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krise~危機と助っ人~

ーーああ、今日は本当にツイてない。


氷気を纏った騎士剣が眼前に迫るのを視界に確認しながらヘルトは今更ながらに後悔し、これまた今更に恐怖した。

これがいつも送っていた日常であれば、今頃の時間帯にはすでに家に帰って酒でも飲んでいるか、街を行く当てもなく歩くか、どちらにせよ自由かつ気ままな生活を送っているはずだったのだ。


しかし、現実は稀有な美貌の少女との斬り合い、というか一方的な鏖殺劇。



何が哀しくてこんな命のやり取りをやらなきゃならんのか。

ああ、かつての平和な平凡が懐かしい、恋しい。

もし戻れるのならば、数時間前の自分を殴ってやりたい。


「ふざけんなテメェ殺す気か!」

「だから最初からそう言ってるで…しょっ!」


躊躇なく、寸分の狂いなく、振り下ろされる刃。

ただの刃ならば、それはそれで問題ではあるものの、ここまで恐れたりはしない。

もともとヘルトは、今日まで依頼という形で知り合いから仕事を請け負う『なんでも屋』の真似事をして生きてきたのだ。

当然、数々の依頼のなかには多少の荒事も含まれていたし、そこいらでウロついてるチンピラ程度であれば今更どうということはない。

だが、目の前にいる華奢な少女は今までの相手してきた者らとは別なのだ。

正確には、持つ才能が違い過ぎて最初から勝負が成立しない、同じ土俵にすら立てていない。


才能とは、『魔力』と『魔法』。


この二つ、はこの世界に生きる者なら誰もが持ち得る能力。

されど、万人が持っているからといって侮るなかれ、やはりどんなものでも才覚というのは関わってきて、どんなものにでも格というのは存在する。


具体的に言うならば、規模と総量。


総量とは自らが持つ魔力の量、規模とは扱える魔法の範囲を指す。


魔力とは端的に言うなら、燃料だ。

扱う魔法が高度であればあるほど使う魔力は比例して多くなり、そして扱う人間も少なくなっていく。


一般家庭の私生活にも魔法は、使われているものの、それはあくまで便利な道具としての枠を超えていかない。


だが、学院の生徒達はそれぞれの目的を持って、その枠を超えて魔法を扱っていく。


ある者は国を民を大切な者を守るために。

ある者はより魔法という文明を発展させるために。

ある者は己を満たすための力を得るために。

ある者は素晴らしい充実した日々を送るために。


理由は人の数だけあり、また数の分だけ魔法の用途も異なる。

そして、ヘルトにとって不幸な事に氷を扱う少女の魔法は力を象徴する類いの魔法。

すなわち、戦闘をするために鍛えられてきた魔法だということ。


これが他の生徒であったなら、即時に撤退するなりして終わっていた。

だが、この非常識的な外見の少女には一切の妥協というのがないのだろう。

何がなんでも逃さないという気概が伝わってくる。


「うおっ⁉︎」


ヘルトはとっさに近くに置いてあったソファーを盾にするために身を投げ出す。

間一髪というべきか、頭上を通り過ぎソファーを切り裂く。

蒼の燐光と共に、切られたソファーが一瞬にして凍りついた。見た所、かなりの高級品であろうにも関わらず、躊躇は微塵もない。

これはもう使い物にならないだろうと他人事のように思いつつも、僅かに先の斬撃に触れていたのだろう……前髪も僅かに固まり、涼やかな音を立てて砕け散った。


(……冗談じゃねぇ。こんなとこで死んでたまるか!)


寮内に舞う、蒼の斬線。

触れれば最後、氷漬けになるのは証明済み。

だからといって隠れるために色々と策を弄するが、ことごとく流れるように撃破。

ついに身を隠すための場所を失ったヘルトは慌てて家具の残骸から転げるようにして飛び出る。

本当に無防備な状態になったというのに追撃は来ない。

何故、と考えるよりも先に身を起こすと、少女が目を丸くしていた。


「貴方、どれだけしぶといのよ……学院の生徒でもこれだけやれば一撃くらい当てられるのに…」


心底驚いたように呟いた少女にヘルトは呆れたような声で返す。

少女にとってこれだけ少女の攻撃を凌いだ者は経験上、数少ない。さらにたかだか寮内に侵入してきた無法者如き、一瞬にして終わらせるつもりでいたので尚更だ。


「そいつはどうも、生憎とそれだけが取り柄なもんで。というかお前こそ、ビックリだわ。どれだけ怪物なんですかねぇ…」


剣の腕も、魔法の才も共に普通の生徒の持ち得るものじゃない。

ヘルトも少なからず魔法を武として扱う者達を見てきたものだが、それらよりも遥かに優れている。


「女性に怪物とか、失礼ね。これでもまだまだ未熟な身だと自分では思っているんだけど」

「はっ、冗談キツイっての。それで未熟だとしたら世の中、大抵は未熟な奴ばっかだっての」


少女が冗談めかすのをヘルトが苦笑と苦言で返すと、どうしてか疑わしげに見られた。


「…それにしても、おかしいわ。貴方、さっきから一度も魔法を使わない。

普通なら命に関わる事態になればいくら無意味でも、どんなに小規模であれ魔法を使うはずよ。なのに使わないどころか、魔力の動きが、ううん、魔力の存在が、全く感じられない」


少女の見る目が少しばかり剣呑になったように感じる。


それもそうだろう。


何せ魔力というのはこの世界に生きる人間ならば誰もが持つもの。

魔力とは人体に組み込まれた要素の一つであり、魔力に詳しい人間ならある程度魔力の流れというのは感じるものだ。

それを持たないということは、人として認められないし、存在しない。

だからこそ、人である以上魔力を感じないなんてことはあり得ないし、少女は疑問を覚える。


「だから、貴方に直接聞くわ。貴方は何?」


嘘は許さない、と言外に伝わる。

少女が優秀であればこそ中途半端な答えはすぐにバレる。

随分とストレートな質問にヘルトは少し思案するように間を置いてから問いかけに答えた。


「なんつーかな。別に俺は、女だからとかそういうのでやんないんじゃない。むしろ俺は躊躇なくやる派だ。けど、それはできればの話。できないんだよ、俺には魔法が使えない。魔力が無い」


ヘルトがさも当たり前のことのように話した内容は少女にとって理解ができないものだった。

信じられないとでも言いたげな、訝しげな表情を浮かべた。


「ふざけ、ないでよっ!嘘は許さないーーそう伝えたつもりだったけど」

「ああ、伝わってたよ。だから残念だけど、全く嘘なし、冗談なしの真実ってやつだよ」


肩を竦めながらヘルトが言うと、少女は発言そのものを疑うかのように目を細める。


「…そう、そうなの。この状況でまだそれだけのデマカセを言える余裕が、あるなんて…ね」


ゆらり、と少女の周囲が揺れる。

同時に何か、強い圧力のようなものが周囲に広がっていく。

ヘルトの答えは、少女にとって真実とは判断されなかったらしい。

その証拠に少女が怒りに震える。

ただ、実際にヘルトには魔力が無い、鼻から空なのだ。

それは公的機関で検査した結果も示しているし、疑いようも無い。

だからこれ以上どうこう言うことはできないし、どうしようもない。


「私、嘘は嫌いなの。魔力を持たない人間なんてありえない、次からは嘘を吐くならもっとマシなものにしなさいーーもっとも、次があれば、の話だけれど」


瞬間、先とは比べるまでもなく桁外れの出力。室内だというのに風が吹き荒れ、身は総毛立つ。


「こりゃ、マズったかなぁ…」


間違いなく、全力。

持てる力全てを出し切ろうと、まだまだ力は高まっていく。

馬鹿馬鹿しくて、あり得ない。

そんな言葉が実に似合う現象。

一応、距離だけは取っておくが、なんの意味もないことは明白。

吐く息すら、瞬時に凍るほどの氷気。


「流石に、これは逃げられないでしょ?」


少女は騎士剣を構えながら、告げる。


「冥土の土産に、私の全てを見せてあげる。最高の愚か者に対する、私なりの手向けよ」


振り上げられた刃が氷を纏い、長大な剣へと変貌し、真っ直ぐにヘルトに向かって落ちてくる。

あれに直接斬られたらどうなるか、ヘルトには分かりようもなく、足は氷によって地面から動かせない。

耐えられるのか、それとも肉片すら凍りついて原型すら残さず砕けるか。


分からない、分からないが片手を伸ばす。

落ちてくる刃を腕一本犠牲に受け止め命を守る。

ただ、それが出来そうな気がして、覚悟を決めると同時。


「ーーーーえ」


ヘルトの前に現れた影と呆然とした声。


「ふぅ、間一髪…かな。これは」


温和な声が響くと共に、氷刃は消え去り、代わりに騎士剣を片手で受け止める青年が一人、ヘルトがやろうとしていたことをいともあっさりこなしていた。


「そんな、どうしてーー」


自信があった一撃を受け止められたことが信じられないのか、突然の乱入者が現れたことが信じられないのか。

どちらかは判断がつかないが、少女から動揺した様子が見て取れた。


「なに、特に驚くことはないよ。君の魔法は確かに強い、それに美しい。他の生徒達よりも遥かにレベルも上だ。だけど、君は学院の生徒だ。生徒である以上、僕も生徒に教える教師としての矜持があるからね。すまないが負けてはいられないんだ」


言いながら、呆気に取られた少女を置いて、青年は騎士剣から手を離すとヘルトの方へ振り向く。

その一つ、一つ、取っても高貴な身分であることは明らかで、彼の言葉からも学院の教師だということがわかる。


「ああ、良かった。学院長からの指示で君を迎えに来ました、ヘルト・ルーザ君」


眩しいくらいの笑顔で握手でもしようというのか、手を差し出してくる。


どんなやつが、助けてくれたのか。

至極真っ当な疑問であり、ゆえに顔を見るのは当然の成り行きで。


「おまっーー」


そして即座に、こんな奴が学院の教師で大丈夫なのか、と学院の未来が心配になった。


肩口まで伸ばされた髪は金、瞳は青く、まさに美青年。

温和な表情、声、どれを取っても好青年であるのには間違いないのだが、ヘルトはそれ以外に評価がいった。


「お前は…あん時の…」


思い出すのは、数時間前のこと。

学院にリリアと来た時に見た光景、一連の流れ。


『おおっ、美しき花よ。どうか、どうか醜きこの身が貴方の目に映る無礼を承知であなたの前に跪くのを許していただたきたい』


耳に鮮明に覚えがある、気障な台詞を吐いた声音、温和な表情の裏に隠された変態性、どれを取っても関わりたくない人間第一位。


絶賛トップ独走中。


「…ん?何処かで僕達会ったことがあったかな?でも、一度会えば忘れたりしないはずだけど……まぁ、いいか」


名前こそ、知らないが、あの時に言ったドン引きの行動は今でも記憶に新しく。


「僕の名前はーーーー」


だからこそ、学院のしかも同じ職員だなんて信じたく…なかった。


「アスター・フォルセルカって言うんだ。これからよろしく、ヘルト君」


アスターと名乗る青年の笑顔の爽やかさが頂点に達し、まるで養分として吸い取られるようにヘルトの顔は青さを増していきーー爆発する。


「お前、生徒じゃなかったのかよぉぉぉぉぉっっ!」


ヘルトの嘆きが、寮内に響き渡った。


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