23.紘己と鈴菜
23.紘己と鈴菜
今夜は一乃原グループ主催のパーティーがある。このグループの現総帥は、真実子夫人のお兄さんに当たる為、優実もパーティーに出席することになっていた。勿論、俺がエスコートしなくてはならない。
と思っていたが、先日話してくれた従兄弟達がいて、そのうち一番下の女の子、麻里亜と優実が二人でお喋りを始めてしまった。ただぼんやりとその後ろに立っていると、あの男が近付いてきた。
「………君が、高神 雅之君、だね?」
声を掛けられて、俺は頷いた。
「はい、そうです。」
「僕は一乃原 紘己、ここの次男なんだ。………少し話ができるかい?」
俺は優実に視線を走らせた。それに気付いたのか紘己さんは微笑みを見せた。
「優実なら、麻里亜と……、僕の妹と一緒にいるから少しくらいは大丈夫だから。」
そう言われて断る訳にもいかず、俺は紘己さんについてバルコニーへ出た。綺麗な月が辺りを照らしている。
「……君は優実の作るケーキをホールで完食したんだって?」
「…………はい。」
「それから、優実と水族館に行って、ぬいぐるみとストラップを買ってあげた、とか。」
「……どうしてご存じなんですか?」
警戒しつつも失礼にならないように尋ね返すと、紘己さんは苦笑しながら言った。
「優実は余程嬉しかったんだろうね、その日のうちにメールが来たよ。僕じゃなくて麻里亜のところにだけどね。」
「そうですか……。」
「小さい頃から兄妹のように育ってきたから、僕にとって優実はもう一人の妹だと言っても良い。だが、僕は卵のアレルギーで、これまで優実の作るお菓子は殆ど食べてあげることができなかった。そのせいで、昔、可哀想な思いもさせたことがあったんだ。」
「………そうなんですか。」
「ああ。……それで、君に言っておきたかった。」
紘己さんは凄く穏やかな優しい瞳をしていた。そう、恋人ではなく保護者のような瞳。
「あいつのケーキを喜んで食べてくれてありがとう。それは僕にはどうしてもしてあげられないことだから………。そして、もしも君が優実を好きになってくれているのなら、あいつをよろしく頼むよ。人一倍デリケートで人見知りな子だから、兄貴分である僕からすれば心配なんだ。」
紘己さんが何を思ってこんな話をしたのか、俺には判断できなかったが、それでも俺に対する態度や言葉に大人の男を感じさせられた。一歳上というのは、これほど違うものなのだろうか。それとも、一企業の社長の息子と、次男とはいえグループ総帥の息子では、与えられる試練や乗り越えなくてはならない苦労が桁違いなんだろうか。いずれにせよ、俺は正直、紘己さんが優実の兄貴のような相手だったこと、恋敵にならなかったことに、胸を撫で下ろしたい気分だった。
「はい。」
俺が大きく頷くと、紘己さんは笑顔を見せた。
「ありがとう。」
「いえ。」
俺も笑顔を返した。
二人でホールに戻り、紘己さんに頭を下げて、俺は優実のところに戻ろうとした。が、凄い勢いで飛び付いてきた女に阻まれる。
「雅之っ!あんた何やってんのっ?!」
「鈴っ!」
来ているとは思っていなかった、姉の鈴菜だった。
「お前、どうしてここにいるんだっ?!」
「お姉さまに向かってお前って何事よ!」
超が付く程着飾っているが、その表情を見る限り、何だか滅茶苦茶機嫌が悪そうである。
「………鈴。何、怒ってんだ?」
鈴菜は口を尖らせた。
「そりゃ怒るわよ!何であんたが紘己さんと二人っきりで話してんの?!しかもバルコニーで!月明かりを浴びながら!ロマンティック過ぎるじゃない!狡いと思わないの?!」
そういや鈴菜はアレルギーの勉強をするために今の学校に進んだのだ。まさか、と思いつつ、俺は言った。
「凄くカッコ良いんだぜ、紘己さんは。」
「そんなこと、知ってるわよ!」
「大人っぽくて、男らしいし。」
「あんたもそう思う?!」
「だけど、卵アレルギーだって。可哀想だよな、食べられる物が制限されるっての。」
「そうなのよ!だから私、少しでも食べる楽しみが広がるように、紘己さんの為に勉強したいって思って………って、何言わせんのよ!!」
やっぱりそうだったのか。
ポカポカ胸を叩く鈴を見下ろして、俺は言った。
「………でも、暫く見ない間にちっちゃくなったなぁ、鈴。」
「あんたが無駄にデッカくなったんでしょうが!」
頭を撫でてやると、鈴は益々腹を立てたように言った。
「しかもあんた、いたいけな女の子に手を出してるってどういうこと?!早々と色気づくんじゃないわよ!!」
「?女の子に手を?って何のことだ?」
「ネタは上がってんの!お母様から写メが来てるんだから!」
写メ?もしかして『あ~ん』の?
だが、目の前に出された鈴の携帯に、俺は絶句した。思わず奪い取る。
「何だよ、これ………。」
驚いたなんてもんじゃない。優実が家に戻ると聞いた、あの晩の………。だが、いつの間に撮られたんだろうか?俺は全く気付かなかったし、多分優実も気付いていなかった筈だ。
だが、写真をよく見て、俺には解ったことがあった。あの時は激情に駆られていて意識できなかったが、抵抗できなくなっていると思っていた優実の細い腕が、躊躇いがちには見えるものの、俺の背中に回されている。つまり、俺が一方的に抱き締めた、と思っていたのに、この写真を見る限り、お互いに抱き合っているんだ。
俺は滅茶苦茶嬉しくなった。
「………鈴。後で俺の携帯にもこの写真送っといて。」
「やぁよ!」
鈴が言った時、紘己さんが戻ってきた。
「雅之君。歓談中のところ申し訳ないんだが、優実が少し体調が悪そうなんだ。行ってやってもらえるかい?」
「はい。」
頷いた俺は、更に続けて紘己さんに言った。
「じゃあすみません、紘己さん。姉の鈴菜をお願いしても良いですか?」
紘己さんは笑顔で頷いて、鈴に向き直った。鈴の頬が上気する。
これでか~な~りデカい貸しを作ったんだから、鈴も写メを送ってくれるだろう。俺はちょっと笑って、優実のところに戻った。
「優実、大丈夫か?」
俺が声を掛けると、振り返った優実は涙目になっていた。
「辛いか?」
と聞くと、俯いてぷるぷると首を横に振った。だが、優実はすぐに遠慮する性格だと俺にはもう解っている。
「家に帰るか。」
有無を言わさず、俺は優実を抱きかかえた。所謂お姫様抱っこというヤツである。
「まっ、雅之さん。」
見ていた周囲がどよめくから、優実は涙目のまま、真っ赤に頬を染めて狼狽えた。だが、俺は気にせずそのまま優実を抱えてホールから出た。
お姫様抱っこ……、王道ですね。




