9.会話
9.会話
翌日、優実はちゃんと使用人用キッチンにいた。俺は扉を開けて、一応礼を言った。
「昨日はゼリーとプリン、ありがとうな。」
「いえ。」
そして優実は遠慮がちに笑った。
「最初に『今日は何?』って言わないの、珍しいですね。」
完璧に笑顔だと解る表情を見せるなんて何の魔法か、心境の変化なのか。しかも俺は、優実のその笑顔を凄く凄く可愛いと思ってしまった。一日顔を合わせなかっただけで、どうしてこんな気分になるんだ?
少し狼狽しつつ、俺は言った。
「昨日は暑かったから、凄く美味くて……。絶対、顔を見たら最初に礼を言わなきゃって、そう思ったんだ。」
「そうなんですか?喜んで頂けたのなら、私も嬉しいです。」
と言いながら、何故か距離を感じる。明らかに社交辞令だからだろう。
俺はため息をついた。
「どうか、なさいましたか………?」
不思議そうな優実の大きな瞳に吸い込まれてしまいそうで、俺は視線を逸らして言った。
「……今日は何?」
「シュークリームです。」
「シュークリーム?」
問い返すと、優実はまた微笑んだ。
「勿論、雅之様には普通のシュークリームでは物足りないと思いましたので、シューケーキにしました。……デコレーションしちゃいますので、もう少し待って下さいね。」
頷いた俺は椅子に座った。
「なぁ、聞いても良いか?」
「何ですか?」
「お前、何でここにいるんだ?」
「えっ?」
優実の訝しげな、寂しさの混じったような視線に、俺は慌てて言い足した。
「ごめん、変な言い方をしてしまったな。悪いって言ってる訳じゃないんだ。母親と二人で住み込みっていうから、もしかして複雑な事情がある家庭なのかなって、ちょっと気になって………。」
「複雑な事情?」
「つまり、片親、とか………。」
言いにくいことを、顔をしかめながらでも口にした俺に、優実は微かな笑みを見せて首を振った。
「違います。私にはちゃんと自慢の父がいますよ。今回、こういうことになったのは、私の人見知りが原因なんです。あんまり酷いから荒療治だって……。」
「人見知り?!」
「はい。人前ですと緊張して、どうしても顔が強張ったり、言葉もキツくなっりしてしまうんです。このままだと、大人になってから困るって父が………。」
「じゃあ、もしかして初めの頃、俺に対しても人見知りしていたのか?」
優実は恥ずかしそうに俯いた。
「はい。ごめんなさい。………ただでさえ人見知りなのに、男の人と話すなんて、私にはハードルが高くて……。緊張の余り、酷い言い方ばかりしてしまいました………。」
俺はほっと息をついた。
「……まぁ、それは別に良いけど。特殊な家庭環境で、優実が辛い目に遭っているのかと勝手に想像して、心配してしまったぜ。でも哀しい境遇じゃなくて良かった。」
優実は驚いたように目を瞠った後、満面の笑顔を浮かべた。まるで花が綻ぶように。
俺の心臓が大きな音を立てて跳ね上がる。
「お優しいんですね、雅之様。心配して下さって、ありがとうございます。」
そして、円形のシューケーキが差し出された。シュー皮とシュー皮の間に、生クリームとカスタードクリーム、イチゴとバナナが挟まれている。見た目にもとても綺麗だった。
だが、これをフォークで食べようとすると非常に難しい。フォークでは簡単にシュー皮が切れずに、間のクリームやイチゴを潰してしまうのだ。そのクセ、バナナだけは、ある程度の大きさにカットされているにも関わらず、頑として形を、立ち位置を保持している。
優実はまた微笑んだ。こんなに笑顔を見せる彼女は初めてだ。
「誰もいないので、手とフォークの両方を使って召し上がっては如何です?」
「そうだな。」
俺は上のシュー皮を手に取って、クリームやイチゴ、バナナをフォークで乗せつつ、口に運んだ。
「美味いよ。今日も。」
「ありがとうございます。」
「それは俺のセリフだろう?!」
「そう、でしょうか?」
俺は頷いて、改めて言った。
「いつも美味いスイーツ、ありがとう。」
彼女は照れたように頬を染めた。
その表情に瞳が釘付けになってしまった俺は、つい指を伸ばしてしまって……、だが触れる前に腕を戻した。胸が締め付けられるような感覚が胸に残った。




