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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ゼロから。

作者: 萩原 サユリ

25歳の男性が2人暮らしをしています。苦手な方はすぐにお戻り下さい。別のことをして下さい。それでも構わない、むしろウェルカムな方は読んで下さると幸いです。


ゆる〜いBLです。




「_あのさ、(けい)






同居人の稜平(りょうへい)が、右手にコーヒー、左手にドーナツ(!)という出で立ちで、仕事から帰って来た私を出迎えながら言った。


こいつがなぜこんなにも甘いモノ好きなのか…私には全く見当がつかない。


彼はケーキやらパフェやらを勝手に買ってきては私が帰る前に全て食べ尽くしてしまう。


お前の胃袋は一体どうなっているんだ。全く理解出来んぞ。


私は靴を脱ぎながら、





「何だ」





と答えた。


元々感情が皆無であった為、少しぶっきら棒になるが、まあいいとしよう。それに、このバカの事だから、多少キツく当たったって大丈夫だろう。






「慧ってさ、泣きたいとかさ、悲しいって思う時無いの?」

「_は?」





いきなり何を問うのかと思えば、それか。


彼と過ごし始めて早9年、私は感情に至ってはまだ9歳児、いや5歳児にも満たないレベルなのに、『泣く』という非機械的で理解不能な行動の原点を私から紡ぎ出そうとは、さすがこの世の無理難題に挑戦するチャレンジャーである。





「今日ふと、この9年間お前が泣いたり悲しいって言ったことないなーって思って」

「ただそれだけで仕事から疲れて帰って来た私に、真っ先に訊くのか?やはり人間は凄い生き物だな」

「お前だって人間だよ」

「私はただの造物だ」

「元、だろ」

「25年間ずっと人間だったお前とは違う」

(けな)してんの?」

「いや、逆に褒めているんだ。私より優れているってな」





私は稜平に、皮肉をたっぷり混ぜ込んだ言葉を放つ。


しかし彼はコーヒーをぐっと飲み干し、






「高校の時に言って欲しかったぜ、その言葉」






と呟く。





「はっ。誰が好きでお前を褒めるか」

「んだとっ!さっき褒めたじゃないか!」





…皮肉が分からない人間とは、こいつの事なのか。仕事をしている時にちらりと耳にする、『あの人、鈍感なのよね〜』というのはこいつの事なのか。


いや、鈍感も何も、こいつはただのバカだと私は信じたい。





「兎に角、その問いに答える気はさらさらない」

「ケチ」





私が何をケチったと言うのか。時間か?声か?





「冷血漢」





元機械人間の私に、今更言える事ではなかろうが。このバカめ。





「変人」





私は彼に聞こえるように、7年前知った『舌打ち』をした。すると彼は肩を(すく)め、キッチンに立った。湯を沸かすらしい。やかんに水を入れ、IHの電源をつける。





「ま、何でもいいけどね。お前の事なんて知るだけ損だよな〜」

「そうだそうだ。これ以上話しかけるな」

「あ、そういやさ」





_ここで、つまらなくなった人用に、彼の欠点のみを書き出そう。


____________________

1.人の話を最後まで(と言うか最初(ハナ)から)聞かない。


2.すぐ人の過去を持ち出す。


3.人当たりが良過ぎる。(友達が多過ぎる!)


4.バカ


5.うるさい

____________________


まだ他にもあるが、あまり言うと彼に悪いイメージが付いてしまう為、自粛するとしようか。


彼はニヤニヤとしながら私のカップにコーヒーを淹れ、こっちに持って来た。


(ちな)みに言うと、私たちはマンションの5階の1番奥に住んでいる。





「話しかけるなと言っただろう。何も喋るな」

「は?これはガチな話。今言わないとお前、明日死ぬぞ」

「大袈裟な」

「本当だって。俺、明日別の会社の面接受けて来る。んで、受かって入社するから」

「ほう。大した自信だな」

「これ位言わなきゃやれねぇし」





マインドコントロール、(すなわ)ち自己暗示という事か。なるほど、稜平らしいな。





「そうか。なら頑張ってこい」

「お前に言われたくねぇよ」





ならばなぜ私に言った。とことん不思議な奴だ。


会った時から。


彼は私にコーヒーとドーナツを1つ渡し、





「風呂入ってくる〜」





と言って部屋を出て行った。



そう言えば、私の社の女性社員が、





「男2人暮らしって、苦しくないの?」





とたまに訊いてくる。しかし、こいつと暮らし始めて既に7年近く経過している私に言わせてみれば、異性同士で暮らす方がよっぽど苦である。


人間は本当に凄い生き物だと、私はつくづく思う。


稜平が風呂に入っている間、私はスーツを脱いで部屋着に着替える。夕食はまだ摂っていない為、作らなければならない。が、彼はもう食べたのだろうか。訊かなきゃならん。私は仕方なく、仕方なく脱衣所へ。





「飯」

「いや」





私たちはこれで伝わるのだ。たった2文字でも伝わるのだ。


彼が手を止めたらしく、水の音がしなくなり、




「お前作る?」





と、私に聞こえるように大きな声で言う。






「そうしようと(おもんぱか)っているが」

「何それ、アルパカ?」

「…考慮していると言う意味だ。もう少し勉強頑張れよ」

「ケーキを知らなかったお前に言われたくねぇし」






また人の過去を引っ張り出す。これが彼の悪いところだ。


私は鼻で笑い、その場を離れた。


別に、彼の事が嫌いなのではないぞ。いつもの事だから、気に留めることはないと思っているだけだ。


私は夕食を作り、小さな食卓に並べた。その頃、稜平が風呂から上がってきた。


但し、全裸で。


これもいつもの事だ、気にする事はない。


………と言いたいところだが、さすがにこれははまずい。






「さっさと服を着らんか!」

「いいじゃん、別にさ。男同士なんだし」

「それでも!」

「何赤くなっちゃってんの?毎日同じ事やってるじゃん」

「つべこべ言わずに服を着る!せめて下だけでもタオルで隠してから私の前に現れろ!全く、目に毒だ!」

「そんな怒んなって。分かったからさ」






怒らなければまた同じ事を繰り返すだろう!続けてそう叫びたいのをぐっと(こら)え、私は皿を並べた。


稜平は薄い長袖のシャツに短パンで私の視界をちょろちょろと動き回る。


寒くないのか、その格好で。風邪を引きたいのか。毎日思うが、私の有る記憶の中で彼が風邪を引いたことは1度も無い。仕方がない事だと諦めている。


ただ、風邪を引いて熱を出した時は思い切り罵ってやろうと思っている私であるが。






「飯、何作ったの」

「味噌汁とほうれん草の和え物だけだ。それしか材料が無かった」

「ま、仕方ないと言うことで」





稜平は両手を合わせてきちんといただきますを言い、箸を手に取った。そういう所だけ日本人らしい。





「うん、美味い美味い」

「なら良かった」

「お前料理上手だな」





彼が和え物を口に運びながら言った。そして、





「女だったら良かったのに」





と、ボソッと漏らす。


私が女だったらお前はどうするんだ。





「ん?何か言った?」

「え?いや、別に何も」





危ない危ない。心の声が漏れていたようだ。気を付けないと…。











(食事中は面白い事が特に無かった為、カットします)











私が洗い物をしていると、稜平が近寄って来て、






「風呂、入ったら?俺がやっとくから」





と言われた。


…怪しい。いつもはこんな事言わないのに。





「いや、いい。お前は黙ってにやにやしながらアダルトビデオにでも食い付いて勝手に萌えてろ」

「お前って本当に覚えがいいよな。いつ聞いたよ、その言葉。あのな、人生には覚えておかないといけない言葉と、覚えたらいけない言葉があるんだぜ、知ってた?」

「そんな事知らん。お前が教えてくれなかった」

「普通分かるだろ!てか、まだ機械人間(ロボット)の時には分かってたぞ!」

「さあ、その時の記憶はすべて消えているが」





勿論、鮮明に覚えているのだが。





「本当かよ。覚えてるって顔してる」

「元からこんな顔だ」

「へぇ。ブサイクだな」

「お前よりマシだ」

「へっ?」

「はいはい、失礼致しました」

「うわー、ワザとらしい」

「どっか行け。邪魔だ」

「俺が代わってやるって言ってんのに、お前って本当にヒドい奴だよなー」





そんな事を言ったって仕方がない。元々人間ではない私は、お前とは全くと言っていい程違うのだから。


ここで、目の数は一緒だとかいうツッコミは要らんぞ。前にもこの稜平(バカ)に言われたからな。


私はさっさと洗い物を済ませ、風呂に入った。





「_アホ!」

「なぜ風呂から上がって言われる最初の言葉がアホなんだ!」

「ふはっ、マジウケる」





稜平が腹を抱えて笑い転げた。読んで字の如く、ソファーから転げて。


全く意味が分からん!





「何にウケてるのかさっぱり理解出来ん」

「反応っ、ふははははは!」





よく分からない。この反応のどこが面白いんだ。あなたは分かるか?


私は濡れたタオルを細くし、思い切り彼の首筋を叩いた。





「いっっっだ!!お前…やったな…!」





彼は涙目になりながらも私を睨む。


濡れたタオルはかなり強力な武器になることを教えてくれたのは、お前だからな。





「お前が教えてくれたんだろう。これは人生に必要な情報として処理をしているのだが、何か文句あるか?」

「大有りだよ!んな事覚えんな!」

「はっ。まだ柔らかスポンジ頭の私に言われても困りますぅ〜」

「…どこからその口調を手に入れたんだ!上司か!それとも女性社員か?!」

「さ〜あ、私、わかんなぁい」

「気持ち悪りぃよ、やめろ、アホ!」





私の名前はアホではないぞ?まさか忘れていないだろうな?


私は、(けい)、という名前だからな。





「それより、早く寝ろ。明日も仕事だろう?」





稜平は今、土木関係の仕事をしている。明日も何か仕事が入っている筈だ。






「そうだけど、お前もじゃねぇの?」

「何か文句あるか?」

「言葉遣いに気を付けましょうね、慧くん」

「夜中にロックミュージック、大音量で流すのやめましょうね、稜平くん」





やはり彼は私を睨む。


週に何度か、私が寝た後に音楽を聴いていること位、知っているし。と言うか、嫌でも気付く。






「そんな事ばかりしていると目がつり上がるぞ、キツネみたいに」

「俺がキツネならお前はタヌキだな」

「それでもいいな。化け比べをやってみるか?」

「ほんと、嫌味な奴…」





口に関しては負けた事はない。と言うか、負けたくない。あのバカに負けるなど、屈辱でしかない。


私は会話を終わらせ、髪を乾かし、歯を磨く。



実は、これは全て、彼が教えてくれた。


生まれて初めて毎日つくり変わる生の体をもち、毎日埃などの汚れを落とさなければいけなくなった私に、彼はとても丁寧に教えてくれた。


初めて風呂に入る時は、一緒に入ってあれこれ世話を焼いてくれた。


更には、トイレの使い方まで。


私は彼に感謝しなければならないが、まだ感謝という気持ちがどのようなものなのか、よく分かっていない。今でも、まだよく分からない感情がいくつもある。


『悲しみ』もその内の一つだ。



マンションの部屋にある部屋数はそんなに多くない。寝る場所は、彼と同じだ。ベッドが1つと、布団が一式。先に寝る方がベッドを使うことになっているが、どちらかと言えば私は布団の方が好きだ。今日も布団に入る。彼は何も言わないので、承知しているのだろう。


暗闇に吸い込まれながらも考えた。





私にとって『悲しい』とはどんなことだろう。今まで無意識、()つ無感情で人を(あや)めてきた私にとって、『悲しみ』とは一体何なのだろう、





と。





ありがとうございました。

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