24.確かめ合った想い
24.確かめ合った想い
中沢家に戻った時も、車を下りてから優実の部屋までお姫様抱っこで通した。優実は恥ずかしいのか、気を遣っているのか、かなり遠慮していたが、泣きそうになる程体調の悪い優実を歩かせる気にはならなかった。
優実を部屋に送って女性の使用人に優実の世話を任せた後、俺は自分が使わせてもらっている部屋に行き、普段着に着替える。休憩すると動きたくなくなりそうで、俺はその勢いのまま、浴室へ向かい風呂に入った。
その後、何となくキッチンへ向かう。今夜は優実もお菓子作りどころではないのは解っているが、俺はあの場所が落ち着くんだ。暫くそこでぼんやりしていようと思った。
それなのに、行ってみると先客がいた。優実の筈がないと思い、微かに扉を開けて覗くと、キッチンにいたのは間違いなく優実だった。
「優実!お前、何やってんだ?!」
思わず扉を開けて言うと、優実が顔を上げた。顔が涙で濡れている。
「そんなに泣く程体調が悪い時まで、スイーツを作らなくて良いんだぜ?!」
優実はポロポロ涙を落としながら、俯いて立っている。首を微かに横に振った。
こんな状態の時まで、俺の為にキッチンに立つ優実が愛おしくて、そっと引き寄せた。
その時、ズボンの後ろポケットが振動するのを感じる。俺の携帯だ。そういやマナーモードにしたままだ。
「ちょっと待って。」
片手で優実を引き寄せたまま、もう片手で携帯を取り出す。と、メールの着信マークが出ていた。
「鈴か。」
と呟いて、中身を確認せずにポケットに携帯を戻す。確かめなくても、ほぼ間違いなくさっきの写真を送信してきたんだろうと思った。
そう思って優実に目を戻すと、一瞬前に輪を掛けて、涙でボロボロになっている。
「やっぱり辛いのか?部屋に戻るか?」
ぷるぷると首を横に振った優実は、囁くように言った。
「………ごめん、なさい………。私のせいで、帰ってくることに、なった、から………。」
それで鈴からメールがあったと優実は思ったらしい。俺は優実の思い違いを正そうと口を開いた。
「心配するな。俺が先に帰ったくらいで、鈴は怒ったりしない。」
言った途端、優実の瞳に新たな涙が盛り上がってくるのが見えた。そこで、俺はようやく別のことに気が付いた。自分に相当都合が良い別の解釈に。思い切ってカマをかけてみる。
「そういや優実に、鈴のことを紹介しなかったな。」
優実は俯いた。
「鈴、いや鈴菜は俺のひとつ上なんだが、女の方が上だと、ひとつくらいなら、同じ年とあまり変わらないよな。いや、かえって鈴の方が幼いかもしれない。」
下を向いたままの優実が小さく肩を震わせているから、俺は凄く愛おしくて、それ以上の意地悪は出来ないと思った。引き寄せたまま、その耳に囁いた。
「………ここだけの話だが、アイツ、少しでも紘己さんの力になりたいって、アレルギーの勉強をする為に、専門の学校に進学したんだぜ?!完璧な片思い中で、多分、告白さえもしていないんだけどな。」
「………え………?」
優実が涙に濡れた顔を上げるから、俺は前屈みになって、その瞳を覗き込んだ。
「もしかして、ヤキモチ焼いてくれてたのか?」
俺が言うと、優実はまた大粒の涙を、その頬に落とした。
「………だって………。」
「だって、ってことはやっぱりヤキモチだったんだな。」
こんなに優実が泣いてるのに、俺は嬉しくて仕方なかった。
「ごめんな、先に言わなくて。アイツは、鈴は、俺の姉貴だ。」
「お、姉さん……?」
「ああ。前にも少し言ったが、アレルギー専門の学校に進学して、そこの学生寮に入って生活している。春休みも講習があって帰ってこなかった。いずれ優実にも紹介すると約束しただろう?!」
そして俺は携帯を取り出した。
『褒美を取らす』
というタイトルで、さっきホールで俺が見せてもらった写真が貼付されているのを、優実に見せる。
「……これ………。」
そう言ったきり言葉にならずに、瞳に涙を溜めたまま顔を真っ赤にする優実に、俺は続けた。
「この時は気が付かなかったが、どうやら俺の母親が撮って、鈴に送信したらしい。……こんなものを平気で送ってくる相手が、俺の恋人である筈がないだろう?!」
「………うん………。」
頷いた優実を、俺は今度こそ抱き寄せた。
「………こんなに泣いたら目が腫れるじゃないか。」
「……だって……、また、雅之さんに……、逢えなく、なるって………。」
俺は優実から少しだけ身体を離した。顔を覗き込む。
「また?」
「うん。」
「またって?」
優実は恥ずかしそうに視線を逸らした。
「……前にも一度、雅之さんに、逢ったこと、あるの………。」
「そう、らしいな。」
「うん。小学校の二年生の時だった………。私、お客様がいらっしゃるって聞いて、その時生まれて初めて、お母様みたいに、お菓子を作ろうって思ったの……。材料を混ぜて焼くだけの簡単なカップケーキならできるって思って……。」
「うん。」
「だけど、オーヴンのクセまで考えてなくって、表面が焦げてしまって………。」
俺にも記憶がフラッシュバックした。
「思い出したぜ。俺、匂いにつられてキッチンに行ったら、お前が泣いていたんだ、焦げたって言って。」
「うん。」
「焦げたのは上の方だけだし、俺の為に作ってくれたんだろう?って、お前から奪い取って全部食べた、よな、確か。」
「うん。焦げなんて関係ない、お前の気持ちがこもっているから美味しいって、言ってくれた………。私、凄く嬉しくって、今度逢えるまでに上手に作れるようになって、また食べてもらいたいって、そう思ったの………。でも、ずっとずっと機会が無くて、次に雅之さんに逢えたのは、この春休みだった………。」
「俺、ガキん時と全く同じ事をした訳だな。匂いにつられてキッチンに行って、お前からお菓子を奪い取って食べた。………成長してねぇな。」
俺は苦笑いした。だが、俺を見上げる優実の瞳は潤みながらも澄んでいる。
「ううん。成長していないんじゃないの。私が緊張し過ぎてキツく当たってしまっただけで、雅之さんは優しいままだった………。だから、側に、いさせて、欲しかった………。」
「だが今夜、鈴が俺をポカスカ殴ってんのを見たんだよな?!」
「うん………。普段、女の子の方から近付いていっても、笑顔でいることのない雅之さんが……凄く、楽しそうに、見えた………。だから、恋人なのかなって………。凄く、綺麗な、人だったし…………。」
俺は優実の頭を撫でた。
「あんまり不安がるなよ。俺にはお前しか見えていないんだから。もっと自信を持て。」
「………え?」
問い掛けるように見上げてくる優実に、俺はゆっくり囁いた。
「……お前が、好きだよ。」
また、優実の瞳に涙が盛り上がる。
「……私も……好き、です………。ずっと、ずっと前から………。」
消え入りそうな声で囁くのが愛おしくて、俺は優実を抱き締めた。
「もう、泣くな。」
「………うん。」
今度こそ、優実の小さな掌が俺の背中に当てられているのを感じて、俺は腕に力を込めた。甘くて幸せな香りに包まれて。




