覚醒~竜《ファラク》~
サブタイトルにもルビ入れたいです。
ハリネズミような幼なじみの背中に、希望の思考は動くことを拒否した。
「ゆ…うま…?」
その名を呼べども勿論、悠馬からの返答はない。
「え…ちょっと、うそ、でしょ…悠馬?」
ぐらり、とバランスを崩して倒れるその体は血に塗れているどころか、血に濡れていないところを探す方が難しいほどだった。
悠馬の表情には痛みに苦しむ苦悶の表情も、未練を残しているような悔恨の表情もない。
その表情は、いつもと変わらない。
呆れかえったような、面白がっているような、そんな表情。
なのに彩っているのは、真紅。
「いやだ、悠馬、起きてよ。いつもみたいに一緒に組み手してよ、放課後に、例のチョコ買いに行くんでしょ」
凄まじいまでの喪失感が、希望の中で渦巻いていた。
それは、悠馬が既にその命を失ってしまっているということでもあった。
取り乱す希望を母が宥めようとするが、希望はいやいやをするように悠馬の亡骸に取り縋る。
「悠馬、ゆうま、ゆうまぁっ………!!!」
「貴様ら…覚悟は出来ているんだろうな…!!」
父の怒りも母の声も、現実を受け入れたくない希望には聞こえない。
ひたすらに悠馬の遺体を貫いている血針を抜いていった。
しかし初めのうちこそ針を抜いていくという動作が、その数を減らすにつれ抜くではなく壊すといった具合に、血針はどんどん散っていった。
一方、父の怒りに対し襲撃者達は悠馬を殺したことで、三人に対する溜飲が下がったのか、それとも悠馬が何者であるかも分からずに誤ってその生命を奪ったのか、aはあっさり言った。
「覚悟も何もないだろう、我等とて初めからそのつもりで来ている。でなければ、貴様などにこの人数では挑まぬ」
aは父との実力差を承知の上で、行動を取っていると言外に言う。それがきっかけで残りの三人も次々と口を開いた。
「そいつの言う通りさ。我々は姫様を取り返せと言う将軍の命に従ったまでで、貴様と剣を合わせることも我等の内では想定内だった」
「姫様を拐った"塵雷"に煮え湯を飲まされたのは、我等だからな。王も反対はしなかった」
「まあ、貴様の娘か?そいつの嘆きぶりは、我等の溜飲を幾ばくかは下げてくれたがな」
ここに来て挑発的な言葉を口にする四人に、希望の頭はスイッチが入ったかの様に切り替わった。
既に悠馬の身体からは血針は全て取り除かれている。
襲撃者達はそれに気付かない。気付かず更に火に油を注ぐ様なことを言い続けた。
「それにしても貴様の娘も、そこの死人も、見るに堪えんな」
「仕方ない。娘は雑じり者で死人は愚者なのだろうよ」
「では"塵雷"は如何に?」
「"塵雷"こそが最大の元凶だろう。奴が姫様を拐ったりしなければ、そこの雑じり者も生まれず、愚者も死なずに済んだだろうにな」
所々分からない単語が混じっていても、言語を操る生物とは不思議なもので、自分が悪し様に言われていれば察しがつく。
悠馬の遺体を父母に預け、希望は簀巻きにされながらも挑発を続ける襲撃者達に向けて訊いた。
「アンタら、何者なの」
その瞳に宿る色を知らない四人は、希望を闘うだけの実力を一応持っている小娘としか見ていないが、普段の希望を知る者から言わせれば、しばらく近寄りたくないと声を揃えて逃げ出すレベルにまで怒っていることに気付き、それこそ翌日まで放置するだろう。
そんな心理状態で、希望は四人に話しかけた。
「雑じり者が何の用だ」
aは束縛されているのにも関わらず上からの目線で応えるが、答えにはなっていないので希望は無言で、その横っ面をひっぱたく。
「さっさと答えて。アンタら、何者なの」
「答える必要は」
答えないとみるや希望は再度ひっぱたく。
「何を」
ばしん。
「いい加減」
ばしん。
「貴様」
どごっ。
「……次は」
aをうっかり沈めてしまった希望は、今度はbへとその拳を向ける。
しかし、bも同じ様に対応するので希望はやはり同じ様に沈めてしまった。
続いてcも沈めるが、dは簡単にはいかなかった。
何故なら、dは自分の順番が回ってくるまでの間に、きっちり脱出の準備を整えていたからだ。
ばらりとロープが解かれて希望がそちらを向くと同時に、隠し持っていたらしいナイフを投げつけるが、本気を出していた希望にはその動作が酷く緩慢に見えていたので、紙一重で避ける。
「!?」
「いちいち驚くことでもないでしょーよ、小娘って見たアンタらが間抜けな話。大体、あたしはこれでもアンタらが言う"塵雷"の娘だから。それはそれは直々に稽古もつけてもらってたりするから」
二つ名持ちの父は相当警戒されていた。当然ながら、保護対象である母も。
だが、希望に関して言えば襲撃者達は全く関知していなかったのが真相で、図らずも希望はそれを言い当てた形になる。
「どうする?希望。追い返すか?」
既に父はdの背後に回り込み、その腕を逆手に捻り上げているので、dになす術はない。
「………仮に追い返したら、どうなるの?」
「実に面倒なことになるのが目に見える」
はっきりとは言わないが、これからもこの様な事態が起こり得ると言う事を匂わされ、希望は悩んだ。
かと言って、悠馬の仇と襲撃者達の生命を奪うのは、今までの生活から倫理観が拒否する。
「………」
それでも希望は選ばなければならない。
生か死か。
そこに隙が生じた。
襲撃者dは痛みを堪えながら何事かを小さく呟くと、右足の踵から小さな刃を出した。止める間もなく刃は父の足に吸い込まれて、大腿部から血が滲み出す。
不意を突かれた父は崩れ落ちて、その腕を離してしまった。
縛り上げる際にしっかり武器を回収した筈なのに、dは次から次へとナイフを生む。
足から、腕から、指先から。
身体のありとあらゆる部分から刃渡り5センチ〜7センチほどの刃が生み出され、またその身体に戻っていく。
「「!!!?」」
さすがにこの数の刃を捌くことは出来ずに、父も希望も致命傷を避ける事で精一杯だった。
ただその間に、母が再び捕われてしまう。
dの行動は素早かった。
気絶した三人を置き去りに大きな穴を開き、その中へ母を連れ去ろうとする。
母は何とかされまいと抵抗するが、それも虚しく手刀の一撃でくたりとしてしまった。
その様子は、先程の悠馬を彷彿とさせるもので。
希望の中で何かが音を立てて、切れた。
「ふざけるなああああっっっ!!!!」
希望の頭の中は沸騰している。
自分の怒声すら遠い誰かの叫び声にも聞こえる。
希望の内を支配するのは、怒り。
――――理由を聞かされず一方的に襲われた。
――――両親も未だに理由を教えてくれない。
――――自分を殺そうとした。
――――自分の油断から悠馬を殺された。
――――今まさに、母が殺されようとしている。
赤い視界の中、希望は意識すらも赤色に染まった。
希望の輪郭がゆらぐと同時に、一帯に流れた血が希望に集まる。
自分と世界との境界線が曖昧になり、それでも希望は赤色に吼えた。
その身体は、人の形を為していなかった。
母はお姫様でした。
父はお姫様である母を拐い、逃亡して現在に至ります。
母方の言語は仏語ベースにしてます。
父方の言語はまだ決めてません。