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8.差し入れ

 8.差し入れ


 今日は凄く暑く風も無かった。まだ三月なのに、この真夏のような暑さは何事か。

 勉強する気にならず、俺はテーブルに向かったまま、ぼーっとしていた。経営学も経済学も政治問題も、全く頭に入らない。集中できないのに、やるだけ時間の無駄だ。

 そう思っていたら、ノックと共に響が現れた。手に盆を持っている。

「雅之様。良いものを戴いてきました。」

 差し出されたのは大きめのグラスいっぱいのゼリー、クラッシュゼリーだ。それも上から透明、黄色、オレンジ、赤、グリーン、紫の六層になっている。合間に見えるのは色々な果物の欠片。ゼリーの上にはバニラアイスクリームとミントの葉。涼しげで凄く綺麗だった。

「響。どうしたんだ、これ?」

「先程、優実さんと廊下ですれ違った時に、よろしかったら取りに来てくださいと……。今日はとても暑いので、ということでしたので、ありがたく戴いてきました。」

 アイツの手作りなら味も間違いない。俺は凄く嬉しくなった。

 スプーンを手に取って、ゼリーに向かう。ひんやりと爽やかな味は、この暑さを身体の中から一掃するかのようだ。

 見ると響が物欲しそうにしている。

 コイツには前科があるから、俺はスプーンにすくって、一口だけ差し出した。

「味見するか?」

「はい。」

 嬉しそうに寄ってくる。まるで犬みたいだ。

 そう思った俺は、はたと気が付いた。優実から見た俺も、スイーツを前にシッポを振る犬にしか見えていないかもしれない。それは男として、ちょっと嫌だったりする。

「美味しいですね。さっぱりします。」

「これ以上はやらないぞ!」

 響はかなり残念そうな顔をした。

「……仕方ないですね。優実さんも『雅之様に』って言ってましたし。」

「夜、顔を合わせたら、礼を言わなきゃな。」

 ところが、夜になって風呂上がり、また使用人用キッチンに行くと、明かりが消えて誰もいなかった。

 冷蔵庫の中にはホールケーキサイズのでっかいパンプキンプリンひとつと、使用人用と思われる小さなパンプキンプリンがたくさん入っている。ちゃんとホールの方にはスプーンも付いている。

 昼のゼリーの礼も言おうと思っていた俺は、肩すかしを喰らった気分だ。

 考えるに、俺に気がある女どもとは違って、優実はスイーツを作ることのみが重要で、それに対する俺の反応は二の次、三の次なのだ。だからおそらく、礼を言われようと言われまいと、関心が無いのだろう。もしかすると、特別な相手という訳でもない俺の口に合うかどうかにさえも関心が無いのかもしれない。

 パンプキンプリンを一口食べた。

 美味い。

 間違いなく俺好みの味なのだが、静かな部屋で、たった一人でスイーツを食べても、あまり美味しく感じられない。矛盾しているだろうか。多分、いつも静かであまり表情が変わらない優実であっても、いないと何かが足りない気分になるのだろう。寂しく感じるのかもしれない。だが、寂しいから側にいてくれなんて、幼稚園児のようなセリフが言える筈もない。

 一人で食べなきゃならないのなら、先に作っておいて、冷たくするスイーツは嫌だな。

 そう俺は思った。


季節感がズレていてすみません。

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