奥さん、八月九日はハグの日なんですってよ! あらやだ! 黒の執行者編
黒陽光先生の『黒の執行者-Black Executer-』より、戒斗くんと遥ちゃんをお借りしました。
是非、本編をご覧下さい。
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日が暮れても、茹だるような熱さは緩和されない。夏の暑さは昨今、殺人的である。
そんな暑さの中、遥が「スイカを食べないか」と誘ってきた。乗らないわけがない。彼女のセーフハウスに行くと、スイカを山にして彼女が待っていた。
「二玉、冷やしてあります」
庭の端にある鹿威し。地下から汲み上げたという湧き水が注ぐそこから、大きなスイカを取り出す遥。スイカは芯まで冷えていて、これまたよく冷えた部屋でありがたくご相伴に預かった。
スイカの汁でべたつく手を洗って、やっと落ち着いた。調子に乗って食べ過ぎてしまっただろうか。畳に両足を投げ出して、水っ腹をさすりながらオヤジ臭い吐息などついていると、横から視線を感じた。
「ん、どした」
遥は少し逡巡してから、おずおずと口を開く。
「戒斗、今日はハグの日なんだそうです」
「……はい?」
「八月九日、はち、と、きゅう、で、ハグの日」
目が合って、すぐに逸らしてしまう遥。顔が少しだけ、赤い。
「……あ、なるほど。そういうことか」
納得したのはその言葉遊びのようなこじつけにではない。
戒斗は遥の体を半ば強引に抱え込むと、自身の膝の上に横向きの体勢で乗せてしまった。そのまま、遥の上半身を柔らかく抱きしめる。
最初は少し驚いた様子の遥であったが、肩に顔を埋めると背中に両手を回してきた。
「こんな感じでOK?」
「はい」
耳元の声。戒斗はまるでガラス細工でも扱うかのように、そっと、そっと、遥の髪を指で梳いた。
彼女は小さく、華奢だ。その外見に拠らぬ戦闘能力の持ち主だということは嫌という程知っている。多分、素手で戦ったら自分の方が劣るのではないかということも。
だがしかし、今抱きしめているこの子は自分より小さくて、細くて、その体で精一杯戦って、ここにいる。
鉄火場に身を置く人間としての遥も、「一人の女の子」としての遥も、彼女は全てをさらけ出し何もかもをかけて、今こうしているのだ。
ならば、己はどうなのか。
自分は果たして、全てをかけ、何もかもを投げ出して彼女に応えられるのか。
思わず、抱きしめる腕に力がこもった。恐ろしいという感情なんて何年ぶりだろう。それが自分の内部から溢れてくるのだから始末に負えない。
復讐、という言葉が頭の片隅で嗤っている。その嗤い顔は、あの男をなぞっている。どうしようもないほどに塗り潰されて、狭まった視界に遥を据えて置けるのか。その中に彼女を入れても良いのか。
怖い。その時が訪れるのが、怖い。
いつまでもこのままでいられたら良いのに、と思う反面、奴を八つ裂きにするためなら全てを擲つ己がちらりと見える。
その己も、嗤っている。あいつと同じように。
「……戒斗?」
様子が変わったのを察して、遥が名を呼ぶ。だがそれ以上は何も言わず、同じ位の力で遥も抱きしめ返した。
どうか、そのままで。両の腕で抱きしめて、離さないでくれ。
フェンリルを押さえつける鎖のように、雁字搦めに捕えて縛り付けてくれ。
どうか。どうか。
この優しい世界を、自分の牙で喰らい尽くしてしまわぬように。
副題「Remind Me」 完