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17.優貴氏

17.優貴氏


 夜になって、俺は優貴氏に面会を申し込んだ。

「もう優実の調教は嫌になったかい?」

 面白そうに言う優貴氏に俺は首を振った。

「少しお伺いしたいことがありまして。」

「何だい?」

「昼間、彼女が言っていたことは本当ですか?」

「昼間、言っていたこと?」

「はい。彼女の結婚相手に会社を任せるという………。」

 優貴氏はため息をついた。

「そうせざると得ないだろうね。……私自身は、女性を差別するつもりは無いし、優実がバリバリ働いて会社を自分の手で大きくするんだという気概があれば、相応の教育を施すつもりでいた。だが、あいつには経営に対してそれだけの熱意は無いし、あの極度の人見知りを考えると、会社を動かしていくのにも無理がある。とすると、優実の結婚相手に頼るしか法は無い。」

 優貴氏は少し表情を和らげた。

「私は、優実の結婚相手に条件をつけるつもりはない。学が無くてもその気さえあればいくらでも挽回できると思っているし、財力や社会的地位を当てにするつもりもない。ただひとつ条件があるとすれば、あいつを愛し、大切にし、あいつにも愛される男であって欲しいと願っている。」

「その条件を満たせば、誰であっても?」

「そうだね。」

「なら、どこの誰か判らないような男に渡すくらいでしたら、僕に下さいませんか?」

 覚悟を決めて言ったつもりだったが、少し声が震えた。だが、優貴氏は柔らかく微笑んだ。

「……まだ中学に入ったばかりで『お嬢さんを下さい』的発言を聞くことになるとは考えてもいなかったが……、勿論私は、雅之君なら申し分ないと思っているよ。」

 優貴氏はそう言うが、上流階級や富裕層の家庭では、生まれてすぐに婚約を決められることも多々あるくらいで、中学生だから早いとは言い切れない。というか、早いと思って待っている内に、他の男に攫われることの方が俺には怖い。完全に優実を手に入れる迄は、先手先手で行く方が賢いだろう。そう思いつつ、俺は口を開いた。

「………実はまだ僕は彼女に愛されるという条件は満たしておりません。ですが、彼女のことも、高神産業も、そしてナカザワ・コーポレーションをも背負っていける男になる努力をしていきます。ですから、優貴さんが僕を後継者として認めても良いと思い、更にその時点で優実の心をも得られた場合は、常に彼女の隣に在る権利を僕に下さい。」

「そこまで言ってもらえるのは嬉しいが、関連性の無い二つの企業を纏め上げ、発展させていくのは、口で言う程簡単ではないよ?!」

「解っているつもりです。それで、厚かましいのですがお願いがございます。」

「何だい?」

「経営のこと、人を使う上での心得、仕事を進める上で重要な駆け引きのノウハウ等、必要と思われること全てを僕に教えて下さい!」

 優貴氏は真っ直ぐ俺を見た。俺も真っ直ぐ見つめ返す。

「本当に本気なんだね?」

「はい。勿論です。」

「ならば、最初は朝比奈を貸してやろう。朝比奈は私の教育係だった男だ。私の経営手腕と呼べるものは全て、この朝比奈に叩き込まれたと言って良い。………ただ、昼間はやはり優実を連れ出して欲しいんだ。例え将来君と結婚することになったとしても、一緒に人前に出なければならない機会がどうしても出てくるからね。だから勉強は夕食以降になっても良いかい?」

「はい。ありがとうございます。」

「今日はもう遅いから、明日の晩からにしよう。」

「はい。」

 優貴氏は頷いた後、表情を緩めた。

「今度はこっちが聞いても良いかい?」

 俺は首を傾げた。

「何でしょうか?」

「雅之君は女の子に人気があるだろう?!それなのに何故優実を?」

 何故、と聞かれても、これ、とはっきり断言できる理由は無いような気がする。好きになるまでの過程には常に彼女の手作りのお菓子があったというだけで。だから俺は正直に答えた。

「解りません。いつの間にか、という感じです。」

「そうか………。優実は、父親である私から見ても、人見知りが激し過ぎる。そんな優実に、雅之君を夢中にさせられる行動が取れるとは、どうしても思えなくてね。」

 それはそうだ。優実が俺を落とそうと意図して、行動した訳ではないのだから。俺が勝手に彼女に魅力を見出し、絡め取られてしまっただけの話。

「……彼女はただ、趣味のお菓子作りをしていただけです。僕がそれに囚われてしまっただけで。」

 優貴氏は声を上げて笑った。

「成る程ね。私もアップルパイで落ちたし。男ってのはどうしようもないな。味覚を支配されると脆くなる。」

 俺も笑った。

「本当にそうですね。」



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