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19.うやむやになる悩み

19.うやむやになる悩み


 翌日。

 俺は祥生に全て話した。勿論、中沢家に当分行くことは話してあったが、そこの娘が優実であったこと、彼女の人見知りを改善する為に一緒に行動することになったこと、そして、優貴氏にいずれ優実が欲しいと宣言し、その為の勉強を始めたことも包み隠さず話した。

 全部話し終わると、祥生はふーっと大きく息をついた。

「それって、運命って言って良いのかな……、縁があったってことだよな………。」

「だと良いが………。」

「ただな。」

「ただ?」

 祥生は俺に意味ありげな視線を向けた。

「………雅之。お前、俺に話していたこと、忘れてないか?」

「祥生に話したこと?」

「新入生名簿を見て似ている名前の子達を見に行った時、中沢 優実は女友達と三年の男と喋っていたって言ってただろう?!奥手な彼女に男と話ができる訳ないって。」

 そうだった。ということは、優実には俺以外にも普通に話ができる男がいるということなんだ!

 俺は目の前が暗くなったような気がした。

「………じゃあ、好きな男がいるってことか………?」

「可能性は否定できない。だが、彼女のケーキをホールで食ったのが雅之だけっていうのが本当なら、その三年の男は今の段階では彼氏じゃないだろうとは思うが。」

 だが、優実の心が俺に向いていないのであれば、俺のやっていることなんて道化と変わらない。

 俺の受けた衝撃に気遣うように、祥生は僅かに微笑んだ。

「まぁ、彼女にとって、お手製のケーキを平らげてくれる雅之も間違いなく特別なんだから、後は堂々と彼女を狙う他の男達と渡り合っていくしかないだろう。その、三年の男も含めて。」

「そうだ、な……。今、やれることをやるしか、ないんだよな………。」

 たとえそれが空回りであったとしても。

 夜になって、初めて朝比奈さんと顔を合わせた。優貴さんの教育係と言っていたので、どんなお爺さんが現れるのかと思ったが、意外にも優貴さんや俺の父親と変わらないくらいの年齢層の男性だった。ただ、その見識の広さ、深さには感嘆せざるをえない。それくらい、何でも知っていて、他家の俺にさえも惜しみなく教えてくれているのが感じられた。俺は今夜の勉強だけで、朝比奈さんに好意を持った。彼に指導されるのであれば、頑張っていけるだろうと思える程に。

 だが、自分で自覚する以上に、優実の男問題に対するショックはデカかったらしい。

 勉強を終えてキッチンに行くと、今夜のスイーツはベイクドチーズケーキだった。家にいる時にレアチーズケーキを作ってもらったが、その時響に大きく三口も横取りされたことを思い出し、無性に響に会いたくなる。俺が本当に自分の全てをさらけ出せる相手は、祥生と響しかいないからだ。

 食べるスピードがいつもに比べて極端に遅く、美味いとも言わない俺に、優実は泣きそうな顔になった。

「……やっぱり、本当は、美味しくないんですね………?」

 泣きそうな顔も可愛くて、俺は益々苦しくなる。だが、昨日あれだけ言っておいて、今夜優実の心を粉々に砕くようなことはしたくない。俺は首を振った。

「いや、勿論美味いよ。」

「じゃあ、具合でも悪いんですか………?」

「そういう訳でもない。………ちょっとした悩み事だ。気にしないでくれ。」

「だって……、気になります。心配なんです………。」

 なんてベソをかいて言われると、やっぱり可愛くて、俺は少しだけ意地悪したくなる。

「……じゃあ、このベイクドチーズケーキ、食べさせてよ。」

「……えっ……?」

「あ~ん、って。」

 優実は照れたように真っ赤になりながら、それでも俺の手からフォークを取った。指先が触れて、俺の心臓が大きく跳ねる。

「……はい。」

 と言われて俺は口を開ける。

 恥ずかしいのか、『あ~ん』とは言ってくれないが、それでも一生懸命俺に食べさせようとしてくれる優実が、凄く愛おしい。さっきまでの憂鬱さが吹き飛ぶくらいに俺は幸せな気分になった。だが、全部食べさせてもらうまで、ご機嫌な顔は見せちゃいけない。見せてしまったら、そこで恥ずかしがり屋の優実は、確実に俺にフォークを返すだろう。

「……はい。」

 俺はまた口を開けた。

 カシャ。

「むぐっ!」

「えっ?」

 突然の異音に、俺も優実も固まった。二人同時に音のした方に顔を向ける。

 真実子夫人が携帯電話を構えていた。

「おっ、お母様!」

「あらあら、気にしないで続けなさいな。さっき鈴ちゃんから雅之君はどうしてる?ってメールがきたのよ。だから写真を送ってあげようと思って。」

「「ええ~~~っ?!」」

 俺と優実の声が重なった。

 ちょっと待て!ということは、俺が優実に甘えている写真が、母親のところに送信されるってことか?!

 何を思うのか、優実も激しく狼狽えている。

「雅之君なら、ここでの生活を十分満喫してるわよ~って返信するだけだから心配しなくて良いわ!」

 そんな写真を見られたら、俺は家に帰れなくなってしまう。

「真実子さん、勘弁してくださいよ~。」

「大丈夫よ!良い男に撮れてるから。」

「いえ、そういう問題じゃなくって~~!」

 俺の抗議をものともせず、真実子夫人は満面の笑顔を見せた。

「平気、平気!ここでも二人が仲良しさんでいるって分かったら、鈴ちゃんだって安心するわよ。」

「困りますよ~!何しに行ったんだって叱られますよ~!」

 俺が泣き言を言うと、真実子夫人は朗らかに笑った。

「何しにって、優実を口説きに来たんでしょ?!」

「「ええ~~~っ?!」」

 また俺と優実の声が重なった。

「じゃあ、お邪魔虫は行くわね。鈴ちゃんにメールしなきゃならないし。………ちゃんとあ~んの続きをするのよ?!」

 いやに命令口調で言った後、真実子夫人は部屋を出て行った。

 また二人に戻ると、妙な気恥ずかしさが残る。

「………今更だけど、やっぱり自分で食べる………。」

 俺は小さく言って手を出した。

「………はい………。」

 フォークを返してくれた優実は顔を真っ赤にしている。自分では見えないが、多分俺も真っ赤になっているだろう。まさか、ケーキを食べさせてもらっている写真を撮られるとは思っていなかった。迂闊だった。


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