断裂
流血アリです。
ひゅっ。ごとり。ぼたぼたぼた。
風を切る音がしたと思った瞬間には、遅かった。
「……あ?」
奇襲を仕掛けた男は、周囲の視線が己に集まっていることに不思議に思い省みることで事態を知った。
族長の孫を自称する(してない)混血の小娘。調子づいているだけの小娘に返り討ちにあった同胞に情けなさが立ったが、次期のいない今、黒族でも次席と称される(自称)自分が躾けてやろうと思い立って来たのだ。それが――
「ぎゃああああっ!!」
先程の風を切る音は、剣が振られた音。物が落ちた音は己が右腕。後に続いた水音は、切断面からの出血。
転げ回る男は驚愕と激痛で転げ回る。あっちへ転げこっちへ転がるその度に鮮血が辺りを染めるが、誰も男自身を助けようとはしなかった。
否、出来なかった。
「よくも、言ってくれたね?」
希望は怒った。怒るという表現では生温いくらいには激怒していた。
「アンタが何者かは知らないけど、自称お祖父ちゃんの部下だってのは分かる。あの自分勝手見た目お子様年齢不詳野郎が、何の目的でアンタみたいな連中を炙り出してんのかは分からないけど」
一歩、希望が男に近づけば、怒気に曝された周囲は生存本能に従って各々結界を展開する。自分自身に、堅牢な筈の館に入っていく罅に、右腕を失くし未だ動揺が続いているせいで希望の怒気に気付かない男に。
「言っていいことと悪いことの区別もつかない様なドアホを、部下にしておく必要もないよね?」
そこで男は漸く希望の怒気に気が付き、且つ自分が複数の結界で守られている事に驚いた。次席(自称)である自分が弱者の様に守られている。なのに全く守られている気がしない。まるで昔話の虚竜と真正面から向き合っている様な、絶体絶命の気分。
「そこまでだ」
そう声を掛けたのは、見たことのない長身の優男。希望からしてみれば唐突に現れてケチをつけるためだけに来たような二枚目気取りに、気分が悪くなる。
しかし周囲の者からすれば救世主降臨といった様で、あからさまに胸をなでおろす者もいた。それが益々感に触る。
「で、アンタはどちら様?こちとら正当防衛で立ち向かってるってゆーのに加害者を庇って。アンタもコイツのお仲間さん?」
なら容赦しないと言外に言い放つと、優男は困った顔をする。明らかに自分の方が格上だと思っている表情に、更に希望の苛立ちは募る。
「仲間であると言いたくないところだが、一応仲間だ」
希望からすればそれで十分だった。一応であろうがなかろうが、仲間であると言質を取ったのだから。とすれば問題はない。
希望は全力でその手刀を振るった。
「なっ?!」
優男は、まさか希望が再び攻撃に転じるとは思ってなかったのか、バランスを崩すとそのまま無様に倒れる。
否、風圧に因って立っていることができなかったのだ。それが功を奏し、手刀の直撃を避けることが出来た。もし男にもう少し実力が備わっていたら、今この場に無様に転がっていたのは2つになっていた死体だったのだから。
つまり、希望は手刀の全力振りで、複数人の張った結界ごと、2階部分を斬り飛ばした。上を見上げれば天井ではなく空が見える。
「な…な、な、何なんだ貴様は…っ?!」
「あらま、あたしのこと知らない人がまだいたんだね。まあ確かに初めて見る顔だから知らなくて当然かもだけどさ。初めましてオニーサン、あたしの名前は…うん、ホープと呼んで貰おうかな。勿論偽名だけど、信じるか信じないかはオニーサン次第でね。
で、あたしが何者かって言うと、そこのところは今のとこ分からない正体不明の人間だけど、一応この一族?の族長?のトーリェルの孫っていう話にはなってるよ?」
それは優男に十分な衝撃を齎した。敬愛する族長の孫。次期族長が出奔して行方不明の今、黒族の未来は目の前にいる小娘に率いられるなどと、到底信じられるものではなかった。
だが実力は折り紙付きだという事も、優男には理解出来た。自分には複数人の結界が張られた石造りの屋根を斬り飛ばすことなど出来ない。
「で、どうするの?」
進退を問われて、優男は青くなる。そこまでの権限は持っていないからだ。だが、この場でそれを答えなければならない立場に居るのは自分なのだ。片腕を斬り落とされた仲間は既に出血多量で気絶している。周りの被害者は皆あらぬ方向を向き、責任を擦り付けようとする始末。
実は希望は、この周りの態度にも腹を立てていた。まだ目の前の優男の方がマシと言うものだ。
しかしいつまで待っても返答を得られないので希望は痺れを切らし、今度は適当な力加減で腕を振る。
館は、今度こそ断ち斬られた。
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