ある女子高生の異様に見られる日常
2話目です。
タイトル通り主人公の日常なんですが、あまり日常感ないですね…
ここに一人の女子高生がいる。
彼女は幼い頃から、兎に角両親に厳しく鍛えられた。躾られたではなく、鍛えられたである。しかも、礼儀作法のみならず、物理的な事柄。つまりは武道全般に及ぶものだ。
両親から引き継いだ素質が良かったのか、彼女は特に苦もなくそれらを修得していくが、成長するにつれて友人と呼べる存在が皆無になっていく。
小学生の頃はまだ同級生と交流があったが、それも10歳くらいまでだ。同級生は塾へ通うが、彼女は道場へ通う。一日おきに剣道と空手の道場へ通う姿は、この現代社会においていっそ異様とも言えたが、何故か周りは何も言わなかった。
日曜日は道場も休みなので彼女自身は家にいたが、自宅にいても尚することは修練の二文字。学生の本分は勉強にありきだが、どうしたことか担任にも注意されたことはない。彼女も勉強に重きを置くわけでなく、目の前に立ちはだかる強敵――父親――をに一撃を入れるべく邁進あるのみであった。
「だからといって、毎回中間で赤点とって期末で挽回するのは止めとけよ」
苦笑まじりに忠告してくれるのは隣家に住む幼なじみ。小・中・高校と同じ学校に通うテンプレ的な男子生徒。
「そうは言っても、どうしようもないんだから」
元々机にかじりつくのが苦手な性分だし、人付き合いも来るもの拒まず去るのも追わず。中学までの同級生は既に新たな友人を見つけた様で離れていった。
目の前の彼はどういうことか離れずに付き合いを続けているが、高校を卒業する頃には恋人くらい作っているだろう。そうでないと不憫すぎる。
「何かロクでもねーこと考えていんだろ」
「ソンナコトゴザイマセン」
実際、彼は貴重な友人だった。両親に鍛えられている様子は近所には悪い意味で評判で、稽古中を覗かれると大抵の親子は止めに入る。それくらい厳しいものであったので、これが体育の授業や部活動の態度とかだったら間違いなくPTAに訴えられるレベルのものだった。
但しその成果もあり運動能力は飛躍的に向上し、彼女は最早高校生レベルではない身体能力を有している。それどころか、人間の範疇に入れるのも躊躇われる。
彼はそれを知っていて、なお友人でいてくれるのだ。
「んで、今日の予定は?」
「いつも通り。今日は屋上で宜しく」
学業を疎かにしているつもりはないが、座学が続けば身体が鈍る。昼休みを利用してストレッチなり演武なりで動いておけば、気分転換にもなるというものだ。体育館か併設されている武道館でするが、何となく今回は屋上での気分になった。
提案は微妙な顔をされたものの受諾されたので、退屈な午前中の授業をやり過ごし、弁当箱を持って屋上へ走れば屋上には立て札と共にチェーンが掛けられていた。非情なる文字で『立入禁止』と書かれている札に愕然とするが、階下から上がってきた幼なじみはアッサリと立て札を乗り越え、屋上への扉を開ける。疑問符を浮かべれば彼は何事もなかったかの様に答えた。
「ああ、これか?ちゃんと先生に許可を貰ってきてるぞ」
「どーゆー事よ?」
「午前中の屋上は不良共の巣窟なんだよ」
何でも聞いたところによると、何代か前の世代の不良の一人に当時の校長が直談判されて、午前中の屋上使用権を認めてしまったという。
「何それ」
一般生徒の知られざる歴史に呆れるも暴力に煩い昨今、不良と呼ばれる人種に体罰も出来ない教師達に不甲斐なさを感じる。
「それで、だ。学校側に交渉して、不良共を傘下に治める事が出来たら、例の件考えてやるって言質取ったぞ」
例の件。それは、彼女の成績表についてだ。前述の通り、成績の宜しくない彼女は、何とかして毎回テストを乗り越えるが、正直言ってあまり芳しくない。むしろ芳ばしいと言っても良い。その代わり体育などの実技(化学除く)は、教師を上回るほどの技量を有するものだから、学校全体の運動部系の部活動成績が、全国レベルにまで鍛え上げられてしまったので、下手に退学させるわけにもいかず学校側としても頭を悩ませていた。
「でも、傘下ってなんなのー。あたしは別に不良でも何でもないんですけどー」
「あいつら、強い相手には逆らう気概なんてないからだろ」
身も蓋もない彼の言い分にうんうんと納得しながら、ストレッチを続ける。
「そう言えば、何で今回に限ってOKしたわけ?」
今までに何度か屋上での行動を提案してきたが、その度に却下され続けてきた。それが今回になってのOKに何やら不審を覚える。
「三分の一はお前のせい、三分の一は学校側のせい、残りは俺の気分」
「あー………」
どうやら不良達は、彼の気に障る何かをしたようだと察して、彼女は苦笑するしかない。しかし高校1年の夏休み前に、何という事をさせるのかと愚痴を言ったところで恐らく両親も、それぞれの師範達も、『いい実践になるな』としか取り合わないのは想像に難くない。
両親も師範達も、常識はどこへ置いてきたんだと疑うが、子供の頃からそんな大人たちと共に過ごしているので、中学卒業時に高校デビューを目論んでいる同級生の熱意が理解できずにいた。
高校に入学してから、いきなり世界が変わって物凄い置いてけぼり感を食らったが、隣を歩く幼なじみが変わらずに歩いてくれたのが、自分が変化せずにいる理由だと思っている。
閑話休題。
「それで、いつ取っかかればいいの?」
「出来れば早いうちに」
「先生達も無茶言うなぁ」
「ちなみに溜まり場なら、もう押さえてあるぞ」
「………それって、明日じゃ遅いって言ってるようなものだよね………」
放課後の予定がまるっと潰れたような気がするが、何やらノートに書き込みを続ける幼なじみは綺麗な笑顔で「そうだな」と流すだけだ。
これ以上は言っても無駄だと悟ると、スマホが5時間目のアラームを鳴らす。
「じゃあ、授業が終わったら正門で」
「いや、このまま行くぞ」
「はえ?」
何を思ったか急に立ち上がり、先に階段を駆け下りていく。呆気に取られていたが最短距離を進んでいた彼は、もうグラウンドを走っていた。その視線の先にあるのは、正門から雪崩れ込むバイクの集団と逃げ惑う一般生徒達。
「ちょ、何アレ」
ぎりぎり高校生に見えるような団体によく単独で立ち向かえる胆力があると感心するが、いかんせん実力が伴っていない。
端から階下を眺めてみれば、いくつもの頭が見えた。
衆人環視の中で派手な行動は控えたい。が、このままでは大切な幼なじみが大変なことになってしまう。さすがに彼でもあの人数では分が悪い。さらに言うなら、文武両道なくせに面倒だからといって"武"を出さずに生活してきた彼の平穏を、こんなことで破らせたくなかった。
「せーのっ」
其処ら辺に転がっている小石を拾い、ちょっとだけ本気を出して、投げる。すると小石は火を噴きながらひとつのバイクを貫いた――そのガソリンタンクを。
「どわああああっ!!!?」
「なんだああああっ!!?」
貫かれた衝撃で乗り手は放り出されたが、転がされた目の前でバイクが火を噴いたのには驚いた。
「ヤバい、やりすぎた」
これは後で説教コースかと覚悟を決めたが、今は彼の救出が先だ。今度は少し手加減して投げた。それでも次々とバイクをなぎ倒していき、また見事なまでにタンクを打ち抜くものだから流れ出したガソリンにこれまた次々と引火し、結局のところ大惨事となってしまった。
「…うん、今回も今日は午後の授業潰れたね」
黄昏ながら何事も無かった風に装いに教室へ戻れば、ハチの巣を突いたような騒ぎになっていた。
「ほーれ、全員静かにしろー」
おじいちゃん担任がおっとり教室に来て声を掛けると、一様に「あ」と全員が席に着く。それに倣って席に着くと担任がちらりと彼女を見た。見られた本人にしか分からない様なほんの一瞬。でもそれだけだ。それだけなのに、何やら嫌な予感がした。
「―――というわけだから、今日は全員帰るようにとのことだ」
「先生、部活はー?」
「もちろん中止に決まってる」
「「「「デスヨネー」」」」
「あと、グラウンドの補修工事とかも入るだろうから、明日も休みになる。くれぐれも登校しないこと」
言葉が終わらない内に教室内には歓声が上がり、次々と教室を出ていく生徒達を見送る彼女におじいちゃん担任が声を掛ける。
「そうそう、分かっているとは思うがお前さんは残るように」
「………はーい……」
不良が学校で暴れそうになってバイクが炎上し這う這うの体で逃げ帰る。その度に彼女は遅れて教室に戻って来る。三回目ともなれば、察しも付くらしく有無を言わせぬ威厳を込めておじいちゃん担任は彼女を生徒指導室へと送り出す。
送り出してから担任は改めて出席簿を眺めた。自分の受け持つ生徒たちの名があいうえお順に並ぶ中、ある一点で止まる。
出席番号11番、鈴木 希望。
それが先ほど送り出した彼女の名前。しかし彼女は教師たちの間ではこう呼ばれている。
”問題児”
不良というわでもない。かと言って真面目でもない。言うなれば普通の高校生。人格は至って普通なのに習い事の環境か、はたまた両親の教育方針か。どうも物事を荒事で片付ける傾向が見られる。一応話し合いにも応じる姿勢はあるものの、気が付いたら相手が、ということが多い。問題を自ら起こすことはないが、問題が向こうからやってくる。
最早、体質と言っても良い。
気の毒とは思うが、当たり障りのないように対応するしかない。それが、担任の自分を含めた学校側の総意だった。
そしてそれが、彼女と幼なじみである彼の、代り映えのしない日常だった。
手探りで書いているので、文字数が多いのか少ないのかよく分かりません。
次はもう少し短いかも。