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2.使用人の娘

 2.使用人の娘


 いずれ大企業を継ぐとなると、学校の科目以外にも勉強しなければならないことがたくさんある。俺の教育係も兼ねている響に教わったり、自分で調べたりしている内に夜が更けた。

「雅之様。無理をしても効率は良くありませんから、今日のところはこれくらいで。」

 時計を見るともう十時を回っていた。

「………そうだな。響も今日はもう休んで良いぞ。」

「ありがとうございます。」

 頷くと響は

「失礼します。」

と部屋を出て行った。

 ゆっくり風呂に入った俺は、小腹がすいてきた。

 厨房に行けば何かあるかな。

 そう思いつつ廊下を歩いていくと、どこからか甘い香りが漂ってくる。

 厨房に違いない。

 だが、厨房は明かりが消え、整然とした状態を保っている。とすれば、考えられるのは、使用人用のキッチンだ。

 真っ直ぐに向かい、廊下から僅かに開いた扉の中を覗くと、昼間父親に紹介された使用人の娘がいた。凄く幸せそうな顔で、四角いスポンジケーキに生クリームを絞っている。トライフルの生クリームを駄目にされたことを思い、俺はそのケーキは貰って当然のものと考えた。

 わざと音を立てて扉を開けると、幸せそうだった使用人の娘、優実の表情が強張った。まるで能面のように無表情になる。

 これまで大量の女どもの顔を見せられてきた俺には、コイツの無表情が妙に異質に感じた。気を引きたいが為に装った無表情とは違ったからだ。もしかすると、俺がスイーツを味わうのを至福と感じるように、コイツはスイーツを作る時を至福と感じているのかもしれない。そこに割って入ったから、はっきりきっぱり不機嫌なのだ。

 だが、所詮コイツも女。俺がちょっとお願いすれば、簡単にケーキをくれる筈だ。

 俺にしては、超が付く程珍しく笑顔を見せた。

「できたら俺にもくれない?そのケーキ。」

「ごめんなさい。無理です。」

 一刀両断され、俺は言葉に詰まる。貰えると確信していただけに、思いっきり狼狽してしまった。

「なっ、何でだよっ?!」

 優実の、俺を見る瞳は冷たかった。

「これは使用人の皆さんに作ったものですから、材料もそれなりのものですし、作ったのも素人の私です。雅之様のお口に合うとは到底思われません。」

 だが、駄目だと言われると益々欲しくなる。

「良いじゃないか、少しくらい。」

「いえ、お腹を壊されても困りますので。」

「使用人のクセに刃向かうのか?!」

 俺がつい怒りを込めて呟くと、優実は益々感情の見えない瞳になって言った。

「だからこそ、雅之様には怪しげなものをお渡しする訳にはいかないのです。」

 そうして優実は四角いケーキにナイフを入れ始めた。

 まずは四方を綺麗な断面になるように切り落とす。その後、等間隔で縦方向に切り始めた。成る程、使用人用と言うだけあって、ケーキをプチフールサイズで人数分に切り分けるつもりのようだ。その為に円形ではなく、敢えて四角くケーキを焼いたのだろう。

 一方向を切り終えて、ケーキをずらし、もう一方向に切り始める。素晴らしく可愛いプチフールが仕上がってゆく。その濃厚な甘い魅力に、俺が敵う筈がない。優実がケーキ切りに夢中になっているのを横目で確認した俺は、一番手前の端のひとつを素早く指でつまんだ。何とも言えない柔らかい感触に眩暈がしそうだ。バレる前に口に放り込むと、甘すぎないクリームとふんわりとしたスポンジ、間に挟まれた甘酸っぱいイチゴの相性が絶妙で、更に言えば、有名店のように完成されたものには感じられない、手作りならではの素朴な味わいも深い。その素朴さというのは、意外にも俺にとってかなり新鮮なプラスポイントだった。思わず状況を忘れて言ってしまう。

「美味い!」

 優実が顔を上げた。顔をしかめ、キツい眼差しを向ける。

「あ~!駄目ですってちゃんと申し上げたじゃないですか!どうして食べてしまわれるんです?!」

「俺にスイーツを食べるなって言うのは、息をするなと言っているのと同じことだ。」

 言いつつ二個目を口に入れる。つまみ食いがあっさりバレた今、これ以上遠慮する気は毛頭なかった。しかもケーキは、食べれば食べる程俺好みの味に思える。顔がだらしなく緩むのを止められない。

「本当に美味い!」

「みなさんの分が無くなります!これ以上は止めて下さい!」

「無くなったらまた作れよ。どうせ春休みだ。時間はいっぱいあるだろう?」

 そう言って俺は三個目と四個目を続けて口に入れた。至福の時だ。

 そんな俺に、優実はケーキを切るのを止め、諦めたように言った。

「………数が足りなくなったので、もう良いです。お好きなだけ召し上がって下さい。」

 差し出されたフォークを受け取ると、彼女は椅子を持ってきた。遠慮なく座った俺は、思う存分手作りケーキを食べた。イコール切り落とされた端っこも含めて全て完食だ。つまり、これだけ食べてもしつこくなく、最後まで美味しく食べられる逸品だったということになる。

「ご馳走様。本気で美味かったぜ。」

 優実は呆れたような、それでいて笑顔を堪えているかのような複雑な表情をした。

 部屋に戻って落ち着いてから、俺ははたと気が付いた。普段は、自分から女に話し掛けることさえ皆無に近い俺だ。変な女の作ったものなんか気色悪くて、スイーツをプレゼントされても食べたことは無かった。なのに、どうして今日は食べてしまったんだろうか。しかもそれが自分の意志だった。向こうは俺には全くスイーツをくれるつもりなんか無かったようなのに。空腹だったせいなのだろうか。だが、真剣に美味かった。満足感と共にそう思った。



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