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中学生の恋愛模様

        【一・中学生】

 

 中学生にもなると周りの友達の興味はカードやゲーム、漫画から恋愛へと変わってしまった。

 男子も女子も、先生すらも誰が誰を好きだとか、誰と誰が付き合っているだとか、他人の色恋沙汰に興味を示している。

 今日も、親友である健二にこう言われた。

「なぁ、お前って好きな奴とかいねーの?」

 僕は正直に「うーん、いないなぁ」と答えた。

 健二は「嘘だろ……」とまるで僕が変人だと言わんばかりのリアクションをする。恋人のいる自分がさも偉いと勘違いしているのか、健二は自慢げだ。

「遅れてるなぁ。俺なんか今付き合ってる彼女と明日で1ヶ月になるぜ」

 だから何だよと言いたくなる衝動を何とか抑える。けれど少しだけ頭にきたので、最近もお二人はお暑いようだね、まだ春なのにと皮肉を混ぜてからかってやった。

 が、健二は「まーな!」と満面の笑顔でサムズアップ。

 どうやら彼には皮肉が通じないみたい。呆れた僕はああそうですかと机に突っ伏し、これ以上は何も聞かまいと寝る体勢を取った。

「あーあ、すねちゃった」

 これ以上は相手にして貰えないと悟った健二は「嫉妬しっとすんなよなぁ」と半笑いで言い残し去って行った。

 

 ふん。誰が嫉妬なんかするか! 誰が! 

 …………。好きな人かぁ。


 独り言を零す。

 健二の言ったことが、魚の小骨の様に胸に突き刺さってムズかゆい。

 僕は今まで一度も人を好きになった経験が無い。だから、人を好きになる楽しさや、喜び、辛さがさっぱり分からない。人は人を好きになると、どんな事を感じて、何を求めるんだろうか?

 その答えを知りたくて、胡散うさん臭い哲学書を当てにしたことが何度かあった。どれを読んでも良く分からなかった。多分、本を書いている作者本人にも理解できていないではないだろうか。

 曖昧な表現で結論を濁す事がほとんどだ。

 

 あれから結局、恋心とは何かについて一日中考えていた僕は授業や部活に身が入らなかった。

 授業中、終始ぼーとしていたことを担任の先生に怒られていたせいで部活には遅れ、ミスを連発した上顧問にも怒られ、更に後片付けを一人でやれと面倒な罰を受けることになったけど、それもこれも健二のせいだ。

 今度アイツに何かおごらせよう。ああ、あと片付けを手伝ってくれない薄情はくじょうなチームメイトにも。

 

 僕は一人寂しく片付けを始める。

 散らかったバスケットボールをカゴにしまい、下げたゴールを上げ、体育館の窓を閉める。

 たったそれだけの作業を終え、ふと時計を見ると時刻は午後六時半。完全下校時間をとっくに超えていた。

 やば、まだ着替えてないし、かばんも教室の中だ……。

 僕は慌てて制服に着替え、教室に向う。

 薄暗い廊下を校則違反の全力ダッシュで駆け抜け。教室のドアの前まで着くと、中から言い争う男女の声が聞えた。

 こんな時間までだれだろう?

 僕はドアを少しだけ開き隙間から中を覗く。するとそこには、学年一の不良木村と、学年一の才女高田さんが対峙していた。

「おい、テメー調子こいてんじゃねぇぞ!」

「こいてません!」

 なんだかただならぬ雰囲気。あんまり関わらない方が身のためだなと二人のほとぼりが冷めるまでドアの前で待機することにした。

「本気で俺に喧嘩売ってんな、今更謝ってもゆるさねぇぞ!」

「だから、売ってな……ってちょっと! 何よ! こっち来ないでよ!」

「うるせぇ! 叫んだら殺すぞ!」

「ちょっと、なんで、うそでしょ?」

 なにやらすごいことになっているようで、木村が高田さんを羽交はがいい絞めにしていた。

 どうしよう……。見なかったことにして帰ろうかな。

「ちょっと! 何してんの? やめてよぉ」

 高田さん声には涙が混じっている。好奇心に駆られた僕はもう一度教室を覗いた。見ると、木村は高田さんの制服を脱がそうと闇雲やみくもに衣服を引っ張っていた。

 うそだろ? さすがにそれはまずいんじゃ。

 そう思った僕だが、高田さんを助けようとはせず。せめて先生に知らせようと、ゆっくりとした動作で踵を返した。

――その時。


 キュッと上履きと床とが擦れる音を鳴らしてしまった。

「誰だ!」

 木村が叫ぶ。

「助け、んっ」

 高田さんは助けを求めるが、木村によって口を塞がれたのだろう。声は遮断しゃだんされた。

 やばい、どうしよう。とりあえず猫の声真似してみるか?

「にゃ~お」

「なめてんのか?」

 ですよねぇ。どうしよう……。逃げなきゃ。

「おい! テメー早く入ってこいよ!」

 うわぁ、本当今日は最悪だよ、どうすんだよ、これ、絶対ただじゃ済まないじゃんか!

「早くこい」

 木村は歯を噛締めながら催促さいそくしてくる。僕は軽くパニックになり数秒、教室に入ろうとドアに手を掛けまた数秒。止めようと手を離して更に数秒。

 意を決し……、と言うか諦めて教室内に入った。

「おい、お前さっき俺をおちょくったよな?」

 すごみながら木村は言う。

「いえ、そんなことはないです」

 下を向いたまま僕は答える。

「おい、テメーこっちみろよ!」

 木村が叫ぶ。声に驚いた僕は、体をぴくっと跳ねらせ顔を上げる。高田さんは既に木村の腕から逃れていたみたいで、乱れた衣服も気にせず僕のことを心配そうに眺めていた。

「お前も俺のことなめてんの?」

「いえ、なめてないです」

 同級生に敬語を使い、ビクビク答える僕はかなりダサいだろうけど、逆上ぎゃくじょうさせたら最後下手すると殺されてしまう。僕はなるべく怒らせないように気をつけて喋る。

「まぁいいや、ほら、お前もう帰れよ」

「え?」

 思わず聞き返してしまった。帰ってもいいのと安堵する。

「聴こえなかったのか? 帰れつったんだよ!」

「はい!」

 僕は自分の席へ向い歩き出す。

「おい! 何近づいて来てんの?」

「あっ! いえ、その。鞄を教室に置きっぱなしで」

「なんだよ、はやくとれよ」

 苛立つ木村は眼を飛ばす。僕はへらへら笑って机に向う。高田さんは目に涙を浮かべ、小刻みに震えていた。

 このまま置いていったらヤバイよな……。

「おい!」

 鞄を手に持った僕に、木村が話しかけてくる。

「な、なんでしょう?」

 僕は聞く。

「このこと、誰にもいうんじゃねえぞ!」

 短く悩んだ後、無言で首肯した。

「分かって、……ますよ」

「そうか、ならさっさと消えろ」

 教室を逃げるように去り、廊下に出る。張り詰めていた緊張が一気に解け、僕は尻餅を付いた。膝が大笑いしている。

「はぁ」

 深い溜息つき、ゆっくりと立ち上がる。僕は振り返り、一度教室のドアを見つめた。

「はぁ」

 先程よりも深い溜息をつき、沈鬱ちんうつとする気分を胸に身を翻した。現実身のある恐怖に涙を流しそうになりながら、僕は昇降口に向って歩み始める。

 高田さん、どうするんだろう。やっぱ先生を呼んだほうがいいのかも……。でもチクッたのが俺だってばれたらまずいよなぁ、絶対仕返しされる。

 第一、僕は高田さんとはクラスメイト以上の関わりは何も無い。わざわざ、自分の身を危険に晒してまで助ける義理も、人情も、勇気だってない。

 はぁ、もういいや、忘れよう……。

 昇降口で僕は上履きをスニーカーに履き替える。その時も高田さんのことは仕方がないんだ、僕のせいじゃない。木村に喧嘩を売ったのがまずかったんだと自分に言い聞かせ、罪悪感からの解放を試みるが、当然失敗に終わった。


 下駄箱で靴を履き替え外に出ると、空は青黒く染まっていた。その黒い空の中、まだらにちりばめられている星達の輝きが僕の目にはなんだか曇って見えた。


        【二・中学生】

 

 私は今、クラスメイトの木村に性的暴力を加えられる寸前にまでおちいっている。

 彼は私を羽交い絞めに抱きかかえ、衣服を脱がせようと手を掛けた。

「ちょっと! 本当にやめてよ!」

 それでも彼は手を止めず、私の制服を脱がせようと服をやたらに引っ張る。

「うるせぇ! 黙ってねぇと殴るぞ!」

 彼は鬼の形相で私に凄んだ。

 なんで、なんで私がこんな目に会わなくちゃいけないのよ!

 私は恨む。あの時、木村君がタバコを吸っている所を意気揚々《いきようよう》と注意した自分と、私を置いて逃げた佐々木君のことを。

 佐々木君が悪い訳ではないけど、普通あの状況で私一人置いて逃げる?

考えられない! 

「くそっ、なかなか脱がせられねぇな」

 彼はそう呟き、一層力を込めて制服を引っ張る。助けを呼びたくても、口を手で塞がれてしまい、声が思うように響かない。

「あー、むかつくな! もういい、引き千切るか」

 その言葉に私は体を捩ったりして、何とか抵抗しようとするけれど、男の力の前では赤子も同然。その行動は怒りを助長させるだけだった。

「んんんんっ、んんんん!」

「うるせぇ! っつてんだろ!」

 彼は私を殴る。力はこもってなかったけれど、私が恐怖から萎縮するには十分な効力があり、それ以降の私は彼のすがままになった。

「お前が俺をおちょくったせいだからな?」

 彼はそう言うと、私のブレザーを力一杯に引き千切った。

 本当に何で……。こんなことに。

 彼はブラウスに手を掛ける。首元を掴み、下に思いっきり拳を落とす。それにより、ブラウスに付いてたやわいボタンはぶちぶちと音を立て制服からはずれ、床にぶちまけられた。

「最初から大人しくしてれば何もしなかったのにな」

 彼はニヤケ面で私に喋りかける。私は彼を睨みつける。けれど、それは火に油を注ぐ行為だったようで、彼は「そうやって睨みつけられると、なんかムラっとくるな」とにやけた。

 彼はブラウスを力任せに脱がせ、私の上半身を守る布はブラジャー一枚になった。

「やべぇな、がり勉でもくるもんあるな」

 彼の性欲、興奮は青天井に増加していく。私は舌を甘噛みした。もし、木村がこれ以上の事をするなら、かみ切って死んだ方がましだ。

「声出したら殺すからな」

 彼は耳元で囁き、ブラジャーのホックを外す。もうだめだ。私は諦め目を瞑る。顎に力を入れ、舌をかみ切ろうとした。微かに血の味が口内に広がる。

 お母さん、お父さん、ごめんなさい。私が死を決意すると。

「や、やめろ!」

 突然、教室内に聞き覚えのある声が響き渡った。私と彼は声の聴こえた方を見る。

「や、やめてあげてください……」

 そこには、逃げたはずの佐々木君が立っていた。


        【三・中学生】


 怖い、逃げたい、殴られたくない。

 みすぼらしく啖呵を切ったものの、僕は木村に恐れ戦きそれ以上何も出来ずにいた。

 一方で喧嘩を売られた木村は僕をきつく睨みつけ、ラッパーみたいな歩き方でゆっくりと近づいてくる。肩で風を切り、眉間にしわを寄せて。

「お前さぁ、消えろって言わなかったっけ?」

 声を押しつぶすように、歯噛みして彼は言う。

「でも、さすがにそれはヤバイから、なんていうか、やめた方がいいと思う、います」

 木村の怒りがそれで収まるとは微塵も思っていないけど、万が一があるので一応僕は「やめようよ」ともう一度言う。

 木村は耳を貸さず僕の方へ近づいて来た。

 横目で高田さんの居た方を見る。先ほどと同様に僕のことを心配そうに見つめていた。

 やがて、木村は僕の元に辿り着いた。彼は僕の襟を掴んだ。顔と顔が触れ合う寸前まで近づけ「殺すぞ」と囁く。

 よし、今だ!

 僕はポケットに忍ばせておいた砂を掴み、それを木村の眼球目掛けて投げつけた。木村は一瞬怯むも、襟を掴んだまま離さなかった。

 あれ? 逃げられない? 不測の事態に戸惑うも僕は叫ぶ。

「高田さん! 早く逃げて!」

 高田さんはパニックになり、その場でおろおろしだす。

「早く!」

 僕は半べそになりながら促す。高田さんは急いで教室を後にした。

「おめぇーよ。相当俺を怒らせてぇんだな、腕の一本は覚悟しろよ?」

 くそぉ、上手く行かないなぁ。てか、助けはまだかよ! 早く来てくれ!

 呼び付けておいた先生の登場が思ったよりも遅くて焦る。何とか殴られまいと後退あとずさりするけど、木村の力はかなり強く腕から逃れることが出来なかった。

 頬、肩、お腹、背中と次々に殴られ、蹴られ、打ち付けられる。木村の酷い罵声と打撃音が教室内に鈍く響く。

「う、……ぐぁ」

 木村の拳が鼻っ面を強打した。その拍子に、僕は後方に吹っ飛び鼻から血を流す。

 ああ、これは曲がったな。

 手で鼻を抑えると、鼻の形が歪んでいるのが分かった。ああとか、ううとかうめき声を漏らしながら、曲がった鼻を押さえる。僕を見下ろす木村の目は、完全に瞳孔が開いていた。

「殺す」

 木村は血を見ると興奮する性癖を持っていると噂で聞いたことがあったけど、まさか本当だとは……。

 木村はふー、ふーと肩で息をして雄叫びみたいな声を上げながら、乱雑に転がる椅子を掴み上げた。そして、僕の頭部目掛けて振り下ろそうと構えた。

 涙に、血に、鼻水に、少しだけ尿。体中の液と言う液を流し頭を抱える僕。

 木村は椅子を力一杯に振り落とす。その刹那、狙ったかのようなタイミングで「木村!」と呼びつけておいた山口先生の声が教室に届いた。声に驚いた木村は照準を狂わせ、僕のすぐ横何ミリかを椅子で叩き付ける。

「助かったぁ……」

 ほっと胸をなで下ろす。それから、その場に泣き崩れた。喚きはしないが声を殺してすすりり泣く。木村は教室に入って来た山口に押さえられるも、今だ興奮が冷めないのか支離滅裂に怒鳴り散らしている。

「おう、佐々木、大丈夫か?」

 山口先生が僕に聞く。

「鼻がぁ」

 僕は涙声で大丈夫じゃないことをアピール。

「うわぁ、こりゃひでえ、曲がってる」

 山口先生は大人しくなった木村を椅子に座らせ、僕の顎を掴んで苦痛の表情を浮かべ、骨折かなと呟いた。

「よし、まかせろ」

 彼はにこやかに笑うと、鼻っ面を掴んだ。

「え?」

 何をしようとしているのか理解する間も無く、鼻を元の位置まで無理やり押し戻され。

「○※□#△~~~!!」

 言葉にならない絶叫を僕は吐き散らした。


        【四・中学生】

 

――その後。

 卯月うつき、先負三隣亡。人影少ない逢魔ヶ《おうまがどき》時の校舎内に、突如として響き渡ったこの世の物とは思えない悲鳴。それを聞きつけた数人の教員が根源となり、夏休みに入るまでの七十五日の間、校舎に潜む悪霊がどうたらと、事件は学校の一不思議として噂される事になった。

 噂の真実を知る山口先生は、木村のことや高田さんのことを考慮して、真相を誰にも喋らずにいるそうだ。まぁ、学校の評判を考えての事だと僕は思う。

 騒ぎを起した張本人である木村は別の学校へ転校した。それは自主的になのか、山口先生が仕向けたのかは分からないが、復讐が怖かった僕はひとまず安心出来た。

 幸いにも、その後木村からの接触は一切無いし。事件前と何も変わらない学校生活を存分に満喫することが出来ている。……いや、二つだけ変わったことがあった。

 それは僕の鼻が少しだけ右に曲がった事と、恋人が出来たことだ。


 木村と一悶着のあった日以来、高田さんは度々喋りかけてくる様になった。いつの間にかお弁当を作ってくれるようにもなって。放課後一緒に勉強したり、下校したり。はたまた、休日二人で出掛けたりして。

 そうしてつい先日、高田さんから告白された。

 突然の事で戸惑ったけど、付き合ってみることにした。

 正直、恋人になった今でも、高田さんの事が好きなのかどうか分からずにいる。嫌いではないから、好きなんだろうけど……。どうなんだろう?

 ああ、そうだ。高田さんの話で思い出したけど、もう一個変わった事と言うか……、悩んでいる事がある。

 なんて言うか、たいした事じゃないけど。高田さんと会う時に限って動機が激しくなったり、顔が火照って熱っぽくなる事がある。

 何か悪い病気なんじゃないかと心配になった僕は、親友である健二に相談してみた所。

 それは不治の病だなと笑われてしまった。

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[一言] 少し短いけど、良かった
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