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5.冷たいスイーツ

 5.冷たいスイーツ


 今夜はどういう方法で、あの女からスイーツを手に入れるか。

 勉強の合間の休憩時、俺は頬杖を付いて考える。色仕掛けはどうも無理そうだ。二日目のあの反応の薄さを考えると、他に好きな男がいるか、もしくは男嫌いだと思われるからだ。かといって、何かと引き替えにするにしても、代償にするべきもの?こと?が解らない。

 それにしても、たかが女の手作りスイーツが、どうしてこんなに美味いんだろう?今夜は何だろうか?チョコレート系か?だがパイというのも考えられる。想像するだけで、頬が緩んでくる。

 ヘタレた顔になった俺を不審に思ったのか、響が問い掛けてきた。

「雅之様。何、百面相をなさっているのですか?」

 俺は響に優実が作るスイーツの話をした。

 響は少し考えて口を開く。

「普通に頼めばよろしいんじゃないんですか?ストレートに、俺の分までスイーツを作って欲しいと。」

「それはそうなんだが、あっさり却下されそうだよ。」

「やってみなければ解りませんよ?」

「まぁ、そうだな。今夜、ちょっと頼んでみるか。」

 俺は今夜もスイーツをゲットする為に、そして今後も俺の分まで余分に作ってもらえるように頼もうと、使用人用のキッチンへ向かった。まるで誘うような甘い香りがする。

 だが、辿り着いた使用人用のキッチンは電気が消え、静まりかえっていた。

 俺にケーキを奪われない為に、作る時間をずらしたのだろう。かといって、ケーキを配るのは明日だと思われる。どこかに隠してある筈だ。

 と思った俺は、普通なら確実に置いてあるだろう冷蔵庫を開けてみる。そこにはちゃーんとプチフールサイズに切り分けられたレアチーズケーキが鎮座していた!

 食べたい!

 誘惑に負けそうになる俺を、様子を見に来たらしい響が止めた。

「勝手に召し上がっては、今後自分の分まで作ってもらえなくなりますよ?」

「でも食べたい!」

 響はため息をついた。

「解りました。もしかすると、もう寝ていらっしゃるかもしれませんが、一緒に優実さんのお部屋までお願いに上がってみましょう。……但し、本来は遠慮しないといけない時間ですよ?!しかも相手は女性ですからね。こんな真似は二度としないよう肝に銘じておいて下さい。」

「ああ。解っている。」

 響に連れられて優実が使っていると思われる部屋の前まで行く。響がノックして呼び出すと、大きめのパジャマをダブつかせた優実が出てきた。といっても着ているのは上だけ。下はそのまま素足が伸びていて、その柔らかそうな白さに俺は思わずドキッとした。色んな女のミニスカート姿やショートパンツ姿を見慣れている筈なのに。いつものメイド服でないせいか。

動揺する心に気付かれないように、間髪を入れずに俺は言った。

「ケーキ食べたい!」

「……こんな時間にこんな所まで来て、それですか?」

 また呆れたような顔をする優実に俺は続けた。

「ああ。本当は勝手に全部食べようと思ったが、響に止められたんだ。」

「え?足りなかった訳じゃないんですか?」

「足りなかったって?」

「雅之様の分もあったでしょう?冷蔵庫の中に。」

「へっ?本当か?」

「でないと絶対に食い逃げされると思いましたので。カットしてあるケーキの下の段に、いつもと同じ大きさのカットしていないケーキが入ってます。それが雅之様の分です。……一緒に参りましょうか?」

 響が笑顔で断った。

「ありがとうございます。ですが時間ももう遅いので、私が雅之様に付き合いますから、優実さんは休んで下さい。」

「はい。」

 素直に頷く優実に、俺は笑顔を抑えきれずに言った。

「ありがとう。」

「………いえ。」

 優実の、苦笑混じりの返事が返ってきた。

 使用人用キッチンに戻って冷蔵庫を開けると、確かにカット済みのケーキが置いてあるその下の段に、カットされていないレアチーズケーキがあった。カット済みのケーキの影になっていて、気付かなかったのだ。ご丁寧にフォークも添えてある。俺が探さなくて良いように考えてくれたのだろうか。

「………結構大きいですね………。」

 ため息を噛み殺す響に俺は言った。

「でも甘さも控えめでしつこくないし、美味くてさ、一昨日もその前の晩も、この大きさのケーキを完食したんだ。昨日は饅頭だったけど。」

「そうなんですか?」

「うん。……一口、食べてみるか?」

「よろしいですか?」

「うん。一口だけな。本当に一口だけだぞ?!」

 その一口が勿体ないんだが、相手が響ならば仕方ない。優実のところにも付き合ってくれた訳だし。

 そう思ってフォークを渡すと、響は嬉しそうな顔をした。

「ありがとうございます。実はチーズケーキが大好物なんですよ、私。」

「だから、一口だけだぞ?!」

 こんなにしつこく言ったにも関わらず、俺が油断している間に、響はでっかく三口も食べやがった。

「一口だけって言っただろうっ?!」

 俺が絶叫してフォークを取り上げると、響は実に幸せそうな笑顔を浮かべやがった。

「本当に美味しいですね!こんなに美味しいチーズケーキは久し振りです。」

「三口も食べやがって!俺の大事なケーキを!」

「ですが、雅之様が夢中になっておられるのもよく解りました。これならいくらでも食べられそうです。」

「そうだろう?!」

 言いながら俺はフォークを握り直した。最初の一欠片を口に入れる。あっさりした甘さに濃厚なチーズのコクが口の中に冷たく溶ける。今日のケーキも真剣に美味い。

 俺に取られるのが嫌で時間をずらしたのかと思っていたが、どうやらそうではなくて、俺が食べる時間にちゃんと美味しい温度に冷えているように、わざと早めに作ってくれたのだ。

 そう思うと、食べる側の人間を思いやる優実の気遣いが嬉しくなる。

 響が少し笑った。

「ですが、ケーキに夢中になり過ぎて、これからも自分の分を作ってもらえるように頼みませんでしたね。まぁ、頼まなくてもこうやって作ってくれた訳ですが……。」

「うん。いつも仏頂面してるみたいだけど、本当は悪いヤツじゃないのかもな。」

「そんなにいつも仏頂面しているんですか?」

「うん。無表情っていうか……。言葉もちょっとキツめだし。」

「ですが、こんなに美味しいスイーツを作れるのですから、それなりに心遣いのできる女の子なんでしょうね。」

「そんなもんか?」

「ええ。スイーツを作るのには、細かいところまで行き届く繊細さが不可欠ですからね。それが無ければ、こんなに美味しくは仕上がらないと言って良いと思います。」

「………難しいもんなんだな。」

「はい。」

 何にしても美味い!今夜も俺は、響に取られた分を除いて、全て、腹に収めた。余は満足じゃ!

 だが、一人で部屋に戻ってベッドに腰掛けた俺は、妙な気分に襲われた。何故かさっき見た優実の白い脚が頭にチラついて落ち着かない。異様な圧迫感を持った胸は、いつもよりも速く躍動している。呼吸が浅くて荒い。もしかして、スイーツ大好きの俺が、生まれて初めて『胸焼け』なるものを体験しているのか?今夜は響にも取られているし、負担になる程食べてはいない筈だが。そう思いながら、ベッドに横たわる。が、その夜、俺に眠りが訪れることは無かった。



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