」
正しく月であった。
白く柔らかく光る丸い月は、今まで見てきた月と大差ない。
大きさ以外は。
希望が疑問に思うのも、その大きさである。
地球での皆既日食という現象は、太陽と月が直列に並ぶ事による自然現象。大きな太陽が小さな月に隠れることが出来るのは、軌道と距離の関係だと聞いた記憶がある。
しかし、これはそんなものではない。
まるで表と裏が入れ代わった様な。
「………さすが、異世界」
考えるだけ無駄と希望は割り切って、所持品の確認に移ることにした。と、言ってもカバンがあったりというわけではなく、制服のポケットにある数個の飴と携帯電話、ボールペンとシャーペン、生徒手帳。それに財布(残金¥16,080)。
中々に厳しい状況である。
「役に立つものがなさ過ぎる…」
それでも、進まなければ乾涸びるだけだと、希望はゴツゴツとした岩山を下り始めた。
「全く、どこの神様がこんな事したのか知らないけど。どうせならもっとちゃんと色々準備してくれれば良いのに」
歩き始めて30分も経過した頃、辺りが殺風景な岩だらけの景色から鬱蒼とした森に変わり始めて希望はぽつりと呟いた。
そして、唐突と言ってもいい位に先程までの記憶を思い起こす。
「………………」
自分が異世界にいることなど些細なことである。
悠馬は、死んでしまった。
「………うーーーぅっ………」
へたりと蹲り、泣く。
ただ泣く。
泣く。
泣いて泣いて、ひたすら悠馬の名を呼んで。
気が付いたら、辺りの木々が薙ぎ倒されていた。
「………何で?」
腫れぼったい目を擦りながら見通しの良くなったエリアを見れば、そこかしこに綺麗な切り株がある。当然、周囲には切り倒された本体もある。
その切り口は見事なもので、躊躇が一切感じられないものだ。
ここで希望は首を傾げた。
いくら悲しくて泣きじゃくっていたからと言っても、こんな大木がばっさばっさと伐り倒されているのに、樵の一人にも気付くことはなかったのは怪しすぎる。
希望は頭を切り替えた。
折角、悠馬が救ってくれたのだ。こんなところで死ぬわけにはいかないと、希望は周囲に気を配る。
「………………」
人の気配はない。
その代わり、何やら大型の動物の遠吠えが聞こえた。
ネイチャー系の番組で見た、狼の遠吠えに近い鳴き声。
「ヤバい」
希望は慌てて森を抜けるべく走り出した。
だが、その決断は遅く、獲物を捕らえようとわらわらと気配が集まってきた。
「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい」
動物の相手は苦手だった希望は、一目散に突っ走る。
チラリと視界の端に見えた狼(仮)は希望の倍はある大きさをしていた。それが団体様でやって来る。
「ヤバいなんてもんじゃないんですけどー!?」
希望は知らないことだが一般の狼、つまり地球産の狼はトップスピードが大体時速70㎞位を誇り集団で狩りをするために、これから逃げ切るには群れを率いているリーダーを倒してその指揮を混乱させるか、それ以上のスピードで逃げるかの二択になる。
木に登るのもアリかと過るが、諦めない限りはいつまでも木の下に張り付いていそうな気もするので、希望は頑張って走ることにした。
師匠に連れられた何処かの山奥で、同じ様に追い掛けられたことを思い出した希望は直線で逃げずジグザグに走る。森の中の追い掛けっこなので結果的にはジグザグ走行になるが、そこは狼(仮)達も知っているのか、全く関係なく希望を追い立てる。
そもそも地球産の狼の倍はあるので、そのストライドも大きく、希望は徐々に距離を詰められていた。
こうなるとその辺の棒でも拾って、応戦した方が良いのかもしれないと思い始めた矢先に、森が途絶えた。
「へっ?」
ついでに、足元もなかった。
「崖っ!?」
慌てて足を止めようとしても勢いが止まらず、希望の足は別の生き物のように崖に向かって突き進む。
目測にして30mほど先に対岸。
「こんのおおおっっ!!」
狼(仮)に追い詰められ半ばヤケクソ気味に希望は跳んだ。
大丈夫、自分は普通の人間と違う。オリンピック選手が無理な距離でも自分なら、と自己暗示をかけつつ。
綺麗な放物線を描いて、希望はその距離をーーー
跳べなかった。
走り幅跳びの世界記録が9m弱だそうです。
勿論、普段の希望なら跳べた距離なんですが、号泣したあとの腫れた目で目測を誤った為です。実際の距離は50mくらいです。