15.中沢家
15.中沢家
あっという間に六月に入り、俺は中沢家に伺った。
目の前には憧れの優貴氏がいる。
「よく来てくれたね、雅之君。」
「宜しくお願いします。」
満面の微笑みを浮かべる優貴氏に、俺は頭を下げた。
「早速だけどね、雅之君には是非頼みたい仕事があるんだ。」
「何でしょうか?」
「ウチの子の根性を叩き直してやって欲しいんだ。」
「……と言いますと?」
「これまで雅之君は、パーティーなんかでウチの子を見たことはあるかい?」
「いえ、無いと思います。」
紹介された覚えが無いのだから、会ったことは無いだろう。
「そうだろうね。一人っ子にも関わらず、パーティーや会合には一切出たがらない。」
「どうしてなんですか?」
「単にわがままで人見知りで根性無しなんだ。だが、いつまでもそんな子供のような行動が赦される訳ではない。もう少ししっかりしてもらいたくてね。頼めるかい?」
「はい。最善を尽くします。」
「じゃあ、紹介しよう。連れてくるから、ちょっと待っていてくれるかい?」
「はい。」
少しして現れた優貴氏に、俺は度肝を抜かれた。俺に指導をというくらいだから、てっきりお子さんは男の子だと思っていたのだが、それが女の子で、しかも粉袋か米袋のように肩に担いでいる。しかもスカートだった為に、白くて形の良い脚、太股の後ろ側が強烈なくらい丸見えで、更に座っている俺に対し優貴氏は立っている訳だから下着さえ見えてしまいそうなアングルなのだ。
「ゆっ、優貴さんっ!」
慌てたような俺の様子に、優貴氏はちょっと笑った。
「下着が見えた?」
「……いっ、いえ。」
「でも君にはちょっと刺激が強すぎたかな?」
面白そうに言う優貴氏に答えたのは、彼の娘の方だった。
「やだっ!お父様の意地悪!離して!」
何だか凄く懐かしく感じる可愛い声。だが、それを俺が深く考える間もなく、その声に優貴氏が答える。完全に親子喧嘩だ。優貴氏のそんな姿を見ることになるとは思っていなかった俺は、唖然としたまま状況を見守るしかなかった。
「お前がちゃんとしていれば、私だってこんなことはしない!」
「お父様は自分の意見を通す為なら、私の気持ちなんてどうでも良いのよ!」
「自分の立場を考えてからものを言え!いつまでも子供のようなことを言っていてどうするんだ!お前は会社を継いでいく身なんだぞ?!」
「そんなの嘘よ!どうせお見合いさせられて、好きでもない人と結婚させられて、その人が会社を継ぐんでしょ?!」
俺も正直、娘の言う通りだと思った。大体、人見知りの激しい人間が企業をまとめていけるとは到底思えない。そうでなくても、女性というだけで差別されやすい世界なのだ。
「どうして好きでもない相手とだって言い切れる?お前もその相手を好きになるかもしれないだろう?!」
「そんなのはどっちでも良いの!どっちにしても、会社はその人が継ぐんだから!なのに何で私に教育係なんて必要なの?!いらないでしょ?!」
「お前なぁ……。」
「何よ!」
「お前が言ったんだろうが。知っている人で、お前が作ったお菓子を食べてくれる人で、なるべく話しやすい人を連れて来たら、自分の教育係だと認めても良いと。私はそれに該当する唯一の人物を連れてきたんだ。諦めなさい。」
「嘘っ!そんな人、いないもんっ!」
「私を侮ってもらっては困るよ。たった一人だけ該当者がいるのは判っているんだ。その彼を連れてきたんだから、観念しなさい。」
言いつつ優貴氏が肩から下ろした少女を見て、俺は息を呑んだ。
「……優実………?」
彼女が振り返って、潤んだ瞳を大きく見開いた。
「雅之、様………?」
「……優貴さん、これは、一体………?」
優貴氏は微笑んだ。
「そういや、高神家に出した時には偽名だったな。これが私の娘の優実だ。春休みは世話になった。そして今日からまた頼むよ。このじゃじゃ馬娘を飼い慣らしてやってくれ。」
俺は混乱したまま、優貴氏に尋ねた。
「偽名って……、何故ですか………?」
「高神家に長く仕える者の中には、こうやって後継者を一定期間使用人として雇い合っている習慣があることを知っている者もいる。だが、中沢家の娘だと察知して特別扱いされたら、優実の為にはならない。だから偽名を使ったんだ。」
食事会の時に真実子夫人に既視感を感じたのは、数日前に中野 真由子として会っているからだったのだと気が付いた。
「じゃあ、真実子さんも使用人の仕事を………?」
「真実子は鈴香さんと親友だからね、鈴香さん付きにしてもらって、使用人どころか、毎日客人扱いでお茶だのお喋りだの、友情を深めていたらしい。」
鈴香というのは俺の母親だ。確かに真実子さんとは幼い頃からの親友だと、前に聞いたことがある。
「そう、だったんですか………。」
ナカノ ユミで探しても該当者がいなかったのは当然だ。
納得した俺は、続けて尋ねた。
「……お子さんは男の子だと思っていたのですが………、女の子を教育って、僕は一体何をすれば、よろしいのでしょうか………。」
「そうか……。これまで一度しか会っていなかったから、雅之君は覚えていないんだね?!」
前に一度会っている?だが、そんな記憶は俺には無い。おそらく小さい頃なんだろう。
首を捻る俺に、優貴氏は微笑んだ。確かにこうやって並んでいると、優貴氏と優実はよく似ている。今まで疑ってもいなかったのが情けなく感じる程に。
「女の子として必要な作法や振る舞いはもう叩き込んである。雅之君には、優実の人見知りを、直すというのはかなり難しいが、少しでも改善してもらえたら、と思っている。とにかく、人前に連れ出して人の目に慣らして欲しい。」
優貴氏の瞳が面白そうに瞬いた。
「雅之君なら立っているだけでも人目を引く。一緒にいるだけで目立つ筈だ。それに優実は、反抗期なのか、私の言うことを全く聞かなくなってしまった。だが、雅之君の言うことなら聞くだろう。」
俺が言うことを聞かせている、とか、俺が強引に振り回している、という方が正しい気がする。
「遊園地でもショッピングでも、雅之君の好きなように連れ回して欲しい。そして、人に見られることに耐性をつけてやってくれ。」
俺は頷いた。
「はい。」
「優実も、雅之君に恥をかかせるんじゃないぞ?!」
渋々、といった感じで彼女も頷いた。
「………うん。」
ということは、これから優貴氏公認のデート三昧な日々を満喫できるのだ。そう思うと知らずに顔が緩む俺だった。




