るい店長
手早く作業を終えた僕は、夕日の沈んだ店内に戻り、定位置とばかりに流し台で洗い物をする。するとそこに、一人の男性客が声を掛けて来た。
「どうだい? るいさんに雇ってもらえそうかい? 」
え? と思い顔を良く見ると、こないだバイトを頼み込んでいた時にちょうど来ていた人のようだ。僕がここに居る顛末を知っているというのが赤面ものだ。どうして忘れていてくれないのだ……。
「いえ、それはまだ…… 」
「今日は二日目だろ? ここの仕事はキツくないかい? るいさんはいい人だけど、僕は結構厳しいと思うんだよね 」
常連のおやじさんはそう声を掛けて来る。結構詳しそうだ。確かにいつも優しそうに笑っているが、仕事に対しての姿勢はとても真摯だ。妥協というものが見られない。自分にも厳しい分、人にも厳しいのではないかと思う。
見る限り、とても仕事がデキる人間だから、デキない人間に対してどう思うのか……。そこが不安だ。
「僕はこの店にとって失格ですかね…… 」
やはり他人から見ても、向いていないように思われてしまうのだろうか。そう簡単には諦めたくないが、自分の一人相撲になってしまっているのではないかと不安に囚われる。
「いやいや、良くやってると思うよ~。厳しいっていうのは、『状況が』厳しいんじゃなくて、『るいさんが』厳しいんじゃないかって。るいさんは何でもデキちゃうからね…… 」
その通りだ。この常連さん、かなり分かってらっしゃる。
「前は何人かバイトの子も入れてたりしたんだけどね」
なに?! それは初耳である。
「ホントですか? その人達は…… 」
「なんか、みんなすぐ辞めちゃうんだよね。るいさんあんなに優しそうなのに、それだけ仕事がハードなのかなって思っちゃうよ。だから君は大丈夫かな? って」
店長が人を使い慣れて居そうな様子はそこからだったのかも。でもすぐ辞めてしまったのなら、やはりもっと前から? あの小部屋にあるロッカーは、きっと前の人たちが使っていたものだろう。
しかしこの常連さん、予想以上に事情通のようだ。五十代ぐらいに見える人だが、近所の方かな?
「確かに店長は一人で何でも出来ちゃう人みたいだけど、ちょっと見ただけでも絶対オーバーワークだし、どんな人間にだって限界はあると思うんです。僕じゃまだまだ足りないとは思うんですが、それでも多少は店長の仕事が軽減されればいいなって思ってます」
それが僕の正直な気持ちだ。でも肝心の店長から『無能』の烙印を押されたら目も当てられないのだが……。
常連の後藤さん(というらしい)は、がんばってね、という言葉を残して店を出ていく。とりあえず常連さんには受け入れてもらえたらしい事で、少しだけ安堵する。店長の防御が鉄壁な分、外堀から埋めて行かなければ。
この日は昨日ほど客も多くなく、少しだけ慣れた分楽になっていた。店長から頼まれた別の仕事―― 退店後の食器の片付けとテーブル清掃も、特に失敗する事なくこなす事が出来ている。
やはり店長は、人の扱いにとても慣れている。仕事を任せるタイミングが絶妙なのだ。普通の人は、先に仕事があり、それを単に人へ割り振るものだ。しかしるい店長は、簡単な仕事を任せてその進捗を確認し、その様子によって次に任せるべき仕事を徐々に増やしていく。仕事の量も過度ではなく、少し疲労はするが、最初から『無理だ』と思うような事は言わないし、教え方も丁寧である。
そして重要なのが、『人に任せるということ』を認識しているという点。
はっきり言って、店長は優秀だ。人に任せるよりも、自分でやった方が何倍も早く出来るだろう。本人もそれを自覚しているだろうし、僕の様子を歯がゆく思っているという部分もあるだろう。しかし「もっと早く」とか、「それはこうしてくれなきゃ」なんて事は絶対に言わない。多少覚束なくても任せた事に対してはあまり余計な口は挟まないし、静かに見守ってくれる。それにさり気なくアドバイスやフォローも忘れない。割り振る仕事にしても、最初の内は簡単なものから、少しずつステップアップして成長を促す。クリアすると労いの言葉をかける。人を育てる上で必要な要素を多分に熟知しているように感じる。
そのような事から推察すると、やはり店長はもっとたくさんの人を使う管理職だったのではないか。そのような結論に達する。僕ならこんな人の下に付いて働きたいと思う。
あれやこれやを思い浮かべる度、なんで店長は喫茶店なんて経営しているんだ? と思ってしまう。喫茶店経営者と、今の店長に違和感を感じるのだ。
なんだか不自然な事ばかりである。
こんな事に気付ける渡辺くんは、大学生なのにかなり優秀なのではないかと思う。
お勉強はできないけどね。
こんな部下を持ちたいし、こんな上司について行きたい今日このごろ。




