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18.戻ってきた二人の時間

18.戻ってきた二人の時間


 優貴氏との面談を終えると、ようやく俺もホッとした。そして、ホッとすると同時にじわじわと嬉しさがこみ上げてくる。とりあえず、本来なら一番の難関である筈の少女の父親に、彼女を手に入れる努力をすることを赦されたのだ。優実の父親が優貴氏であったことが、俺にとって何よりも幸運だったといえる。勿論、本当の意味での一番の難関は、優実の心を手に入れることだろうが。

 廊下を進んでいくと、甘く香ばしい香りが漂ってきた。切なく感じる程懐かしい、俺の大好きな香りだ。

 キッチンと思わしき扉を開くと、優実がオーヴンを覗いていた。

「今日は何?」

 俺が尋ねると、控えめな微笑みをくれる。

「シフォンケーキです。」

「プレーン?」

「プレーンとチョコレート、抹茶の三種類、焼きました。一種類だけじゃ物足りないかと思って……。生クリームも用意してあります。」

 煌めく大きな瞳も、控えめな微笑みも、可愛らしい声も、何もかもが懐かしくて凄く愛おしい。失ったと思っていただけに尚更そう感じるのかもしれなかった。

 優貴氏に優実が欲しいという話をしたと言ったら、彼女は一体どんな顔をするだろうか?

 そう思いながら俺は尋ねた。

「お前、家に戻っても、毎日何か作ってたんだろう?」

 だが、優実は瞳を伏せて呟くように言った。

「……いえ、実は今夜、雅之さんのお家から戻ってきて初めて作るんです………。」

 考えもしなかった答えに、俺は声が裏返った。

「は?何でだ?」

「………家では、雅之さんみたいに喜んで食べてくれる人がいないから………。」

 寂しそうな瞳の優実に近寄って、俺は彼女の頭をそっと撫でた。

「お父様はお母様の作ったものしか食べないし、これまで使用人のみなさんに食べてもらっていたんですが、それも私が食べてって一方的に押し付けるだけで、喜んでもらえてる訳じゃなかったと思うんです。」

哀しそうな声に、俺は首を傾げた。

「そうか?それは違うと思うぞ?!」

「……えっ?」

「優貴さんは確かに真実子さんの作ったものしか食べないかもしれないが、使用人のみんなは、優実が自分達の為に時間を割いてお菓子を作ってくれていたことに感謝していると思うぞ?!大体、疲れたら欲しいだろう、甘い物。それを作るのに必要な材料も無料じゃないし、手間暇掛けてお前が手作りしたものだ、雇われている者にしたら、その心遣いだけでも凄く嬉しいんじゃないのか?」

「……でも、たくさん食べて貰ったことなんて無くって………。」

「そりゃ、俺みたいにケーキをホールで平らげるなんて奴の方が珍しいし、それに、使用人から主の娘である優実にケーキのおかわりをねだるなんてこと、普通はできないぜ?!」

 優実は躊躇いがちに言った。

「私………私の作ったスイーツが、美味しくないんだろうなって、ずっと………。」

「思ってたのか?……もしかして、その為に、最初に俺達が逢った時、ケーキくれなかったのか?」

「だって、自信が無かったんです……。雅之さんならきっと舌が肥えていらっしゃるから、あげたら不味いって言われるんじゃないかって思って、怖くって………。」

「だが、全部平らげたのを見ても、暫くの間は渋っていただろう?!どうしてだ?」

「全部召し上がってくれたのは、本当に雅之さんが初めてだったから……、最初は気まぐれなのか、私をからかっているのかって、不安で………。でも、次の日も召し上がってくれて、ケーキ以外のものも全部食べてもらえて、私、本当に嬉しくなって………。」

 俺はちょっと笑った。

「そういや手作り饅頭を食べてからだったな、優実が頼まなくても俺の分までスイーツを作ってくれるようになったの………。」

 小さくコクンと頷く優実が可愛くて、抱き締めたい気分になった。

 が、邪魔が入った。オーヴンである。焼き上がりを知らせる音が鳴ったのだ。

 俺の腕に捕らえられる距離にいた優実が、身を翻してオーヴンに向かった。ちょっと残念で、だけどちょっと嬉しい。本当に久し振りに優実のスイーツにありつけるのだから。

「……じゃあ、今夜は俺の分しか作らなかったのか?」

 優実は振り返って、恥ずかしそうに頷いた。

「はい。」

「なら、生クリームも全部食べて問題ない訳だな?!」

「はい。」

 嬉しくなった俺は、ケーキに生クリームを掛けるのではなく、フォークで一口サイズにしたケーキを生クリームの器に突っ込んで、たっぷり付けて口に運ぶ、というかなり贅沢な食べ方をした。そして、もし最後に生クリームが残ったら、スプーンを突っ込んで豪快に食べるのだ。これは、真のスイーツ好きなら、絶対にやってみたいことのひとつだと断言できる。

「美味い~~~!」

 俺が絶叫するから、優実は頬を紅潮させて笑顔を見せた。そんな可愛い顔を見せるのは反則だ、と俺は思う。思いながら口を開いた。

「明日からまた、使用人の分も作ると良いぜ?暫く食べられなかったんだから、使用人達の嬉しさもひとしおだと思う。」

「はい。」

 ………だから、破壊力抜群のその可愛い笑顔は駄目だって。



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